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砂漠の眠り  作者: 鹿野
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第6章:闇の中の声

 石棺の蓋がゆっくりと開き、その内部から濃密な闇があふれ出した。闇は重たく、まるで生き物のように広間全体に広がっていく。カイとナディアは、その場で息を潜めながら、次に何が起こるのかを見守っていた。儀式はまだ終わっておらず、彼らの運命を決定づける瞬間が近づいていた。

「この闇は…何だ?」カイは低く呟いたが、その声も闇に吸い込まれていくかのようだった。

「おそらく、守護者たちの影響下にあるもの。彼らの力が、この棺の中に封じ込められていたのかもしれないわ。」ナディアの声もわずかに震えていたが、彼女は自分の恐れを抑え、カイの横で冷静さを保とうとしていた。

 突然、その闇の中から低い囁き声が聞こえてきた。それは、言葉としてははっきりと聞き取れなかったが、耳元で誰かが語りかけてくるような不気味な感覚を引き起こした。

「聞こえるか?」カイはナディアに問いかけたが、彼女はただ無言で頷いた。二人とも、その囁きが意味するものをまだ理解できなかった。

 闇がゆっくりと渦を巻き始め、その中心から一つの形が浮かび上がってきた。黒いローブに身を包んだ何者かの姿。顔は影に隠され、ただその存在が空気を重く、冷たくするようだった。

「私を呼び覚ましたのは…誰だ…?」低くかすれた声が広間に響いた。

 カイはその声に驚きつつも、一歩前に進んだ。「俺たちだ。生命の鍵を手に入れ、この儀式を行っている。家族を…取り戻したい。」

 その言葉に反応するように、闇の中の影は微かに動いた。だが、声に含まれる感情は一切感じられなかった。

「家族を…取り戻すために…生命の鍵を求めるのか…」影は低く囁き、闇がさらに広がり、彼らの周囲を包み込もうとしていた。「だが、その鍵を手にするには代償が必要だ。」

 カイはその言葉を理解していた。代償が必要だということは、すでにナディアから聞かされていた。だが、どんな代償が求められるのかはまだわからない。カイは不安を押し殺しながら、再び口を開いた。

「どんな代償が必要なんだ?」カイの声には決意が込められていた。彼は何があろうとも、この鍵の力を使いたいと思っていた。

「お前が求めるものは大きい。過去を取り戻すためには、現在を捨てる覚悟が必要だ。」影は静かに答えた。「お前の記憶、今の自分を捧げることで、過去を呼び戻すことができる。しかし、それはただの交換だ。お前が望むものを手に入れる代わりに、現在のすべてを失う。」

 その言葉を聞いたカイは、一瞬息を呑んだ。記憶を失うということは、今の自分を失うということだ。それは家族を取り戻すという願いを叶えるために、自分自身を捨てることを意味していた。

「記憶を捧げる…」カイは呟いた。彼は目を閉じ、自分の心の中でその選択を探っていた。家族を取り戻したいという強い願いがある一方で、今の自分を失うことへの恐れが心の中で膨らんでいく。

 ナディアは黙ってカイの横に立っていた。彼女もまた、この選択の重さを感じていた。カイがこの道を選べば、今の彼は消えてしまう。それが本当に正しいのか、ナディアにも判断がつかなかった。

「本当にそれでいいのか、カイ?」ナディアはそっと問いかけた。「過去を取り戻すために、今の君を失う覚悟があるの?」

 カイは深く息を吸い込み、ゆっくりと答えた。「俺は家族を取り戻すために、ずっとこの旅を続けてきた。今さら引き返すことはできない。たとえ自分を捧げることになっても、それが俺の使命だと思っている。」

 ナディアはその言葉に何も返さなかった。ただ、カイの決意の強さに心を打たれ、同時に彼が失うものの大きさを感じていた。

「では…覚悟はできたのか?」影の声が再び広間に響いた。「お前の記憶を捧げ、この儀式を完遂させるのだ。」

 カイはその声に深く頷き、心の中で最後の覚悟を決めた。家族を取り戻すために、自分のすべてを差し出す覚悟ができたのだ。



 カイは深く息を吸い込み、石棺の前に立つ影に向かって一歩進み出た。その決意は固まり、彼の顔には覚悟がはっきりと刻まれていた。影は微かに動き、広間全体に重たい沈黙が漂う。ナディアは横で息を呑みながら、その瞬間を見守っていた。

