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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第2章 ウイジャボードの狂宴
25/67

誰にでも隠したい真実の一つや二つがある

第25話更新です。

色々とバレていきます。

 すみれが薫子から鉄拳制裁を食らうことはなかった。

 真赤な顔をして飛び掛かってきた薫子の身体を、ぐおうとうなり声をあげた「何か」が窓際まで吹き飛ばしたからだ。

 いやあああ!

 叫んだのは薫子だったのか、争う少女たちを見つめていた他の参加者だったのか西宮は記憶していない。

 ごんっ、と鈍い音が聞こえたかと思うと、チェストで背中をしたたか打った薫子の細い身体がカーペットの上に横たわっていた。

「薫子さん!」

 麗子が悲鳴をあげてかけつける。

「……何よ、何なのよう」

 薫子の嗚咽と鳴き声が部屋中に響く。

『けっ、とことんまで馬鹿な女だぜ』

 不機嫌そうに吐き捨てた「何か」は、すみれの口元のままぺっと唾を床に吐いた。普段のすみれであれば絶対にしない仕草である。

「……すみれさんじゃない」

 化け物だわ。

 隣で佳代が力なくつぶやくのが聞こえた。

 薫子もすみれも、体格は同じぐらい細く華奢だ。力ですら同等のはずである。

 だがすみれは軽々といった様子で、薫子の身体を吹き飛ばした。彼女に憑りついている何かがなせる業なのだろう。

『いいか、お前ら。今のおれに力で敵うなんて思うなよ。女だろうと男だろうと関係なくぶっ飛ばしてやるからな!』

 全員に向けて脅すようにけん制する「何か」。

「——もう、やめてくださいよ!」

 泣きそうな声で叫んだのは森であった。

「こんなことして何が楽しいんですか? 誰も幸せになんてならないのに」

『ああ?』

「何か」が森をぎろりと睨む。

『おれのせいにされても困るなあ。もともとはお前らがおれを呼び出したからだろうが。……ああ、わかったぞ』

 嘲るような冷笑を浮かべた。

『お前、自分が隠していることをおれに当てられたくないんだろう? だから、おれにはとっとと出て行ってもらいたいんだよなあ?』

「き、急に話題を変えないでください。大体僕は隠していることなんか」

『いいや、嘘だね。お前さんは特大の秘密を隠している。——ちゃあんとわかるぜ、お前の兄貴のことだろう?』

「……なっ」

 森の身体がぴくりと硬直する。

『清彦とか言ったか? 合ってるよな?』

「どうして、新聞にも名前は載ってな……」

 そこまで喋った森は「しまった」という顔をして、口をつぐんだ。

 勢いづいた「何か」が、にやにやしながら追い打ちをかけるようにまくしたてる。

『お前の兄貴は半年ぐらい前から、学生時代のダチに誘われて共産党シンパにのめり込んだようだなあ? え? しばしば家族の目を盗んで、家にある金をかき集めて組織に寄付したり、自分でもデモ活動なんかに参加してる。自分では上手く誤魔化せていると思っていたようだが、この間ばれて特高警察の手でお縄だ。今頃はきったねえ留置所なんかに……』

「やめてくれえ!」

 涙で顔をくしゃりとゆがめた森は、とうとう膝をついて泣き出した。

「康久さん、今の話は本当なの?」

 複雑そうな顔をした房江が康久に問う。

「……ううっ、全部、兄さんが悪いんだ。僕たちの立場も考えないでアカなんかに、はまるから……」

 兄への恨み言を吐きながら、森はめそめそと泣くばかりであった。

 はっはっは!

「何か」が森を見下すようにあざ笑う。

『かわいそうなやつだなあ。隠し通すつもりだったのが、全部おれに当てられちまってよお』

 ——こんなとき細川さんなら。

 教養も人生経験も豊富で、「何か」に対して凛とした態度を見せていた細川なら何か打開策を思いつくのではないだろうか?

 相談をしてみようと細川が立っていた場所を見て、西宮は凍り付いた。

「……なあ、細川さんはどこに行ったんだ?」

 応接室のどこにも、長身で目立つ老紳士の姿は見えなかった。

「そういえばいないわね」

 佳代も気づいたのか、あたりを見回す。

「まさか、僕たちを置いて逃げたのか?」

 今すぐにでも逃げたくなるような緊急事態であることはわかる。だが、どさくさに紛れて一人だけどこかに行ってしまうなんてあまりにも卑怯だ。

 ——いい人だと思っていたのに!

 裏切られた気持ちになる西宮。

『さあて、次は誰がいいだろうなあ?』

 余裕綽々な「何か」の声が聞こえた。

『おうおう、お前もでかいのを抱えてやがるなあ』

「何か」の声が西宮の真後ろで響いた。

『そうだよ。そこのお前だよ』

 振り返った先には、すみれの顔に嫌な笑いを貼り付けた「何か」が西宮を見つめていた。

 兄さま!

 佳代が小さく叫ぶ。

『当ててやろう。お前は自分の親の存在が嫌いで嫌いでたまらない』

 だろう?

「——違います、僕は」

『いいや、合ってるね。特に親父が嫌いなはずだ。憎んでいるといってもいい。お前自身は軍人なんかにゃあなりたくねえのに、親父はそれを押し付けてきやがるもんな。お国のため立派な軍人になるのがお前の務めだ、ってな。でもお前は』

 そのとき、応接室のドアがガチャリと開いた。

 

「……はあ、すみません。思ったより時間がかかってしまいました」

 

 息を切らしながらも、細川は柔和な笑みを浮かべていた。

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