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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第4章 幽世の冥婚
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青森県 木立村にて 執筆者、細川一彰

第51話。

細川さんの手記には何が書かれているのでしょうか?

 陸軍時代の旧友である門脇に呼ばれ、私はその村を訪れた。

 彼は、私が奇怪な本を専門に扱う古書店を営んでいることを知る数少ない友人である。それを知ったうえで、どうしても引きとってほしい本があるというのだった。

 記者を乗り継いできた地は、青森は木立村。門脇の出生地でもあり、退役後に戻ってきた彼の終の地でもある。

 そこで門脇は実家の農家を継いでいた。

「お経みたいなことが書いてるんだが、いぱだだ本でな」

 門脇はこの土地特有の言葉で、持ってきた本のことを「奇妙だ」と言った。その際、「早く持って行ってほしい」とでも言いたげな渋面をしていたことをよく覚えている。

 その書の名は『裏経文』。

 経文とあったので難読な字の羅列かと思われたが、意外にもかな文字ばかりで存外読みやすいものであった。

 一通り目を通したのだが、成程確かに奇特な本であった。

 気になった節をここに書き出してみる。


『ねむりし ふぐうなるたましい

 ふりかかりし しくをのりこえ

 あらたなるにく みにまとい

 もどりまいれ さんずのかわ

 りだつせよ りんねてんしょう』

 

 頁数はそれほどまでもいかない。せいぜい二十ぐらいだろうか。全体にわたって、このような文言が続いている。また、経典というよりは、詩と言ったほうが近しいかもしれない。漢字ではなく、ひらがなで書かれている理由には漢字の読めない者にも読みやすくするためであろう。

 着目したのは「さんずのかわ」「りんねてんしょう」。いずれも、仏教において死後の世界にあると教えられている概念である。

「さんずのかわ」は「三途の川」、死者があの世である「彼岸」へ行くときに渡ると言われている川のことだ。

「りんねてんしょう」とは「輪廻転生」、生命は死後終わってしまうのではなく、新たに生まれ変わるための循環に組み込まれるという考え方のことである。

 門脇の言う通りこの本がお経、すなわち経典とするならば実に異質だ。

 お経とは、葬儀など亡くなった死者の魂の供養、安らかなる眠りを祈るために唱えるものである。『裏経文』には「供養」の言葉として死者の魂へと呼びかけるものとするのに相応しくないものがいくつも入っている。

 文中の「もどりまいれ」とは「戻り参れ」であり、死者の魂に呼びかけていることは容易に推測できる。つまり、死者の世界である三途の川より戻ってくるように呼び掛けているのではないか?

 そして、「りだつ」は「離脱」だ。何故、輪廻転生から離脱せよとあるのか? 輪廻転生の輪から離脱してしまったら、さまよえる魂はどこに行けば良いというのだろうか?

 私はこの二文に違和感を覚えると同時に、寒気を感じた。間違いなく、これには書いた者の邪なる意図が組み込まれている。

 何にせよこの本は怪奇庫が買い取るべき一冊だと思われたので、門脇に三円ほど渡して買い取った。この本が書かれたいきさつはわからずとも、貴重なものであることは間違いない。

 用を済ませ門脇と共に家を出たとき、家の前で腰の曲がった白髪の老人に出くわした。

「ああ、一蔵さん。あんべはどうですか」

 門脇が一蔵と呼んだその老人は、木立村で最高齢の翁だという。

 彼は私の顔、それから手の中の本を見るなり興味深いことを言った。

「あんだのそれは、しにんをかえらすための本だな」

 こんなことを言われて、無視することはできまい。

 帰りの汽車の時間も忘れ、一蔵翁の話を聞いた。彼が語ったのは、民話や伝説とも取れる奇妙な話であった。

 今、帰りの汽車の中でこの話をまとめている。そして、切実に思う。

 今日私が買い取った本は、決して世に出すべきではない。

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