2 , 希実
<希実>
朝が来た。今日も、アラームよりも前に起き、身支度をする。両親に声をかけて、マンションを出る。
通学中に、周りの生徒が挨拶をしてくる。それを私は、いつものように笑顔で挨拶を返す。教室では、いつものように愛想よく周りと接し、テストでは限りなく上位を目指す。自ら生徒会に立候補をし、頼まれたことは何でもそつなくこなすことにより、内申をキープする。
こんな生活に慣れたのは、いつからだろうか。しかし、これが今の私の日常であり、両親を喜ばせる唯一の方法なのだ。
言われたことをこなしていれば、何も言われない。自身の境遇に、悩むことなどしてはいけない。
今日もそんな戯言を考えながら、放課後に遊ぶ約束をする生徒たちを羨ましくも横目にして、廊下を歩いていると、前から一人の女子生徒が歩いてくる。
「本当に声をかけなきゃ駄目?私はまだこの学校の誰とも話したことないんだよ?だからさ......」
誰かと喋っているようだが、見たところによると相手がいない。経験上こういった人間とは関わらないほうがいいと直感し、少し早歩きになる。
すると、その彼女が私の前で立ち止まり、勇気を出したように口を開く。
「あの、藍園さんですか?」
* * *
<一花>
朝が来た。今日も、いつものようにアラームを消し、時間を確認して顔面を枕に突っ伏する。いつの間にか意識が飛んでいて、時間ギリギリで身支度をし、急いで家を出る。
ヨウセイ「おはようございます。走って登校でしょうか。朝から運動とは、とても良い心がけですね。」
一花「うっさい!こちとら遅刻時間ギリギリなのよ!起こしてくれても良かったじゃん!」
ヨウセイ「貴方が家の中では、干渉を避けるようにお願いされたじゃないですか。それに、私が起こしたところで、あと五分だの言って、私の声を聞かなかったでしょうに。」
耳が痛いが、全くもってその通りだと認めざる負えない。話を逸らすように、私は息を切らしつつ会話を続ける。
一花「...ところでさ、魔法少女になったはいいけど、私はこれから何をすればいいの?」
ヨウセイ「昨日のうちに説明をしようと思ったのですが、貴方が全くもって関係のない話題を提示した挙句に、睡眠を取り始めましたから、伝えることが困難でした。あと、魔法少女ではなく、魔法使いです。」
一花「私に対しての愚痴はもういいから...。それで、何をすればいいの?」
ヨウセイ「今日のタスクとしては、まず、新たな魔法使いの確保、あとは天使が発生次第排除といったところでしょうか。」
一花「待って、色々と言いたいことがあるんだけど、まず、天使が発生次第ってどういうこと?」
ヨウセイ「おや、貴方も昨日、見たではありませんか。何なら貴方のことを殺そうとしてきました者ですよ。」
一花「あれが天使!?...なんか想像とは全然違う見た目をしてたけど...。」
ヨウセイ「天使にも種類があるのです。天使というものは本来は天の使い、天界上の使われる者の立場なのです。それに天使と呼ばれるものは、様々な神話に登場しているでしょう。いわば、天使というものはこの世界で言うところの、派遣みたいなものです。」
一花「うーん。納得できるような、できないような...。まあとりあえず、私のすることは、その天使ってやつをぶっ殺せばいいってことね。」
ヨウセイ「その通りでございます。それと、今日に限っては、もう一つ、新たな魔法使いの確保も必要ですが。」
一花「それってどういうい......。」
言いかけたところで、時間が気になり確認をすると、全力で走らなければ間に合わない時間に迫っていた。
一花「ちょ、学校着いてから話して!今は時間がないの!」
そう言い、私は全速力で学校へと向かう。
ヨウセイ「登校と、朝の運動を両立するのもまた、難儀なものですね...。」
昼休みのチャイムが鳴る。これから、いつものように机に突っ伏して、午後の授業に備えた睡眠を取りたいが、今日は違う。主に横がうるさい。
ヨウセイ「ほら、起きてください。確保における良好な時間は今しかありません。お誘いに行きますよ。」