「俺の記憶を捧げる。その代わりに、家族を取り戻したい。」カイの声は静かだが、その中には揺るぎない決意が感じられた。

 闇の中の影は、その言葉に反応するように動きを止めた。そして、低い囁き声が再び広間に響いた。「よろしい。その代償を払う覚悟があるのなら、お前に過去を取り戻す力を授けよう。」

 その瞬間、石棺から強い光が放たれ、闇が一瞬にして弾け飛んだ。広間全体が眩しい光で包まれ、カイは思わず目を細めた。光は石棺から鍵へと流れ込み、その鍵がカイの前で輝きを放っていた。

「さあ…その鍵を手に取りなさい。」影の声がカイに促す。

 カイは手を伸ばし、鍵をしっかりと握りしめた。鍵の冷たさが彼の手に伝わり、その瞬間、頭の中に激しい痛みが走った。彼は思わずうめき声を上げ、片膝をつく。光が彼の体を包み込み、彼の記憶が一つ一つ消えていく感覚が、波のように押し寄せてきた。

 彼が今まで生きてきた日々、家族を失った悲しみ、そしてナディアとの旅路。そのすべてがぼやけていき、まるで霧の中に溶けていくかのようだった。カイは必死に意識を保とうとしたが、その記憶が遠ざかるたびに、自分が誰であるのかさえも曖昧になっていく。

「カイ…!」ナディアが叫んだが、彼の耳にはその声がほとんど届かなかった。彼女の声も、彼にとっては過去の一部となり、やがて消えていくのだ。

「これが…代償か…」カイは低く呟き、目の前が完全に暗くなる瞬間を待った。だが、その時、ふと胸の奥から、微かな声が聞こえた。

「本当にそれでいいのか?」

 その声は、自分自身の内側から聞こえてきたものだった。カイは混乱しながらも、その声に耳を傾けた。自分を捧げるという覚悟はできていたはずだ。だが、何かが彼の中で引っかかっている。

「家族を取り戻すために、すべてを捧げるのか?それが本当に望むものなのか?」

 その問いにカイは返答できなかった。彼はずっと家族を取り戻すことだけを考えていた。それが唯一の願いだった。だが、今、全てを失おうとしている中で、ふと一つの疑念が湧き上がってきた。もし過去を取り戻したとしても、それで本当に幸せになれるのか?

 彼は過去にとらわれすぎていたのではないか?今の自分を捨ててまで、それを得る価値が本当にあるのか?

「俺は…」カイは言葉を失った。頭の中で渦巻く思いが、彼を揺さぶっていた。だが、もう遅い。儀式は進行中で、彼の記憶は次々に消え去っていっている。

 だがその時、突然、カイは心の中で何かを掴んだ。それは微かな記憶の欠片。ナディアとの旅路、困難を乗り越えてきた瞬間。それが彼にとって今までどれだけ重要だったかが、最後の瞬間に閃いた。

「ナディア…」カイはぼんやりと彼女の名前を口にした。彼は気づいた。過去だけでなく、今を生きることもまた、大切なのだと。

「やめろ!」カイは突然叫び、意識を引き戻すために全力を振り絞った。光の中で、自分を捧げることを拒む意志を強く持った。闇が押し返され、儀式が揺らぎ始めた。

 その瞬間、光が収まり、広間は再び静寂に包まれた。カイは地面に倒れ込み、荒い息を吐いていた。彼は自分が生きていること、そして記憶が完全に消え去っていないことを確認し、深い安堵感を覚えた。

 ナディアはすぐに彼のそばに駆け寄り、カイの肩を支えた。「カイ、大丈夫?」

 カイはゆっくりと頷きながら、疲れ果てた声で答えた。「俺は…俺でい続けることを選んだ。」

「そう…それでいいの。」ナディアは微笑み、カイの肩を優しく叩いた。

 儀式は中断されたが、二人の旅はまだ終わっていない。カイは過去を取り戻すことよりも、今を生きることを選んだ。そしてその選択が、これからの彼らの未来にどんな影響を与えるのか、それはまだわからなかった。

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