3 , 早希 -前編-
<早希>
規律めいたベルトコンベアの音、一定間隔に距離を持ったアパレル商品。いつも同じことの繰り返しを、疑わないよう無心で作業を繰り返す。どこで道を踏み間違えたか。
元々、地元ではそれなりの進学校に通い、それなりに勉学にばかり励んだつもりだった。少なくとも、周りの学がない者よりかは。なのに今はどうだ? 本来ならば、僕は都会で出世するはずだった未来も、今じゃ派遣社員とこのザマだ。周りの人間が、悠々と遊び惚けているのを横目に、虎視眈々と努力を積み重ねてきたはずなのに。別に、友人を作ろうとしてなかったわけではない。ただ、程度の低い人間とは、ウマが合わなかっただけだ。けれど、そうやって下に見ていた奴等共は、いつの間にか僕の上を歩いている。何が努力だ、何が我慢だ。結局は全て運と才能じゃあないか。全く、これだから社会というやつは...
「おいそこっ!手が止まってるぞっ!!」
急に、社員に怒鳴られてしまい、一瞬気が動転する。おかげで我に返り、周りと同じように検品作業を再開する。
先ほど考えていたことを思い返すと、たちまち吐き気が催してくる。僕はいつもそうだ。妄想が行き過ぎると、ああやって、さも誰かが悪いなどという被害妄想を引っ張り出し、他人を見下して、保身に回り、自身を正当化させようとする。ここまで醜くなってしまったのも、他の誰でもない自分自身のせいというのは、十分解っている。だが、それすらも否定したいんだ。
僕は、僕のことが嫌いだ。死ねばいいのに。
* * *
<一花>
四限目終了のチャイムが鳴り、昼休みの時間が始まる。チャイムと同時に、私は机の上に置いてある、教科書類を即座に片づけ、机にスペースを作る。そして、今日こそはしっかりと睡眠を取るぞと意気込む。
なにせ、ここ数日間、魔法使いとしての活動においての希実との打ち合わせや、急な天使の発生があったため、昼休み中の睡眠時間が十分に取れなかった。
そのため、ここ最近の午後の授業は、端的に言えば、酷いものだった。いつもの日課をしていないだけで、あそこまで眠くなるものなのかと自身でも驚愕したほどの睡魔が襲ってくる。他にも要因がないとは言えないが、大半の要因はそれであろう。その結果、授業で当てられたときの、答えられない間の周りからの視線は控えめに言っても、生き地獄の様だった。周囲の視線、時計の針の音が聞こえるほどの静けさ、極めつけは分かりませんと答えた時の皆の異物を見るような視線だった。きっと孤独のくせに、頭もそれほど良くないやつだと思われたのだろう。実際にそれを否定することはできないことも含めて死にたくなる。
今日はそんな失敗をしないと心に決め、さっそく机に突っ伏しようと腕を組む。そんな時、三回のノックと共に、勢いよく教室のドアが開く音がした。
「桃風さんいらっしゃいますか?」
聞き覚えがある声が聞こえる。ドアのほうを見ると、そこには希実が立っていた。対応した生徒は、誰のことかわからず、困惑をしている。私ってそれほどまでに影が薄いのかなぁなんて自虐を考えていると、不意に希実と目が合う。希実も私に気付いた様子で、こちらに向かって無邪気な笑顔で小振りに手を振る。これは今日も睡眠を取ることができないなと思いつつ、席を立つ。
~昼休み~
今日も相変わらず、誰も来ない屋上で、私たちの密会を始める。
希実「そうだ!今日、実は一花ちゃんの分のお昼ご飯買ってきてみたの!口に合えばいいのだけれど...」
希実はそういうと、私にサンドイッチなどが入ったコンビニエンスストアのビニール袋を差し出す。
一花「いやいや...!?そんな気を使わなくてもいいよ!お昼はそこまでお腹空かないし、自分の分だけ買ってもらうのはなんか申し訳ないっていうか...」
希実「ごめんね。本当はお弁当を作りたいんだけど、親に知られると、きっと黙ってはないんだろうし...。」
一花「...じゃあ今日は貰うことにするね。ありがとう、今度お金は返すよ。」
希実「いやいや、お金なんていいよ!それよりも、お昼はちゃんと食べないと元気出ないよ?」
一花「うぅ...。善処します...。」
ヨウセイ「...あの、そろそろ与太話は終わりそうですか?」
会話の隙の糸を探るように、ヨウセイが話に割り込んできた。
一花「もうちょい早く間に入ってほしかったんだけど。」
