にーい
ザックは優しくエフィリナの頭を撫で、出来るだけ穏やかに聞いた。
「お前、何を隠している?」
「……何も?」
エフィリナの目が一瞬泳いだことをザックは見逃さなかった。
がしっ。
「痛い痛いっ!! お兄様痛い!!」
ザックは撫でていたその手でエフィリナの頭を掴み、ギリギリと力を入れた。
「吐け。もう既に何かやった後なんだろうが?」
エフィリナは物心つく頃から、聡く、優しく、思い込みの激しい子だった。なまじ行動力があったのも災いした。
そして何より、女神に愛された魔法の才が、エフィリナの辞書から『不可能』という文字を消したのである。
八歳。
母親がコンコンと咳をすれば、深淵の森に生えているという万能薬の元となるキノコを採りに行き。
九歳。
父親が抜け毛を心配すれば、海の底に生えているという毛がツヤツヤになる海藻を採りに行き。
十歳。
王宮の茶会で第一王子に一目惚れをして、「そんなに僕が良いというならドラゴンの鱗でも取って来なよ。そうしたら考えるよ」という王子の軽い一言に、神々の棲まう国の霊山に住むドラゴンの住処まで本当に狩りに行き。
王子の側に侍るための勉強が忙しくて少しナリをひそめ、十五歳。
溺愛する弟が学校でいじめられれば、復讐に不死軍団を召喚し、阿鼻叫喚の中いじめたヤツらを追いかけ回し。(危害は加えていない)
十六歳。
ザックが夜盗との争いでケガをすれば、ひとりアジトに乗り込んであっという間に夜盗たちを殲滅し、裏で糸を引いていた敵国までも乗り込んで超エラい人たちを闇討ちし。
エフィリナはそのいずれも成し遂げて帰ってきた。嫌がるザックを引き連れて行って。
そしてエフィリナは十八歳になり、ロンヴァートの側近として心の中でムフムフ言いながら職務に明け暮れていたのである。
「それがどうやったら何を勘違いして既にやらかしたってんだ?」
ザックの目は据わっていた。
ほどほどの才能しかないザックは、エフィリナに引っ張り回される度に、いつも地獄のような苦労をしてきたのである。
深淵の森でいたずら好きの妖精たちに誘拐され、エフィリナの救出があと数秒遅ければ大樹に取り込まれて人間を辞めるところだった。
海の底なんかは人間が生息出来る場所ではなく、結界を張るエフィリナから離れた途端に水圧でぺしゃんこになるしかないザックは、恥も外聞も捨ててエフィリナにずっとしがみつくしかなかった。
ドラゴンとの戦いに至っては、どっかんどっかんと地形を変えていくドラゴンとエフィリナから神たちと逃げる際、「お前も大変だな……」と、憐れな者を見る神の人間くさい視線がザックの心を抉った。戦いは神々の仲裁により引き分けに終わり、ドラゴンがエフィリナに鱗を一枚譲った。
不死軍団は……ザックは思い出したくもない。あれは人間が手を出してはいけないものである。「拾った場所に返してきなさい」と女神に説教されてエフィリナがしぶしぶ黄泉の国に返した。生きとし生けるものはいずれ向かう黄泉の国だが、生きているうちに関わるのは二度とゴメンだとザックはちょっぴり泣いた。エフィリナの弟をいじめていた者たちは言わずもがなだ。
夜盗も敵国のお偉いさんたちも、最終的に自分の足下に平伏し(強制)「ごべんなざい」とべしょべしょに泣いて謝ってきたから許さざるを得なかった。
俺、いらないよね?
すべてにおいてただの巻き込まれ事故だよね?
どうしてこの従妹はいつも「お兄様、行きますわよ!」の一言で自分を連れて行くのかと疑問は湧くが、一番最初に声を掛けてくれるということは、一応信頼されているということで、ザックは悪い気がしていなかった。
事にもよるが。
「あ、あのね」
エフィリナはようやく話す気になり、しどろもどろに言葉を濁しながら上目遣いでザックを見た。
ザックはエフィリナの頭を掴んだまま無言で続きを促した。
「ロンヴァート様のお子は、男の子でも女の子でも、絶対に麗しいと思うの」
「結論を言え」
エフィリナのロンヴァート賛歌は長いため、ザックはぶった切った。
「だから、その、私はもうロンヴァート様のお側での仕事は出来ないだろうから、できるだけお子をたくさんお世話したくてね?」
「……嫌な予感しかしない」
「女神に願って、『結婚後すぐにポコポコと子に恵まれる』祝福をロンヴァート様に授けてもらったの」
それだけ聞くと、子に恵まれる女神のお墨付きをもらったようなもので、子孫繁栄を願う王族にとって悪いものには聞こえない。神々がエフィリナのような愛とし子の声を聞き届けることはままあることでもある。
しかしザックは騙されなかった。
「それだけ?」
「……」
「それだけか?」
「……」
「エフィリナ」
ザックが指に力を入れると、エフィリナは「痛い痛い」と泣き出して、小さな声で白状した。
「殿下の生まれた子がもれなく私に懐くようにしてもらいました」
神々の祝福は強い力を持つ。
時にそれは祝福ではなく。
「お前、王子殿下と生まれるお子たちを呪ったのか……っ!?」
ザックは血の気が下がった。
よりによって神々に頼んで王族を呪うなんて、とんでもないことだった。
「違う! 呪ってなんかない!!」
エフィリナは頭振って反論した。
「だって、ずっと好きだった!! ずっと側にいるために努力してきた!! ……私を絶対に選んでくれるとは、そこまではさすがに思っていなかった。選ばれなければ、いずれお側から下がらなければならないこともちゃんと分かっていた。でも! 側近なのに婚約が決まったことすら教えてもらえなかった!! もう私はお側にいらないんだ!! ……あと役に立てそうなのは乳母になるくらいなのに、お子たちに「おいでぇ~」って言って「ぷいっ」ってされたら……『お前はいらない』って、そう何度も何度も言われたら、もう立ち直れないもんっ!! ちょっと、ちょっとだけ女神様の力でズル……っていうか!!」
ガン。
ザックがエフィリナの頭を掴んだまま、反対の拳をテーブルに叩きつけた。
周囲がしんと静まり、食堂の誰もが息をのんだ。
ぼっちゃんがひめ様を怒る時は、誰も口を出せないし、出してはならないのだ。
どんな目に遭ってもぼっちゃんは「やれやれ」と言ってひめ様を怒らない。
怒る時、それは。
「お前は……」
ひめ様がなんの理由もなく完全に悪い時だけだ。
「その良い頭でちょっとは想像してみろよ、なあ?」
ドスの利いたザックの声に、エフィリナは怒らせてはならない人の逆鱗に触れたことを知った。