一難去って、また一難
第44話更新です。
一波乱の予感。
そして、これにて第3章完結となります。
ここまでお読みくださった皆様ありがとうございました。
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「潔さん……」
地味な配色の看板の下、「怪奇庫」の戸口で喪服のような黒い服を着た若き店主が立っていた。
「ああ、またあんたか」
一束の鍵を持った彼は店の戸を閉めようとしているところであった。
「悪いな、今日はもう店じまいだ」
「わかりました。でも、少しだけお話を」
「何だ」
「酒井の墓参りに行きました。彼にこうしてまた会えたのは、潔さんのおかげです。ありがとうございました」
「そうか。良かったな」
話を終わらせたいのか、潔の反応はいつもより乱雑だ。
「潔さん。閉めるには、まだ少し早いんじゃありませんか」
時刻はまだ四時半ばすぎだ。閉店まで、まだ半刻ほどある。
潔はわかりやすく苛立った顔で、ちっと舌打ちする。
「臨時休業ということで勘弁してくれ」
「御用があるなら、細川さんにお店を任せれば良いでしょうに」
一瞬だが、潔の顔が曇った。
「……爺なら出かけてるから、しばらく帰ってこねえ。もういいだろ」
いい加減、帰ってくれ。
そう、西宮を冷たく突き放す。
「潔さん、何か隠してるでしょう」
それだけ言って、西宮は手を離す。
何となく予想はしていたが、潔がその後もガラス戸を閉ざしてしまうことはなかった。
「わかるんですよ、そういうこと」
西宮の知る村田潔は、ぶっきらぼうなうえに、皮肉屋だ。決して人好きする性格とは言えないだろう。
だが、簡単に人を冷たくあしらえるような男ではない。
このような態度を取るのは、何か理由があるはずだ。西宮はそれを知りたかった。
「僕も隠し事が苦手ですが、あなたも負けず劣らずです」
「そうかよ」
「そうです、ちゃんと自覚してくださいね。そういう意味では僕たちは似た者同士なんでしょう。ですから……」
「……はあ。わかったよ」
入れ。
ようやく折れた潔は再びガラス戸を開け、西宮を店内に招き入れる。
「これは……」
足を踏み入れた西宮は、想像していなかった光景に絶句した。
店内中央には本が何冊も散乱していた。
本が置かれてあったであろう、書架の収納部分にはぽっかりと黒い穴が空いている。
「あいつが、やったんだ」
心ここにあらずという表情で、潔が呟く。
「あいつ?」
「俺の弟さ」
「出かけてばかりでお店にいない、という」
「うちの仕事と店が気に食わねえようだからな」
——怪奇庫が、気に入らない。
西宮の脳裏を、清太の言葉たちが次々と浮かんでいく。
『あの店にぼくが求めてる本はありません』
『あそこはぼくが求めてるものを全部否定するから』
『ぼくはあんな冷たい人、兄じゃないと思っているけど』
点と線がつながりかけている気がした。
「……弟さんって、清太くんっていうんじゃありませんか?」
西宮の口から清太の名前が出てきたことが、よっぽど驚きだったのだろう。
「なぜ、それをあんたが」
潔がそう返すまでにしばしの時間がかかった。
清太との出会いまでのいきさつを語る。
「——すみません。もっと早く気づいていればこんなことには」
全ては後の祭りだ。
だが、謝らずにはいられなかった。
「そんなこと言うな。あんたには何も話していなかったんだから」
潔が長く重いため息を吐いた。
「こうなった責任は俺にある」
古書店「怪奇庫」奇書目録 其ノ三
安倍某作 『陰陽師日記』
値段 八銭
「陰陽師、安倍晴明ノ末裔ガ書キ記シタ随筆。
特筆スベシ曰クハナシ。
ダガ、敵対スル人間カラカケラレタ呪詛ヲ、人形ヲ用イテ防衛スル話ハ一読ノ価値アリ。
当該スル話中デ、指示サレタ通リニ人形ヲ作ッタ所、効果ガ認メラレタ。
実用ノ価値モ十分兼ネテイルト思ワレル」
編集、村田潔
第3章 「忘却の凶夢」
完
参考文献
朝里樹監修、えいとえふ著『創作のための呪術用語辞典』、玄光社、2023年。
鷹野晃『定点写真で見る 東京今昔』、光文社、2024年。
フロイト著、高田珠樹・新宮一成・須藤訓任・道籏泰三訳『精神分析入門講義 上』、岩波書店、2023年。