気だるげに机から体を起こし、廊下へ向かう。
一花「ねぇ、新たな魔法使いの確保って具体的にはどうするの?」
ヨウセイ「端的に言えば、私が指名した適正者に勧誘を促してほしいわけです。」
一花「勧誘って...。話せってこと?」
ヨウセイ「左様でございます。」
一花「この私が?」
ヨウセイ「左様でございます。」
一花「無茶なこと言わないでよ...。この高校に入学してから、この学校の人とちゃんとした会話をしたことが一回もないんだから...!」
ヨウセイ「しかしながら、わたくしから声をかけようにも、まず私の声が届きませんし、第一届いたところで気味悪がられるのが目に見えて分かります。」
一花「...それじゃあ昨日直接声かけたのって、私だったら気味悪がられないとでも思ったわけ?」
ヨウセイ「いました、正面に見える青髪の方が今回のターゲットである、藍園希実様です。」
視線の先には、青髪のポニーテールのした人物が立っている。身長や体格を見るに、恐らく同級生であろう。
一花「私はまだこの学校の誰とも話したことないんだよ...?だからさ...」
ヨウセイ「もしこれが達成できなければ、貴方は不要な存在と判断し、魔法使いとしての契約を破棄することも可能ですが。」
一花「えぇ...。わかったわよ、勧誘すればいいんでしょ?」
駄々をこねても、いつかは直面する事態だ。なんなら、今ここで唯一の娯楽を失ってしまうことにもなりかねない。それならば仕方ないと自身に言い聞かせる。
私は、青髪の彼女のもとへ駆け寄っては声をかけた。
一花「あの、藍園さんですか?」
一瞬の沈黙。実際は短かったが、私にはそれが永遠のように感じた。
希実「ええ、そうですけど。何か御用でも?」
張り付いたような笑顔。どことなく、これは間違いなく逸材だな、と直感した。
一花「あの、実は、私、とある慈善活動をしておりまして...。あなたにもお力を貸していただけないかなぁと...。」
希実「......すみません。生徒会役員のお仕事や、自宅学習に勤しんでおりますので、そういったことにはあまりお力になりそうにないです。」
私は頭が真っ白になった。なにせ、ヨウセイのいうことに失敗を想定されていると考えていなかったからだ。どうせ、ヨウセイのことだから、何かしら細工はしてあると思ったのに...。
一花「えっ...あっ...ですよね!忙しいところ引き留めてすみませんでした!」
直前まで喋っていた内容が、すべて抜け落ちるかのような眩暈の中、私はそそくさと退散する。
一花「ちょっと!失敗したんだけど、どういうことよ!」
ヨウセイ「成功するとは、誰も言っていませんよ。」
一花「そりゃあそうかもしれないけど...。ねぇ...これって契約破棄の対象になるの...?」
私は、彼の動向を伺うように、恐る恐る質問する。
ヨウセイ「ああ、さっきの話ですか。あんなことまだ信じてるんですか?貴方を手放したら、また一からになるのに、そんな面倒なことするわけないじゃないですか?」
一花「あーうん...。言いたいことは沢山あるけど、一回アンタのことをぶん殴りたいかも。」
* * *
<希実>
彼女はそそくさと逃げるように、立ち去って行った。
何を言い出すのかと思えば、新たな仕事の提示。それに、あの仕事を請け負ったところで、私の評価の変動があるわけないと直感したため断った。
実際、彼女の様子から見て、私が生徒会に所属していることを知らないようであるし、私も彼女のことを知らない。
そんな中で、何故私を選んだのかが謎ではあるが、少なくとも、悪い印象をつけるような言葉は発しなかったため、問題はないと自身に言い聞かせる。
こんな息苦しい生活、きっと私だけだろうなと思いつつも、皆同じなのだから、自身も精進しなければと鼓舞する自分のどこかにいる。
そんなことなら、消えてなくなってしまいたい。そんなことを考えていると、男子生徒が話しかけてきた。
「藍園さん、放課後に化学準備室から資料を持ち運びたいのですが、一人では難しいので手伝ってもらうことは可能ですか?」