ヨウセイ「文句を言わないでください、こっちだって気まずかったんですから。」
希実「ヨウさんにも気まずいって感情あるんだ?」
ヨウセイ「わたくしを何と勘違いしているんですか?...まあいいです。今日のスケジュールを確認致しましょう。」
一花「どうせ、今日も相も変わらず天使の駆除でしょ?」
ヨウセイ「それもそうですが、今日はそれに加え、新たな仲間の勧誘もお願いします。」
希実「勧誘って、私の時みたいな感じでもう一人加わるってこと?」
弁当を食べていた希実は、箸を休めて質問する。
ヨウセイ「左様でございます。」
一花「うぅ...また前回みたいに、声をかけなきゃいけないのかぁ...。」
ヨウセイ「今回確保に向かう人物は、"日色早希"様、23歳の女性で、現在は勤め先であるこの町の大きな工場にいるようです。」
一花「大きな工場って...伝わったには伝わったけど、もう少し具体的な名前とか知らないの?」
ヨウセイ「貴方様にも、伝わりやすい言い回しにしただけですよ。実際、理解していただけたみたいですし。それに、詳細な住所を言ったところでどこの工場かわかるのですか?」
一花「...アンタ、時々する棘のある言い方するのやめてほしいんだけれど。」
希実「それはそうとして、その日色さんって方は、少なくとも私たちより年上かつ、働いているとなると、高校生の私たちとは、微塵も共通点がないよね。その上面識すらない状態からってなると、どうやって勧誘するの?」
ヨウセイ「わたくしが確認した動向から鑑みるに、今日、貴方方が下校した時刻から、工場まで移動した場合、彼女の定時刻と重なることが分かっております。」
一花「アンタのそのストーカーまがいの行為には目を瞑るとして、それって暗に、突撃かまして話しかけろって言ってる?」
ヨウセイ「左様でございます。それ以上に、何かご不明な点でも御座いますでしょうか?」
一花「…いやまあ、今回は希実ちゃんがいるから、別にいいけどさぁ。」
目配せする様に希実のほうに視線をやると、何やら悩んでいる様子。
一花「どうしたの?もしかして、不都合なこととかあるの?」
希実「私、今日も放課後から塾があって...。ごめんなさい、同行が難しいかも。」
本来なら、仕方がないと引くべきなのだろうけど、前回の希実の確保を鑑みるに、確実に私一人では達成はできないことは明白だ。というよりも、私のメンタルが持たない。どうにかして同行をお願いしなければ。
一花「お願い!今日だけでも塾を休んだりできないかな。」
希実「えぇ...。そう言われても、昨日も遅刻しちゃったし、両親にはなんて言い訳すれば...」
確かに、ここ最近の魔法使いとしての活動から、希実は塾を度々遅刻してしまっているらしいのは聞いていた。だが、今回ばかりは、こちらも引くに引けないのだ。
その時、ヨウセイに背中を少し強めの力で押され、思わず前方によろめいてしまい、希実に胸に飛び込んでしまう。
希実「ふぇえ!!?」
そのまま、希実の身体は後ろに倒れて行き、覆いかぶさってしまった。
一花「ってて…。ごめん、大丈夫?」
顔を上げて、希実の顔を見ると、嬉しそうに赤らめている。
希実「もう、仕方がないなぁ。今回だけだからね...♪」
そんなことをしていると、昼休み終了の予鈴が校内に鳴り響いた。
希実「...もうこんな時間かぁ。もうすぐ午後の授業が始まっちゃうから私は行くね。じゃあ、また放課後♪」
そう言い残し、顔をほころばせながら、希実は教室へと戻っていく。
一花「......希実って、意外と押しに弱いのかな?」
ヨウセイ「貴方は、自分の天性をもう少し自覚したほうがいいですよ。」
~放課後~
一花「...ハァハァ...ヴォェ......走るの早いよ...ちょっと...休憩させて...。」
日頃運動をしていないせいか、数分走るだけでも息を切らしてしまう。息を吸おうにも気道がヒリヒリし、上手く吸い込めない。
希実「大丈夫?背負ってあげようか?」
一花「流石にそこまでは大丈夫だけど...。というかヨウセイ!走らなきゃいけないなんて聞いてないわよ!後で覚えてなさい...!」
ヨウセイ「走らなきゃいけないなんて話したら、貴方は積極的に動かなかったでしょうに。」
一花「それはそうだね。って納得できるかぁ!そりゃあ走るって聞かされてれば、良い顔はしないだろうけど、聞かされてないのとでは話が違うじゃん!」
