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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第2章 ウイジャボードの狂宴
23/67

禁忌を破ったとき、怪異は訪れる

第23話更新です。

禁忌は破るためにあるのかもしれません。

「なるほど、上手い質問ですね」

 細川が納得したように頷く。

「もう済んでしまったことだから、有馬さんの記憶や体験と一致するような答えをはっきり出さないとならない」

「ふふ、そうでしょう」

「しかし、正しい答えが出たとしても有馬さんが嘘をつく可能性も大いにあるのでは?」

 細川の疑いに一瞬むっとした有馬だったが、すぐに「大丈夫です」と勝ち誇った笑みを見せる。

「先週の日曜日、僕が何をしていたかは薫子さんが知っています。そうだろう?」

 目を向けられた薫子が嬉しそうに「ええ」と頷く。

「ええっとね、先週は……」

「薫子さん、答えはあとでいいよ。今は教えられませんが、薫子さんの記憶だけでなく、先週僕がどこで何をしていたかを証明する物質的な証拠もあるんです。それに、僕はこういうとき嘘をつくような卑怯な男ではありません。ミスタア・アミュレットが何を言おうと、先週自分が何をしていたかを正確に言うと約束しますよ」

 自信たっぷりな有馬にもう誰も意見する者はいなかった。

「……では、有馬さんが先週の日曜日、どこで何をしていたかミスタア・アミュレットに聞いてみましょう」

 麗子は「ミスタア・アリマ」が入った、長い英語の長文を口にした。

「これで真実を答えてくれたら、僕だってミスタア・アミュレットのことを信じるし、崇め奉りますよ」

 有馬が口元を歪めて、せせら笑う。

 二分程立ったが、指示器は動く様子を見せなかった。

「おやおや、僕の質問には答える気がないんでしょうかね」

「有馬さん、そろそろ静かになさって」

 麗子が鋭く制する。

 有馬が勝ち誇った笑みを浮かべたとき、指示器はようやく動き出した。

 すすっ、すすっと硬いものが滑り続ける音が一定の間隔で続く。

「ねえ、いつまで続くのかしら? これ」

 すみれが不安げに漏らす。導かれる文字数が十文字をはるかに超えても、十人分の手を載せた指示器は止まる気配を見せなかったからだ。

「止まったわ」

 房江の鶴の一声で、誰もが一斉に盤面を見た。

 指示器は「T」の上で止まっていた。

「宮子、これは文よね?」

「……ええ」

 長い言葉でも全て書き留めたらしい宮子が、帳面を皆に向ける。

 宮子の細い文字で英文が書かれていた。


「You gave a violet for Violet」


「ヴィ、ヴィオ……なんとかって文字は見たことあるのだけど、何でしたっけ?」

 いの一番に疑問を口にしたのは佳代だった。

「このVから始まる単語は『ヴァイオレット』と読んで、『紫』という意味なの。この『gave』というのは「あげた、贈った」と言う意味になるわね」

「直訳すれば『有馬さんが、紫に紫をあげた』と? よくわからないな」

 森は自分で言っておきながら、ピンと来ていない顔をした。

「何それ? 全然意味が通っていないじゃないの」

 薫子が、はっと鼻で笑う。

「もういいでしょうから、私から説明するわ。先週の日曜日、私は誠治さんと日本橋に行って、千疋屋のフルーツパーラーでパフェーを食べたのよ。さっき誠治さんが言っていた『証拠』っていうのも、そのときの領収書のはずよ。ほら、みんなに見せてあげなさいよ」

 促された有馬が、片手で器用に懐の財布から一枚の紙を取り出す。

 紙には一週間前の日曜日の日付、そして二人分のフルーツパフェの合計金額が確かに書かれていた。

「他にお二人が日本橋でしたことはないんですか?」

 おずおずと質問を挟む細川に、薫子が嫌そうな視線を向ける。

「……パフェーを食べた後にウインドウショッピングもしたのですけど、残念ながら誠治さんのご体調が悪くなって早めにお別れをしました。だけど、そんなこと関係なくこの答えは……」