顔も知らない生徒だが、もし仮に先生に私を頼れと言われて頼んだのだとすると、それは為さなければならない。勿論と言わんばかりに、笑顔で言葉を返す。
希実「ええ、勿論です。放課後に化学準備室ですね。」
男子生徒は満足げに、私の前から立ち去る。
そして私は、いつものように午後の授業のための予習をするべく、教室に戻る。
放課後のチャイムが鳴る。
放課後に、資料の持ち運びの手伝いを頼まれていたことを思い出し、遅くも、速くもない速度で化学準備室に足取りを進める。
化学準備室の前は暗く、また、生徒は愚か、職員でさえも避けるような湿気と不気味ささえ放つその廊下は、人の気配がまるで一つもない。
もし、私がいたとてそれ以上に運搬が大変でも、助けは呼べない。そういった場合、最悪、塾に遅刻する可能性もある。そういった場合、塾や、両親には、どう言い訳をしよう。
そんなことを考えていると、化学準備室のドアが開き、先ほどの生徒が顔を出し、こちらを手招きする。私は少し急ぎ足でドアへ向かう。
電気のついていない化学準備室は、廊下よりも湿気がひどく、異臭が鼻を衝く。机の上に、幾つもの大きなダンボール箱が置いてあり、直感で時間がかかるものだと悟る。うじうじしていては、終わるものも終わらない。了承したことは、取り消すことは難しいため、早速作業に取り掛かるようにダンボールの底に手を伸ばす。
希実「この資料をどこに運べば...」
ダンボール箱を持ち上げようとしたとき、急に後ろから強い衝撃で壁に押し付けられる。
希実「痛っ...!何をするんですか!?」
男子生徒は、両手で私の首をつかみ、持ち上げる。そして、強い力で首を締めあげられる。
声を出そうにも、呻き声しかあげられず、ただただ苦しい。気道閉塞で脳への血液供給が途絶されるのをまるでわかるように、意識が朦朧としてくる。
自身が殺されている、死ぬという現状だが、まるで体が動かない。動脈硬化のせいでもあるが、私自身でもきっと、事切れたいと、心のどこかで思うところがあったのだろう。いつまでも続く、この生活を考えると。
もうしなくてもいいんだ。優等生を演じることも。人の目を気にすることも。両親のいうことを聞くことも。
私はされるがままに、意識を預け、目を瞑る。どうせだったら、最後くらいは、自由になりたかった。そう願っていたその時だった。
ドアをぶち破るような、急に大きな音が鳴ったと思うと、私を殺そうとした生徒は、ドアの方面から飛んできた桃色のドレスの着た女性による、垂直な飛び蹴りを頭から食らい、私を離し、壁に叩きつけられた。
一花「ったぁ~...。どうにか間に合ったみたいでよかった...。さてと、誰かさんの作戦のおかげで希死念慮はそれなりに溜まってるし、やってやろうじゃない。」
桃色の奇天烈な衣装の着た彼女の顔を見ると、昼休みに独り言をつぶやいていた彼女だった。
男子生徒のほうに目を向けると、急に顔が四つに割れ、背中から蜘蛛の足のようなものが無数に出てくる。たちまちのうちにそれは、もはや人間ではなくなっていた。
一花「さぁ~て!いっちょやってやろうじゃない!覚悟しなさい!天使とやら!」
彼女は、化け物に対して果敢に挑み、善戦を凌いでいる。
時々、私のほうに攻撃の手が飛んでくるが、彼女はそれをも防いでくれる。たくましく、勇敢に...。
だんだんと視界がぼやけてくる。意識が朦朧としてくる...。
「...このテストの点数は何?」
冷えた声が部屋に響く。母の指先が紙をなぞり、その数字をじっと見つめる。
「...。」
「二点も落とすなんて、いつもあれだけケアレスミスをしろと言っているのに。」
ゆっくりと顔を上げると、母の目が鋭く光っていた。その視線に、胃の奥がひゅっと縮こまる。
「しっ、したよ!四回くらい...。」
思わず声を上げるが、口の中が乾いて上手く言葉が出てこない。
「じゃあどうして100点じゃないの?どうしてこんな簡単な計算ミスに気付けないの?」
母の眉がわずかに寄る。その目には、失望と苛立ちが滲んでいた。
「それは...。」
声がかすれる。何か言わなければいけないのに、言葉が見つからない。
バシッ!
