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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第1章 『異物』の怪
6/67

小説『異物』②

第6話更新です。

『異物』の語り手「私」がいる世界は何なのでしょうか。

「しかし君、左目の下に大きなほくろがあったよね。今はないようだが、消したのかい」

 蘇った記憶の中での高取少年の左目の下には、小豆よりも少し小さいぐらいのほくろがありました。

 しかし、十年経って成人した彼の顔のその場所にはそれがなかったのです。だから、呼び止められたときもすぐに彼だと認識できなかったのでしょう。

 高取くんは至極変な顔をしました。

「一体、何の話だい。毎日鏡で自分の顔を見ているが、僕の目の下にほくろなどないよ」

「あったよ。あんなにひどく気にしていたじゃないか」

 十年経てば大概はどうでも良くなりますが、少年時代というのは自分の容姿に必要以上に気を遣うものです。高取くんも目の下のほくろを時折気にして指でいじっては、愚痴をこぼしたりしました。その度に私や他の友人などが「ほくろの一つぐらい、誰も気にしやしないさ」などと慰めたものでした。

 私がその思い出話をしても、彼は不審そうに首をひねるばかりでした。

 私が「本当だ、嘘は言っていない」と熱く語っても、「椎名くん、それは君の思い違いだよ。きっと、誰か別の人と混同しているのさ」とあしらわれるばかりでした。

「本当かい。実は消しているんじゃあないのかな」

 私の心が少々錯乱しかけていたことは、あとから自分で振り返ってよくわかりました。

 なんだい椎名くん、やめたまえ!

 裏返った高取くんの声をどこか遠くに感じながら、私の両手は彼の顔を掴んで引っ張っていました。

 嘘なのだ。高取くんは、ほくろを見られたくないという一心から私に嘘を言っているのだ。本当は彼の顔にはまだほくろはついていて、彼はそれを化粧で隠している、あるいは人間の皮膚に似た仮面のようなものを貼り付けて隠しているだけなのだ、と。

 ぴしゃり、と音を立てて私の手が乱暴に振り払われました。高取くんの掌が私の手を払いのけたのです。

「放してくれ、痛いぞ。一体なんだってこんなことをするんだ」

 私に掴まれて真赤になった頬をさすりながら、高取くんは私に憤怒の視線を向けました。

 にらまれてしまうのも無理はありません。どこまでも下らない妄想に憑りつかれていたことをようやく理解し、冷静になったと同時に「ああ、俺は一体何をやっていたんだ」という後悔と絶望が全身を覆っていきました。

「すまない。本当にすまない」

 それだけを言うのがやっとでした。

「どうしてしまったんだ、今日の君はどうもおかしいぞ。アヘンでもやっているんじゃあるまいね」

「そんなものはやっていない。僕は正常だ。ただ……」

 この世界に異変が起きているということを私は伝えたかったのでした。しかし、言葉はうまく出てきてくれませんでした。

 代わりに「ねえ、君は本当に高取章太郎くんなんだろうね?」という不思議な問いが口から飛び出ていました。

 どうしてそんなことを言ったのか。自分でもよくわかりません。

「そうだ。正真正銘、僕は高取章太郎だ」

 高取くんは正々堂々と言い切りました。

「わかった。なら、いいんだ」

 それから、私は彼を置いて歩き始めました。後ろで彼が私に向かって叫んでいるような声が聞こえましたが、振り返りはしませんでした。

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