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4 , 早希 -後編-

 <早希>


 今日も、見知った道を歩く。いつもと変わらないコンクリートの地面、いつもと変わらない路地裏の腐乱臭。昨日の少女達は結局なんだったのか。遊びだったとしても、少々幼過ぎるし、所詮は罰ゲームやなんやらで底辺を嘲笑うだけの行為だったに違いない。


 どうにも煮え切らない感情を残しながら、今日も工場に入る。




 * * *




 <一花>


 希実「一花ちゃん!今日はオムライスを買ってきたの!またコンビニのものにはなるんだけれど、良かったらどうぞ!」

 一花「え!?昨日もういいって言ったじゃん!?私だって人に借金作りたくないんだし...。」


 そう言いながらも、一花はちらりと袋の中を覗く。コンビニのパッケージに包まれたオムライス。ふわふわの卵の写真が美味しそうに見えて、思わず喉が鳴りそうになる。


 希実「だからお金は気にしなくていいよ。それよりも、一花ちゃんはどうしてお昼ご飯を持ってこないの?もしかして、親からお昼代すら貰ってないとか...。」

 一花「いや、さすがにそれは貰ってるよ?ただ、午前中の授業を受けた後だと、どうしても眠くなっちゃって...。それに昼ご飯を食べると、午後の授業で寝れる自信しかないし。」

 希実「そんな理由でお昼を抜くの!?それって体に良くないよ!」

 一花「いやいや、別に死ぬわけじゃないし、大丈夫でしょ。」

 希実「でも、栄養が足りなくなったら頭も働かなくなるし、午後の授業だって余計に集中できなくなるんじゃない?」

 一花「今のところは大丈夫よ?」

 希実「それに、昨日も言ったけど、私は一花ちゃんに元気でいてほしいから、お昼を用意してるんだよ?」

 一花「…うぅ、それを言われると弱いんだけど…。」

 ヨウセイ「...よくもまあ、同じ話題で飽きませんね。」


 昨日と同様に、半ば面倒くさそうにヨウセイが話に割り込んできた。


 一花「アンタは早く本題を言い出しなさいよ。役目でしょ?」

 ヨウセイ「また昨日の流れを再現する気ですか?面倒なのでやめてください。」

 一花「けど、正直なところ昨日のアレが無理だったなら、もう打つ手はないでしょ。」

 希実「そういえば昨日、ヨウさんはわざと日色さんを追いかけなかったけれど、それで何か効果はあったの?」

 ヨウセイ「勿論。早ければ今日辺りに日色早希様の身の回りで、何かしらの事象は起こり得ましょう。ワタクシたちはそこを狙います。」

 一花「......なんか既視感あるわね。」

 希実「もしかして、私の時も計画的にやったとか...?」

 ヨウセイ「そんなわけないじゃないですか。それよりも、貴方様の事例を経験したからこそ、今回に役立てようとしているのですよ。」

 希実「う~ん。なんか腑に落ちないような...?」

 一花「コイツはそういう奴なのよ。ていうか、それなら今日集まった意味ないじゃん。」

 希実「一花ちゃんに、お昼ご飯あげるためでもあるよ?」

 一花「うぅ、善処します...。ていうか、これ温める用だけれど、どうやって温めるの?」

 希実「......魔法って使えるかな?」

 一花「いや、全燃するでしょ...。」




 * * *




 <早希>


 今日も、蛍光灯の白い光が無機質に照らす。どこにも窓がない。朝も昼も夜もない。ただ均一な明かりだけが、天井から降り注ぐ。この時間の僕が知る世界は、この狭い部屋と、終わりのない検品作業だけだ。シャツを一枚、手に取る。タグを確認し、縫い目を指先でなぞる。ほつれがないか、糸の緩みはないか、異物が混入していないか。誰かが快適に着られるように、僕が見落とせばならない。おかしな話だ。僕がこのシャツを着ることはないのに。どれほど上質な生地でも、どれほど洗練されたデザインでも、僕には何の関係もない。ただ、問題がないかどうかを見極め、少しの不備でもあれば、不良品として弾く。それだけの存在。たとえば、ほんの少しだけ糸が乱れていたとしても、それを許されるのは金を持つ側の人間だ。僕が「これくらい問題ない」と判断すれば、それは怠慢とされる。彼らが「これくらいなら問題ない」と言えば、それは味わいになる。僕たちが粗末な服を着れば、みすぼらしいと蔑まれ、彼らがわざとほつれた服を着れば、それはトレンドになる。この世界はなんとも滑稽なのだろうか。


 ウゥゥゥーーー!!!ウゥゥゥーーー!!!