ヨウセイ「愚痴は終わってからにしましょうか。今は走らないと予定時刻に間に合いません。喋っている暇があったら足を動かしてください。」
一花「うぅ...死ぬ...。」
* * *
<早希>
ふと上を見上げると、高い窓からは、定時を告げるように夕日の灯りが漏れていた。そんな気分に浸ると同時に、定時のアナウンスが鳴る。今日も作業が終わった。いつものように、タイムカードを切り、ロッカールームへと向かう。いつも、家から作業着を着ていく癖がついていたため、今日も上着だけ羽織り、ロッカーの荷物を取って、一番に工場を後にした。
外に出ると、先ほど見た夕日の灯りが弱弱しくなっているように感じた。今日も、いつものように帰宅路へ足を向けようとする。すると、その方向には、息を切らした制服を着た高校生女子とそれを心配しつつも、こちらをみる高校生女子がいた。制服に見覚えがある為、この辺りの高校の生徒であろう。そんな学生がなぜ、自身のような工場勤務の人間を凝視しているのか、疑問に感じていたところ、青い髪のほうが、自分に話しかける。
「こんにちは。日色さんですよね。今回、貴方に話があって伺った所存なのですが、少々、お時間を作っていただくことは可能でしょうか?」
怖いくらいにこちらのテリトリーに踏み込んで来ようとする彼女からは、本当に高校生なのかと気味悪くすら感じる。だが、所詮は高校生のガキだ。面倒な事件ごとに巻き込まれるのは御免だし、ここは丁重にお断りでもしておこう。
早希「すまないが、僕にはこれから急ぎの用事があって、すぐにでも足を運ばないと間に合わないんだ。悪いけど、君たちと付き合っている時間はないんだよ。」
そういい、彼女らを撒こうと足を進めると、急に背後から抱き着かれた。ギョッとして、背中に目をやると、先ほど息切れをしていた生徒が、顔色を悪くしながらも、逃がさまいと自分に抱き着いていた。その後、すぐに手の力が抜け、その場の地面にうつ伏せする状態になった。
「一花ちゃん!?大丈夫!?」
もう片方の高校生は、慌てながらも心配をしている。
予想外の面倒事が発生した。これだから、ガキの相手は嫌なんだ。自分がその場を立ち去れば、きっと何事もなく、明日を迎えられるのだろう。だがしかし...
早希「...とりあえず、その子をおぶって、場所を移動しようか。」
* * *
<一花>
目が覚める。まだ、意識はハッキリとしない。確か前回起きた時は金曜日だった。つまり順当に考えると今日は土曜日か。そう思い、二度寝をしようと目を瞑ろうとしたとき、ここが知らない天井ということに気付き、咄嗟に目が覚めて、身体を勢いよく起こす。
早希「おっと、お友達がお目覚めみたいだね。」
希実「一花ちゃん!......本当に、無事でよかったぁ...。」
希実の目が、今にも泣きそうなように、目頭が赤くなっている。
一花「あの...ありがとうございます...。あの、失礼なのを承知で聞くのですが、今の状況を教えてもらっていいですか?」
早希「面白いくらいに図々しいね、君は。でもまあ、無理もないか。希実君から話を聞いていることから予測する限り、君は運動により発生した息切れから成る眩暈と、普段の生活からなった寝不足により、エネルギー不足にからなる睡魔が原因で、君は僕に抱き着きながらも倒れるように眠ってしまった。そんな君を僕がおぶって、とりあえず人数問題を解決できるかつ、人を寝かせられる近場のせ施設ということで、今現在カラオケ店にいるところさ。」
図星を突かれて顔が強張る。確かに昼休みの時間に寝ていなかったかつ、今日は授業中も起きるよう努力した結果、下校時間にはとてつもない睡魔が襲っていたのは事実だった。
どこが図々しかったのかを考えつつも、とりあえず迷惑をかけたことを謝る。
一花「...いや...ご迷惑おかけしてすみませんでした...。」
早希「別に、社会人として当たり前のことをしたまでさ。それで?僕に話があるって言ってたけど、用件は?」
一花「...えっと...なんといえばいいか...」
希実「率直に申し上げますと、魔法使いになって、私たちと町の平和を守っていただきたいのです!」
希実が口を開いたかと思えば、濁そうとしていた言葉をそのままストレートに言うではないか。これでは常人には理解されないであろうし、変人に思われるのも時間の問題だ。