「ねえ、ここを見て頂戴」

 困惑したように話を遮ったのは麗子だ。

「細かいことかもしれないけど、この『Violet』だけが大文字の『V』になっているのが気になるわ」

 帳面の英文の文末を指さす麗子。

「英語では、固有名詞といって人の名前や場所を表す言葉の一文字目は必ず大文字にするの。だからこれは誰かの名前なんじゃないかしら。そもそも『人に何かをあげる』という文を書くときは、もらう人の名前を最後に書くものだもの」

「ですけど紫なんて名前の人、有馬さんのお友達にはいないはずよ。そうよね、誠治さん?」

「あ、ああ。そうだな……」

「ねえ誠治さん、なんだか顔色が悪いわ。どうし……」

「嘘よ!!」

 薫子が全てを言い切る前に、耳をつんざくような悲痛な叫び声が響いた。

 全員が声をした方を見つめる先、頭を両手で抱え、がくがくと震えるすみれの姿があった。

あっ、と驚く声が数人分重なった。

「て、手を離したらいけないんじゃ……」

 目が飛び出さんばかりに目を見開く森。

「ミスタア・アミュレット様をお迎えしている間は、何があろうとも指示器から絶対に手を離してはいけない」という禁忌はとうとう破られた。

「そんなことあるわけない、あるわけないのに……」

 両手をだらりと垂らしたすみれは、虚ろな目で虚空を見つめていた。

 誰もが口を閉ざしたまま、すみれの一挙一動を静観していた。もしや彼女は憑依されてしまったのではないか? と。

「すみれさん、あなた大丈夫?」

 耐えきれなくなったのか、房江もウイジャボードから手を離し、すみれを気遣うように駆け寄った。

「……ヴァイオレット、ヴァイオレット、ありえない……」

 そう言い残したすみれの身体がふらりと床に倒れ込む。

「すみれさん!?」

「ま、まさか、発作でも?」

「縁起でもないこと言わないで頂戴」

 パニックを起こしそうな森に構うことなく、房江がすみれの喉元で脈を取る。

「とりあえず、息はしているわ。気を失われただけみたいよ」

 

「やれやれ、とんだことになりましたね」

 ううむ、と細川がうなる。

 もはや降霊会は中止せざるを得ず、ウイジャボードに手を載せている者は誰一人としていなかった。

「だけどすみれさんは、さっき何でヴァイオレットって繰り返していたんでしょう?」

 佳代が不安そうな目で、背後のソファを見る。

 上等そうな布地の二人掛けのソファにはすみれが仰向けに横たわり、すうすうと寝息を立てていた。

「……あの、さっき思い出したのだけれど」

 口元に手を当てた宮子が、神妙そうに口を開いた。

「『violet』には『紫』のほかにもう一つ意味があるの。それが『すみれ』なのよ」

 参加者のほとんどがぽかんと口を開ける中、麗子だけが怪訝そうな顔をした。

「まさかあの文の二つ目の『violet』はすみれさんのことだと言いたいの?」

「でも、この考えが正しいなら最後の『Violet』が大文字で始まっているのは辻褄が合うわ。『あなたはすみれに紫をあげた』という意味になるし、最初に訳したものよりは筋が通りやすいもの」

「そういえば、すみれさんは紫のネックレスをつけていたわね」

閃いたように言ったのは佳代であった。

「あっ、そうよね」

「……ねえ、何となくわかってきた気がするわ。もしかしてこれって……」

 三条姉妹と佳代の視線が、一人の人物に向けられる。

「な、何だい? どうして三人して僕のことを……」

 視線の矢を向けられた有馬が戸惑う姿を見せる。見様によっては、わざとらしいものにも見えた。

「なあ、どういうことだ?」

 苦手な英単語の混ざった複雑な会話が次から次へと続き、西宮は途中からついていけなくなっていた。

「兄様はこういうとき本当にお察しが悪いわよね」

 尋ねられた佳代が、面倒臭そうな顔で兄を見たとき部屋の後方でずるりと衣擦れの音がした。

 

『おれの口から説明してやるよ』


 男の低い声と共にひひひっ、と意地の悪そうな笑い声が響く。

 いずれも、ソファから立ち上がったすみれの口から吐き出されていた。

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