 そんなくだらないことを考えていると、急なサイレンの音で我に返った。自身含めた作業員は、皆馴染のない音で動揺する。きっと誰かが何かをやらかしたのだろう。けれどここは所詮検品施設であり、事故が起こったとしても、自身には被害のない話だ。そう思っていた矢先


 その瞬間、音が消えた。


 背後から、大きな爆発音と共に、突き刺さるような圧力が押し寄せた。その音は、空気を引き裂いて、全身に振動をもたらす。周りの作業員は、悲鳴を上げる者、呆然と立ち尽くす者、保身に入って逃げ出す者、皆個性あふれる行動を取る。しかし、こういう時だからこそ落ち着くことが大切なのだと、心の中で嘲笑していると、物陰から血飛沫が飛んできた。


 ああ、皆はこれに対して恐怖していたのだな。


 目の前には、全身から毛のように針が生えている、自身の三倍ほどの生物がいた。いや、これは生物なのだろうか。形容しがたい、生物としては何か欠陥している存在のように見える。


 そんなことを思っているうちに、それは自身の存在に気付くなり、中央が四分割に開いて、僕を食べようとしていた。エンジンのように鼓動する心拍数とは裏腹に、凍り付いたように動かない。死にたいとは思っていたが、こんな思いもよらない形とは...。自身の最期くらい選ばせてほしかったなどと、神頼みを考えている最中だった。




 「煌めけッッ!!グロリアスジャッジメントッッ!!!」




 どこからともなく聞こえてきた声と共に、目の前から急に大きな爆発が発生し、僕は吹き飛ばされた。


 一花「希実ちゃん...加減ってものがあるでしょ?人が吹き飛ばされてるし。」

 希実「けれど、あれくらいなきゃあの状況では引き剝がせなかったって!それに!戦いはノリが良いほうが華になるでしょ?」

 一花「いやまあ、結果的に好転したからいいけどさ...。」

 希実「そんなことしているうちに天使が起き上がってるよ、一花ちゃん!」


 ぼんやりと聞こえる声のほうを見ると、昨日自身に会いに来た少女たちだった。


 "魔法使い"。


 確かそんなことを言っていたなと記憶を頼りながらも、だんだんと視界がぼやけてくる。意識が朦朧としてくる______






 「お前がいると空気悪くなるんだけど」


 「生きてて楽しいの?」


 「うわ、近寄んなよ」



 変わりたかった、ただその一心だった。



 「ちょっと痛いくらいで泣くなよ、これくらいも我慢できないの?」


 「そんなことで傷ついてたら、この先も生きていけないよ?」


 「いじられてるうちが華だよ?いじめられたくなければ、お前が変わればいいだけじゃん?」



 逃げられない、誰も助けてくれない。

 どうして自身が、こんな目に遭わなきゃいけないのだろうか。

 何が面白いのかも分からない、くだらない行為に付き合わされる毎日に嫌気がさしていた。



 いつしか、物事をひねくれた見方でしか見れなくなっていた。あの頃の自分がそうさせてしまったのは言うまでもない。



 こんな自分が嫌いだ。いっそのこと、死ねばいいのに。


  「初めまして、日色早希様。貴方との契約を迫らせていただきたく、お伺いさせていただいた所存です。」




 ――不意に聞こえた声により、意識が現実に引き戻される。


 「貴方の中には、泉のごとく尽きることなき希死念慮が湧き出ております。しかしながら、それをただ虚無へと捨て去るなど、まことにもったいないことでございます。せっかくでございますゆえ、そのお心持を魔力へと昇華し、魔法使いとして有効活用するのはいかがでしょう?」


 どこか底が見えないような、暗いイメージを彷彿とさせるその声。


 どうやら僕には、あの少女たちが言っていた魔法使いというものになる素質があるらしい。

 今まで、誰かのために施すことはおろか、自身の保身すらままならなかったというのに。生きるのが下手くそな僕に対して、今更何の正義が残っているというのか。


 「なにも、客観的な正義を振りかざしてくださいと言っているわけではございません。これは更生です。貴方が今日まで培ってきた生き方を、今一度、欺いてはいかがでしょうか?」


