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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第4章 幽世の冥婚
62/67

還元

第62話更新です。

歪められた理は戻るのか。

 息を大きく吸おうとしたら、できなかった。喉元がぎゅうぎゅうと絞められている。それなら息ができるわけないや。

「やめてください、鈴子さん!」

 若い男の人の上擦った声が、遠くで聞こえる。聞いたことがあるんだけど、頭がぼんやりしていた誰だかわからない。

「離せえ、私は清太さんを連れてくんだ」

「お嬢様の言う通りです、あんたは失せろ」

「寅吉さん、何を」

 どすんどすん、と人間同士が争う音。

「ねえそうでしょう、清太さん」

 ——ああ、この声は。

 ゆっくりと目を開けた。霞がかっていた視界が徐々にはっきりとしてきて。


「約束、したものね」


 夜闇の下、黒い髪の女性がぼくを見下ろしていた。

 長く伸びた髪は下を向いているせいで垂れ下がり、顔のほとんどを隠している。

 だけど、口元は裂けそうなぐらいにいっと笑っていた。

「鈴子さん」

 そう、名を呼びたかった。

 絞められたぼくの喉からはかはっとかがあっとかいう汚い音しか出なかった。

「私たち、二人で幸せになるのよね」

 そうだね。きっとそうだ。

 髪で隠れた中から、彼女の黒い瞳が見えた。光を一切伴わない真っ黒な瞳。

 似てる、ぼくはこの顔をどこかで。

「一緒に、いきましょう」

 喉へとかかった手に、さらにぐうっと力が込められる。

 そのとき、どさりと重いものの打ち付けられる音がした。ううっ、と低いうめき声も。


「いい加減にしなさい!」


 鈴子さんの向こうで、大きな人影が動いた。はっきりとは見えなかったけど、丸くて細長いものを鈴子さんの頭の上で掲げていた。

 そこから何か液体のようなものが溢れ出てくるのが、やけにゆっくりと見えた。それは、空中から鈴子さんの髪へと伝って。

「……あああ」

 鈴子さんの顔から笑顔が消える。

「あああああっ」

 鈴子さんの前髪の毛先から小さな粒がたらたらと流れてくる。

 粒はやがてぼくの顔にもかかった。ひんやりとして冷たい。これは、水?

 ぼくの喉から手が離れ、絞めつける力が消えた。

 解放されたぼくの喉からは、げほげほと激しい咳が出る。そのうち、どすどすと荒っぽい足音が聞こえてきた。

「よくやった、西宮。助かったぜ」

 兄さんだ。

「すみません、もっと早くこうしていれば良かったんですけど。大丈夫ですか? 潔さん」

「何とかな……おい、起きてるぞ」

「えっ?……ああ! 清太くん!」

 ゆっくりと身体を起こすぼくに気づいた西宮さんが駆け寄って、身体を支えてくれる。

「大丈夫かい? 気分は?」

 大きな声は出せなかったけど、「大丈夫」と答えることができたと思う。

「よう、清太」

 高圧的な話し方をするこの人は。

「ようやくお目覚めか」

「……兄さん」

 笑いも怒りもせず、兄さんはじいっとぼくを見ていた。

「話したいことは山ほどあるが、ちょっと待ってろ」

 その手には、一冊の本があった。

「もう邪魔はさせねえ」

 片岡鈴子。

「おとなしく人形に戻れ」

 兄さんはぺらりと本を開くと、意味のわからない言葉を唱え始めた。

「ぶっせつ、まーかーはーらーはんにゃーみーたー」

「いやあああ、やめろおおお」

 謎の言葉と、鈴子さんの絶叫だけが繰り返される。わあんわあん、とぼくの頭に響く。苦しい。

「かんじーざいぼーさつぎょーじん」

「……いやっ、いやだ」

 見間違いだろうか。

「鈴子さんの、身体が……」

 いや、見間違いではなかった。共に鈴子さんの様子を見ている西宮さんも、呆気に取られていた。

 暴れる鈴子さんの身体が少しずつ小さくなっていくのを。

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