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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第3章 忘却の凶夢(まがゆめ)
43/67

墓は死者を悼むべき場所であり

第43話更新です。

墓参りの後、出会った少年の正体は。

「……ここにいたのか」

 探していた墓碑名を見つけ、西宮はほうと息を吐いた。

 雲一つなく、日差しが燦燦と差し込む快晴の日。

 奥に古びた卒塔婆が数本立つその墓石は、それほど真新しいものではなかった。酒井の先祖は皆、ここに葬られているのだろう。

 芝区・海岸。輸送船などが多数停泊する港街の一角で、かつての親友・酒井智弘は眠っていた。

 酒井家の墓を知っているか?

 父の部屋の前の廊下でそう問われた鷹子は首を縦に振った後、再び西宮を自らの部屋に導いた。

「天宋院っていう浄土宗の寺院にお墓があると聞いたわ」

 東京の地図を開き、芝区内の小さな一角を指さしながら鷹子はそう告げた。酒井が亡くなった際に鷹子は一度だけ彼の母親と会う機会があり、その時に知ったのだという。

 また姉の話は「私も最近知ったのだけれど」という前置きの後にこう続いた。

「酒井家のお家なんだけど、もう東京にはないそうよ。智弘くんが亡くなってから、家族揃って遠方に引っ越したみたい」

 何と答えるべきかわからなかった。

 西宮が酒井の夢を見るようになったときにはもう、酒井家は九段にはいなかったのだ。どこに越したのかもわからないという。

「今まで、来られなくてごめんな」

「酒井家代々」と彫られた墓石の前で一人呟き、西宮は柄杓の水を一度かけた。

 酒井家の墓の周囲には、風が散らした木の葉がいくつも落ちている。他の檀家のところには置いてある供え物なども見当たらなかった。

 ——家族は誰も来ないのだろうか。

 ふとよぎった考えに、西宮の胸は悲しく震えた。

 姉の言う通り息子を亡くした酒井家は、今は遥か遠方で暮らしているのだろう。それほど墓参りに来る機会もないのかもしれない。

 持参した白い菊の花を添え、線香置きに載せた線香に火をつける。

 そして、懐から取り出した懐中時計を開いた。この時計がいつから使われているのかわからないが、今も壊れることなく時を刻み続けている。

 午後二時五十五分。詳しい時刻までは聞いていないが、酒井が亡くなったのはちょうどこれぐらいの時間だったとも鷹子は言っていた。

 決して計ったわけではない。しかし、初めて酒井の墓に訪れた時間が重なったのは、これもまた運命の巡り合わせなのかもしれない。そう考えてから、手を合わせた。

 黙とうをしていたのは一分も経っていなかったはずだが、時が止まったような感覚になっていた。

 再び目を開けたとき、線香の先から立つ煙が風に吹かれて上に伸びていくのが見えた。

「また、会いに来るよ」

 そう声をかけ、西宮は酒井家の墓を後にした。

 遠くないうちにまた訪れると心に誓ったことは言うまでもない。

 

 酒井の墓参りの後は「怪奇庫」に向かおうとは考えていた。形代で助け船を出してもらった以上、酒井の亡霊との一件を知っていた潔に伝える義理があるのではないかと思っていたからだ。

 最初は散々に迷った裏通りへの道も、今では慣れた場所になっていた。

 裏道の曲がり角を曲がろうとしたとき、飛び出してきた相手にぶつかりかけた。

「あれれ、西宮さんだあ」

「清太、くん……」

 どこか儚げな印象を見せる少年、村田清太だ。

「あはは、またぶつかっちゃったね。二度あることは三度あるっていうし、また次もあるかなあ?」

 ねえ?

 へらへらと笑って見せる清太に「ははは、どうだろうね……」と曖昧な笑いを返した。

 ——何か、様子が変だ。

 西宮は、清太の顔を見つめた。

「君、馬鹿に顔色が悪いじゃないか」

「そう? 大丈夫だよ、ぼくは元から肌が白いんだ」

「いや、そういうのじゃ……」

 清太の顔色は今や、色白のなどといった程度を通り越している。

 病人や死人のような白さだ。

 話を続けようとすると、清太は「もういいよ」と口をとがらせた。

「ぼくは今から急がないといけないんです。今夜はきっと、結婚式があるから」

「え、今から?」

 昼間から始めて、一日かけるものなのではないのだろうか?

 西宮の反論に、清太は頑なに首を横に振った。

「いいや、きっと今日さ」

「そうなんだ」

 これ以上この話題を続けない方が良い。西宮の本能のようなものが、そう告げていた。

「……おや」

 西宮は清太が本を抱えていることに気づいた。

「それは、もしかして探していた」

「……ああ、そうです」

「良かったね! なんて言う本なんだい?」

「教えません」

「そんなあ。僕も本が好きなんだ、題名ぐらい教えてくれても」

「駄目だよ。西宮さん、嘘つきの兄さんの仲間だろ?」

 ——嘘つきの兄さん。

 吐き捨てるように言った清太の口元は歪んでいた。

「清太くん、何を言ってるんだ?」

「知ってるくせに」

 清太が冷たい目と声でせせら笑う。

 ——僕が、彼の兄さんと知り合い?

 ——なぜこの少年はそんなことを言う?

「……まさか」

「ああ、もういいよ、言わないで。全部どうでもいいし。ぼくは欲しかったものを手に入れたんだから。大好きな人のおかげであの人と離れられるんだ」

 清太はふふふ、と不気味に笑ってみせた。

 それがいたのは、時間にして数秒にも満たなかっただろう。

 だが、西宮は確かに見た。

 清太の背後、艶のある黒髪を長く伸ばした和服の娘が立っているのを。

 それは微かに、だが邪悪に微笑んでいた。

 ——何だ、後ろにいるのは?

 問おうとしたが、声は出なかった。

「それじゃあね、西宮さん」

 動けないでいる西宮を置いて去って行った彼の周囲には、もう誰もいなかった。

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