一花「希実ちゃん...さすがにそのまま伝えるのはちょっと...。」
希実「どうせ魔法使いになるのだから、今言ったところで変わらないじゃない?」
早希「...口ぶりから察するに、僕が加入するのは確定事項みたいになっているけど、具体的にはどういったことをするんだい?」
希実「はい!私たちがする内容としては、怪物退治を不定期的にするといった内容です!」
早希「あぁ、なるほどね。すまないが子供の遊びに付き合っているほど僕は暇じゃない。帰って勉学にでも励んだらどうだい?」
希実「なっ!?嘘じゃありませんよ!私たちだって真剣にやっているんだから!」
希実は、前のめりになりながら否定する。
早希「じゃあさ、もし僕が入ると仮定した場合、その怪物退治とやらを達成した時の、僕への報酬はどうなるんだい?」
一花「報酬かぁ...。考えたことなかった...。」
早希「はぁ、僕は慈善活動家でもなんでもないんだから、メリットもなしに動く訳がないじゃないか。」
希実「こういうのは、報酬とかではなく、自分は選ばれたっていう、特別感に浸れるのを武器にしているんですよ!」
早希「それ自分で言ってしまうのかい?というかそれこそ、やりがい搾取と似たようなロジカルじゃないか。話にならない、僕はもうお暇させてもらうよ。お金は事前に払ってあるから時間まで好きに歌いでもしたらいいよ。」
一花「ちょっとま...」
追いかけようと立ち上がろうとすると、ヨウセイが私たちを制止してきた。
一花「ちょっと、ヨウセイ!?追いかけないと取り逃しちゃうよ!?」
ヨウセイ「いいえ、これでいいのです。これによって彼女はわたくしたちと接触した人物と見なされ、次期天使のターゲットとなります。実物を見れば少しは考えも変わるでしょう。」
一花「相変わらず、えげつのないことするわねアンタ...。」
緊張が解け、肩を落としていると、隣に座っている希実が目を輝かせてこちらを見ていた。
希実「ねぇ、一花ちゃん♪私カラオケって初めてきたんだけど、せっかくだしなんか歌わない?」
今の時代カラオケに行ったことのない高校生なんて存在していたのかと思ったが、よくよく考えれば私も人とカラオケに来たのは、中学生の頃の上っ面だけのグループで行った一件だけだし、その時も何かを歌うわけでもなく後ろの方で携帯を弄っているだけだった。実質私も初めてのようなものだし、今日の相手は希実なため携帯でやり過ごすわけにはいかない。何をして過ごそうかと考えていると、マイクを渡される。
希実「どうせなら一緒に歌お♪」
カラオケ初心者が想像するような行動に困惑しかけたが、ここまできたら背に腹は変えられない。
一花「...あんまし知ってる曲ないよ?」
希実「大丈夫、私も知ってるの全然ないよ♪」
今日も、帰るのが遅くなりそうだ。
* * *
<ヨウ・セイ>
「......なんか用か?」
ヨウセイ「いえ、滅相もございません。ただ、一花様からカラオケ部屋を追い出されまして。暇を潰す場所に困っていたら、ビルの上に貴方を発見致したため、ちょっとお声をと。」
「...少なくとも、お前と俺の契約はあの時断ち切ったはずだ。今更顔を出す理由を述べろ。」
ヨウセイ「いえ、厳密には契約の一時的な解除なため、少なからず関係性はあります。まあ、そんなことはどうでもいいのですが。」
「...何故、桃風一花を魔法使いにした。」
ヨウセイ「わたくしの行動は、全てラルドシア様から下された判断を元に動いております。業務内容に私の主観等を入れ込むといったことはございませんよ。そんなことよりも、貴方こそ情動的な行動はやめたのではないのですか?」
「誰のせいだと思って...。いや、今の俺が情動的なことは認める。ただ、俺の感情は少なからずお前たちへ向けたものじゃない。」
ヨウセイ「...そうですか、そのお言葉の意味をどちらに向けたかはさておき、時機に貴方の力が必要な時が来ます。それに向けて、少しお話をしませんか?」
「黙れ。少なくとも俺の魔法使いの力は、お前たちの戦争のためにあるわけじゃない。この世界の平和のためだ。」
そう言葉を残すと、純白のドレスをなびかせながら跳躍し、夜の闇へと姿を消す。
ヨウセイ「全く、人間とは存外難儀な生物ですね。」