鋭い音が部屋に響いた。
「痛っ...!」
頬が熱い。涙がじわりと滲むが、瞬きをしてこらえる。
「言い訳は聞きたくありません。それよりももっと勉強の時間を増やしたほうがいいようね。新しく塾に通いなさい。」
母の声は冷たく、決定事項を告げるようだった。
「...そんなに増やしたら友達と遊ぶ時間が無くなっちゃうよ。まだ他の塾とテニス教室も行っているし...」
声が震える。必死に言葉を紡ぐが、母の表情は変わらない。
その瞬間、また頬に衝撃が走った。目の奥がじんと痛む。
「だから言い訳するんじゃない!大人になったらそんなの通用しないからね!」
母の目が鋭く光る。背筋が凍るような怒気を孕んだ声に、ただ息をのむことしかできなかった。
「...ごめんなさい。」
消え入りそうな声が、静まり返った部屋に落ちる。握りしめた手のひらがじんわりと汗ばむ。
私はただ、母に認められたかっただけだった。しかし、母の冷たい目を前に、ただ謝ることしかできなかった。
ヨウセイ「初めまして、希実様。貴方との契約を迫らせていただきたく、お伺いさせていただいた所存です。」
――不意に、どこからか声がした。
静かなはずの走馬灯の中に、異質な響きが紛れ込む。
耳に届いた瞬間、心臓が跳ねた。
ヨウセイ「貴方の中には、有り余るほどの希死念慮があり、それを自殺という溝に捨ててしまうなんてもったいない。そんな中、その有り余る希死念慮を、魔法使いになることで有効活用してみませんか?」
冷たい声。けれど、その響きには確かな意志があった。風が吹き抜ける感覚とともに、視界の端に黒い影が揺れる。
思えば、私はこれまで自分を殺して、人の期待に応えてきた。それがいつの間にか、反発ができなくなり、皆、私に押し付けるようになっていた。そして、いつからかそれが自分なのだと錯覚し、主張をすることをしなくなっていた。いつも、誰かの助言、汎用的な言葉で生活をする。それが、親のエゴであっても。それが、自身を押し殺したとしても。
いつしか、私は心のどこかで死にたいと感じていたのかもしれない。彼の言う通り、近いうちに自殺もしてしまっていたのかもしれない、などと考えていると、視界が戻り、目の前では、まだ彼女は、ボロボロになりながらも、私を守ってくれている。
思えば、誰かに直接守られるといったことは初めてかもしれなかった。そう考えると、妙に心が熱くなってくる。ここで死んでしまっては、何か癪に障る。どうせ死ぬのなら、私のためを思ってくれた人のために命を捧げたい。そう考えるといてもたってもいられなくなる。
希実「ねぇ、その魔法使いってやつになれば、彼女に力を貸すこともできるの?」
ヨウセイ「ええ、できますとも。それも直接。」
いつのまにか手の中には、一つの飴玉が握られていた。私は自然と飴玉を口に運ぶ。
ヨウセイ「契約は成立でございます。さあ、内なる希死念慮を放出させなさい!」
私は、言われるがままに、床に散らかっている物品の中のカッターを手に取り、自身の腕に、傷を入れた。
* * *
<一花>
天使は足を床に刺し、床を伝って壁から攻撃が飛んでくる。
そんな攻撃を予測しながら避け、攻撃の一手を打とうとするが、相手の攻撃が激しいせいでどうにも上手く近づけない。鬱陶しいと感じつつ攻撃を対処していると、そんな隙をつかれ私は壁に叩きつけられる。
一花「痛っ...!」
叩きつけられた衝撃で、身体が言うことを聞かない。天使はここぞといわんばかりに鋭い足爪を伸ばしてくる。
その時だった。
「唸れ黒炎!ブルーブレイズッ!」
そんな声と共に、飛んできた黒い火球は、伸びてきた天使の足を燃やした。
黒なのか、青なのか、どちらなんだろうなんて考えていると、目の前には青いドレスを着た魔法使いの姿があった。
希実「お待たせ。今度は私が、あなたを守るから。」
魔法使いと化した希実はそういうと、手に持っている大鎌を構え、臨戦態勢に入る。私もそれに続くように身体を起こし、武器を構える。
希実「さてと、ここからは形勢逆転ねっ!」
私は瞬時に接近し、柄で殴り、怯んだところに一突き。それに続いて、希実は火柱の槍を生成し、天使の腹部をめがけて発射する。
一花「藍園さんって、いろんな魔法が使えるんだ。なんか...凄い魔法使いっぽい...。ねぇヨウセイ、私もなんか能力ってないの?」
ヨウセイ「わたくし自身、魔法については使えるわけでないので詳しい説明はできませんが、それっぽいことを念じてみてはどうでしょうか。」
それっぽいこととって...。アバウトすぎるアドバイスだなと感心しながらも、ものは試しと念じてみようと考えるが、どう念じればよいかわからない。
一花「ねぇ、藍園さん。魔法ってどう出してるの?」
希実「どうって...。念じる...?」