 あの頃から何度も後悔をしてきた。だからこそ、死にたい、いや、自分を殺したいと考えていたのかもしれない。そして、それは今でも同じだ。

 過去の自分をどうしても見てしまう。そんな自分には、もううんざりだ。



 だからこそ、変わりたい。



 欺きたい。



 もう一度、なりたい自分へ、生まれ変わりたい。





 * * *




 <一花>


 希実「蹴散らせッ!ブルーブレイズッ!!」


 希実が呪文を唱えると、青い炎が天使目掛けて飛んでいく。しかし、天使は大きい体とは裏腹な機動力で回転し、攻撃を避けた。


 希実「相変わらずすばしっこいわね...。畳みかけるよ!一花ちゃん!」

 一花「うん、それはいいんだけれどさ、周りどうするのよこれ。」


 周りを見渡すと、一面が火の海だった。


 希実「だって天使がちょこまかと逃げるんだから、仕方がないよ。それにヨウさんがなんとかしてくれるでしょ♪」

 一花「いや、アイツができるのは事象改変だけだから、この工場自体がなおるわけじゃないのよ...。」


 そう言った矢先、廃工場の天井がきしむような音を立てた。熱に炙られた鉄骨が歪み、今にも崩れ落ちそうだ。


 希実「わかった、じゃあ火は控えめにするね!代わりに雷とかどう?」

 一花「余計にまずいわ!......ていうか使えるの?」


 そんな会話をしていると、気を抜いた隙を見計らった天使が私たちに襲い掛かろうとしてきた。

 そのときだった。


 どこからか飛んできたカードが天使に刺さる。


 一花「ヘッ...?カード...?」

 希実「あれは、タロットカード...かしら?けれどなんで...」


 不思議がっているとそのカードは時間差で爆発し、天使は体勢を崩したように倒れこむ。


 「君たち、苦戦しているようだね。それなら僕の助けでも、いかがかな?」


 声の方向を見ると、黄色い衣装を着た日色早希が立っていた。


 一花「いや、別に苦戦をしてたわけじゃないんだけど。」

 早希「分かってるよ。けれど、少しくらい格好つけたって良いだろう?」


 その合間に天使が起き上がり、もう一度こちらへ攻撃をしかけようとしてくる。


 早希「こうやって駄弁ってる暇はなさそうだね。」

 一花「そうみたいね、じゃあ歓迎の意も込めて、さっさと片づけちゃいましょうか!」


 そう啖呵を切り、私たちは攻撃を仕掛ける________






 * * *






 希実「あちゃ~...派手にやっちゃったね!」


 見渡すと周囲の焼け野原となっていた。燃え尽きた貨物からは、得体の知れない錆び臭さが発せられている。


 一花「あちゃ~...じゃないわよ...。間接的に早希さんの職場がなくなっちゃったじゃん!?」

 早希「いいよ別に、新たに職を見つければいい話さ。」


 変身を解除した早希は、ポケットから取り出したキシリトールガムを口に放り込む。


 早希「ところで、魔法使いの件だけどさ。」

 希実「おっ!考えてくれましたか!?」


 早希は、2,3回噛んだガムをすぐに銀紙に吐き出す。


 早希「...いいよ、やってあげるよ。魔法使いってやつを。」

 一花「本当ですか!?」

 早希「敬語はよしてくれ。仲間だろう?」

 希実「あら、もうそういうスイッチ入った感じ?」

 早希「...あくまで僕は君たちと対等な存在だと示しを付けたいだけだよ。」


 早希は、少し照れくさそうに顔を下に向け、出入口へ歩いていく。


 早希「それじゃあ、僕はこの辺でお暇しようかな。また力が欲しければ言ってくれ。その時は手を貸すさ_____


 その瞬間、早希はその場に倒れこんだ。


 希実「あら、初の変身に疲れちゃったのかな?」

 一花「まあ、希実ちゃんの時もそうだったしね...。」

 希実「なんかデジャヴだね♪」

 一花「いや、それなんか使い方違くない...?希実ちゃんって一応学年上位の成績なんだよね?」

 希実「...その話は、できればしないで欲しいかな?」


 その瞬間、希実の顔が引きつったのが分かった。

 何が引き金になったのかは定かではないが、彼女なりに何か思うところがあるのだろう。私はこれ以上話題を広げることを止した。


 一花「...ていうか、また大惨事じゃん...。今回は被害凄そうだけれど、認知変化でなんとかなるものなのこれ?」

 ヨウセイ「ご安心を。戦闘が始まる前に半径1km圏内に認知変化を行ったため、工場内にいた者には検品中に発生した事故という体になっております。」


 背後から急に声が聞こえ、反射的に肩が震える。


 一花「うわっ!!?びっくりした!?ちょっと、急に現れて声を出さないでよ!!」

 ヨウセイ「すみません。これも仕事なもので。」

 一花「全部仕事っていえば何とかなると思ってんじゃないでしょうね...?」


 そう言い合っていると、希実が早希を背負って運ぼうとしていた。


 希実「うぅ...。早希さんって無駄に背が高いせいで背負いきれない...。」

 一花「ちょ、足引きずってる!」

 ヨウセイ「なんか滑稽に見えますね。」

 一花「アンタって時々デリカシーないこと言うわよね...。まあ、とりあえず外に運びましょうか。」

 希実「行先は...とりあえずカラオケでいい?」

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