世の中には知らぬ方が良いこともある
第30話更新です。
ドタバタホラーだった第2章、これにて完結です。
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『貴族院議員大浦清太郎氏、逮捕 占星術師刺殺の疑い』
「去る二日前夕方、東京・赤坂路上にて、占星術師・桐野小路光男氏(三十五)が、刺殺されるという事件があった。赤坂区警察一丸となって犯人の捜査を進めたところ、現場に残された証拠から、華族議員である大浦正太郎氏(四十)の犯行が濃厚となり、九月二十五日未明逮捕に至った。自供の後大浦は、氏の殺害理由を『長年、桐野小路氏から恐喝を受けていた。その私怨のため』などと供述している。
又事件となった現場は殺害された桐野小路氏の自宅近くであり、大浦は氏の帰宅を狙ったものと思われる。」
「ああ、この間の犯人捕まったんですね」
降霊会当日、西宮が行きの電車の中で読んでいた占星術師殺しの犯人が捕まったという続報であった。
「この桐野小路と言う占い師、気になったので、先ほど電話で占い師をしている友人に聞いてみましたのですよ。渡米経験もあり語学も堪能な優秀な人物だったそうですが、同業者の間では素行の良くない人物として有名だったそうです」
「インチキ占いだったということですか」
「いえ、占い自体はよく当たったようです。——なにせ、伯爵の身分を持つ扶清会の議員御用達の占い師だったそうですからね。相当な実力はあったんでしょう。しかし、その裏で政治家の過去のちょっとした悪事を弱みに恐喝を行うなんてこともしていたんだそうです。なんでも、桐野小路は一目見ただけでその人物に関する情報がわかるという千里眼のようなものを持っていたそうですよ」
己が持っていた特殊な能力を悪用していたということだろうか。
「はあ、そうなんですねえ」
——どうして急にそんな話を?
そう思いかけたが、再度記事に目を戻してあることに気がついた。
「もしかして、大浦って……」
降霊会の日、「何か」に憑りつかれたすみれの苗字は大浦ではなかったか?
「お気づきになりましたね」
「ここから先は私の妄想ですが」と前置きし、真剣な顔になった細川が語り始める。
「憑りつかれたすみれさんに襲われかけたとき、あれは私にこう言いました。『この小娘もだが、お前も許さねえ!』と。この『小娘』とは一体誰だったのか?」
「そういえば……」
西宮も同じことを疑問に思っていた。
「『小娘』というのは、恐らくすみれさんのことでしょう。あれを挑発していた私だけを恨むならわかりますが、なぜ彼女もあんなふうに言われなければならなかったのか」
つまり。
「彼女は最初からあれに狙われていた、と考えてもいいかもしれません。事実、私の方で人脈を使って調べたところ、すみれさんの父親はやはり逮捕された大浦正太郎氏でした」
「……ということは」
西宮は想像する。
赤坂付近を彷徨う、殺された恨みを抱える桐野小路の魂。彷徨ううちに「ミスタア・アミュレット」なるものを呼び出す占いを行う集団を見つける。その集団の中には自分を殺した男の娘もいた。
邪悪なる魂は考えた。
——このおれがミスタア・アミュレットになり変わってやろう。
「何ぶん彼は英語もできるから、黒船でやってきた横文字だけのウイジャボードでも何ら問題がない。『おれがミスタア・アミュレットの振りをして、おれを殺した男の娘も痛い目にあわせてやろう』と彼の魂が考えてもおかしくはなさそうですね。——まあ、人の魂というものがあればの話ですが」
「本物のミスタア・アミュレットだった可能性もありますからね」
それすらいるとは、西宮も信じてはいないが。
「そうですねえ。どちらにせよあれは悪意に満ちていたので、ただの『悪霊』と言わざるを得ませんが」
「軽々しく同情するようで申し訳ないですけど、すみれさんも気の毒ですね」
細川たちの邪推が当たっていれば、彼女は父親のせいで必要のない恐怖体験をしたことになる。とんだ貧乏くじだ。
「皮肉なことですが、親がしたことの代償はその子供たちに降りかかってくるのですよ」
細川は重々しく、息を吐いた。
「今日はありがとうございました」
また来てくださいね。
いつものにこやかな笑顔に戻った細川が、「怪奇庫」から出た西宮を見送る。
「そういえば、今日は潔さんはどこに?」
「ちょっと人探しに行っていましてね。そろそろ帰ってくるはずなのですが」
残念そうに細川が言う。前回訪れたときといい、なかなか関係者が揃うことはないようだ。
「西宮くんが来たことは伝えておきますね」
「はは、ありがとうございます」
——僕が来たことを知っても、あの人は喜ばないだろうけどな。
少し速足で歩きながら、苦笑する。
大通りへと出る道に続く角を曲がったとき、人とぶつかりかける。
「……ごめんなさい」
弱弱しく謝罪した声は、少年の変声期特有のものに聞こえた。
察する通り、声の主は長袖の着物と甚兵衛を履いた小柄な少年だった。
「こっちこそ、すみません。気が急いていたようで……」
「じゃあ、お互いに不注意ですね。気をつけましょう」
そう言った少年は、ふふ、と桃色の唇を小さく持ち上げた。
軽くつついたら飛んでいってしまいそうな、儚げな笑みに西宮は頭がぼうっとする。
「え、ああ、そうですね。……あれ?」
ようやく正気に戻った頃には、目の前には誰もいなくなっていた。もうどこかに行ってしまったようだ。
——変わった子だったな。
佳代と同い年ぐらいだろうか、などと考えながら西宮の足は大通りへと進んでいった。
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古書店「怪奇庫」奇書目録 其ノ二
伊庭善之定作 『霊符書』
値段 十円
「安政ノ世、古代中国呪術ノ研究者・伊庭善之定ニヨッテ記サレタ、霊符ノ図案ヲマトメタ書。
表紙、本文共ニ保存状態ヨシ。非常ニ貴重ナル一冊。
販売可能ダガ、悪用ノ可能性モ鑑ミテ、慎重ニ販売スベシ。」
編集、細川
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第2章 「ウイジャボードの狂宴」
完
参考文献
足立直子他監修『プレミアムカラー国語便覧』数研出版、2017年。
一柳廣孝『〈こっくりさん〉と〈千里眼〉・増補版 日本近代と心霊学』青弓社、2021年。
小田部雄次『華族 近代日本貴族の虚像と実像』中央公論新社、2006年。