直感的に理解した。これは天性によるものだ。私自身魔法が使えないのだとわかれば、私は私の役割を全うするだけだ。
そうこうしている間に、天使から生えてる蜈蚣のような足は、再生を始める。そうはさせまいと、足を切断するために、武器であるガラスペンをぶん投げようとする。その間、投げたものがワープホール的なものを伝って、別の方角から飛んでくるみたいなトリッキーな魔法とか使えたらなぁなどと妄想する。
出来た。
念じるというか、想像しただけだが、投げたと同時に目の前に相応のサイズの魔法陣が出現し、天使の前方と後方に同じような魔法陣が展開される。投げたガラスペンは、魔法陣を伝って前方から後方にかけて天使を貫き、私の手元へと戻ってくる。
一花「えっ...。なるほ...ど?」
想像と違く、どこか納得がいかないが、これが私の魔法らしいことが分かった。
そんなことをしていると、いつの間にか天使はかなり弱っていた。
希実「相手が弱ってる今がチャンス!いくよ!二人の必殺技!」
希実が急に喋り出したかと思えば、アドリブ全開な無茶ぶりを言い出した。とりあえず、それっぽいことをするかと槍投げのポーズを構える。
希実「ダブルエレメントクロスタッグファイアッー!!」
クソ長い上に結局は炎なんだ、と思いつつも希実の特大火球の発射に合わせるように、先ほど使った転移魔法を応用して、相手の身体の周りに無数の魔法陣を置き、武器を投げる。
燃える炎の中、全方位からの五月雨突きを食らった天使は、光の粒子となって消えていった。
* * *
<希実>
希実「終わったの...?」
そうつぶやいた途端、その場でへたり込んでしまい、力を抜いたと同時に変身が解け、身体にまとわりついた感覚もなくなる。すると、先ほど共闘した女子生徒が駆け寄ってきた。
一花「さっきは助けてくれてありがとう。ていうか、やっぱり魔法使いになってくれたんだ。これからよろしくね。」
人と接するのが慣れていないのか、少し強張った笑顔で、彼女は私に手を差し伸べてくれる。彼女なりに気を使ってくれたのだろう。そんな彼女を見て、思わず私は抱き着いてしまった。
一花「うぇ!?急にどうしたの!?」
彼女のぬくもりを感じる。初めて私のことを認めてくれ、初めて本当に私のことを想ってくれる人に出会えたのだと実感した。自然と緊張が解けてくる。
すると、彼女の変身も解け、それと同時に素にも戻ったのか、途端に口調がさらに強張り、しどろもどろになりながらも言う。
一花「あっ、あの...。一旦離してくれませんか...?」
素に戻った彼女は、人が変わったかのように声のトーンが小さくなる。こっちの感じも可愛いなと思いつつも、まだ自己紹介をしていなかったことに気付き、腕を離す。
希実「私の名前は、藍園希実...ってもう知ってるんだっけ?希実でいいよ!それと、金輪際私たちは仲間なんだし、敬語は禁止にしない?」
自分でもこんな言葉がスラスラと出てきたことに驚きだが、実際に私は初めて自身の気を許せる人と出会った。彼女を離したくない。これがきっと、親友と言われるものなのだろうと直感する。
一花「...そうだね。私は桃風一花。これからよろしくね、希実ちゃん。」
一花の初初しい反応を見る度に、瞬間的な母性本能がくすぐられる中、時間に目をやると、塾には確実に間に合わないような時間になっていた。遅刻したとしても、行かないよりかはマシと考えながらも、今この時間から離れるのが、寂しくてたまらない。そんな気持ちを抑えつつ、私は立ち上がり、帰宅の準備をする。
希実「この後、塾があるからそろそろ帰らなくちゃ。じゃあ、私はこれで。明日ね、一花ちゃん。」
そう別れの挨拶を言い、私は足早で塾へと向かった。
* * *
<一花>
ヨウセイ「今日のタスクの達成、お疲れ様です。貴方は面倒な性格なだけだと思っておりましたが、意外にも利口な頭脳をお持ちのようで。」
一花「利口って何のことを言って...。って、面倒ってどういうことよ!」
ヨウセイ「そんなことよりも、この破壊されたドア、どうするおつもりで?」
視線を入口に送る。そこには本来あるはずのドアの部分が、すっぽりと抜けていた。
一花「...あんたの認知変化みたいのでどうにかならないの...?」
ヨウセイ「わたくしができるのは、あくまで認知を変化させることであって、事象改変等の能力はございません。」
それを聞いて、私は廊下に目を送る。人の気配が微塵もないことを確認すると、私は何も知らないような顔でそのまま部屋を出る。
ヨウセイ「あの、もしかしてですが、そのまま放置するおつもりなのでしょうか。」
一花「まあ、名乗り出なければわからないだろうし、こういう時は見て見ぬふりをするのが最善なのよ。」
私は今日も、すました顔で下校する。