「そんなに好きならゴリ押せば?」公爵令嬢、恋敵に煽られて玉砕覚悟で愛を叫びます!
まさか、自分が悪役令嬢と言われる存在になるなんて、思いもしなかった。
ただ、公爵令嬢として生まれ、幼いころから頭脳明晰・眉目秀麗、礼儀作法も宮廷マナーも完璧に身に着けて、順当に王太子の婚約者に指名されただけだというのに。
世界を学ぶことと身なりを整えること、足元を掬われないことに必死に生きてきたんだもの、誰かに意地悪をするなんて考える余裕すらなかったわ。
私、オリヴィア・フォン・アケルマン公爵令嬢は、ベンチに腰掛けて深く嘆息した。
侍女のアンネが傾けてくれる日傘の陰で、綺麗に巻かれた縦ロールの金髪を指にからめる。
「泣いているわね」
「えぇ、お嬢様」
目の前の噴水の縁に座り、ぽろぽろと涙を零している少女は、エナ。最近、私が行く先々で泣いているのを見かける気がする。
「昨日も見たわね」
「えぇ、お嬢様。図書室で」
「一昨日も見たかしら」
「えぇ、お嬢様。カフェテラスで」
もしかして、話しかけてほしくて先回りしているのかしらと思うほどに、見かける。そして泣いている。
何か言いたいことがあるなら言えばよいのに、と思う。一介の男爵令嬢であるエナが、公爵令嬢である私に気軽に声など掛けられるわけもないことも、承知してはいるのだけれど。
そして何より、あれが泣いている理由は何となく察している。
だから、私の方からは声をかけにくいのだ。
エナ・ウェーバー。男爵家の一人娘で、特筆すべき特徴のないご令嬢。名門が集まるこの学園においては、家格がやや下であることで、ある意味目立った存在ではあった。
控えめな仕草や素朴な風貌は彼女の優し気な表情を際立たせ、庇護欲をそそる。
そう、守ってあげたい気持ちにさせるのだ。このオリヴィアですら、そんな妙な気持ちにさせるのだから相当だ。
幼いころより婚約者が決められて自由がなく、恋愛初心者といっても過言ではない王太子がそれに心を動かされたって、何の不思議もないのである。
「リヴィ」
私を愛称で呼ぶのは、護衛騎士のベルント。いつも通りの無表情でそばに控えている。
「何?」
「邪魔であれば、どかしてくるが」
顎でエナを示すベルントを手で制した。
「結構よ。いつもああやって泣いているだけだもの……あら」
白磁のアーチをくぐり、鮮やかな金髪の青年が中庭へと入ってきた。その場にいる誰もが振り返り、ざわめく。
王太子であるアーネストが宰相の息子を伴って、談笑しながら歩いてきた。ただそれだけでも人目を惹く美しさだ。
こちらに気付くと、軽く手を挙げて微笑むのもいつものこと。私は立ち上がり、丁寧に礼を取る。
が。
「……お嬢様」
「……えぇ」
アーネストは、私の方へ向かってはこなかった。
私の礼を受けるのもそこそこに目を逸らし、ゆっくりと噴水へ近づくと、エナの前に跪いたのだ。
胸元から取り出したハンカチを差し出し、何か囁いている。うつむくエナを覗き込むその表情は、こちらから伺うことはできなかった。
エナは何度か小さく頷くと、ふわりと微笑んだ。あれだけ泣いていたのが噓のように、朝露に濡れた花のような笑顔を王太子に向けたのだ。
「リヴィ」
「――慈愛に溢れた王太子ですこと。まさしく王の器ですわ」
「泣くなら、殿下からハンカチをもらってくるが」
「なぜ私が泣きますの、馬鹿馬鹿しい。王太子はハンカチ屋さんではなくってよ」
すっと立ち上がり、噴水へ背を向けた。
何も言わずにアンネもついてくる。
無意識に足を速めながら、自分でもどうにもならないくらいに胸が苦しく、イライラが収まらないことに気付いた。
◇ ◇ ◇
いつもそばにいたら、ありがたみなどなくなってしまうもの。
王太子妃教育を受けているとき以外、なるべくアーネストのそばにいるようにしていたことは、もしかしたら裏目に出てしまったのかもしれない。
ずっとそばにいる私など、もう庭木か空気かというくらいに風景に溶け込んでしまって、意識するような対象ではなくなってしまったのかもしれない。
「愛らしい少女が目の前で泣いていても無視するようなかたが王になるようでは、困りますしね」
「言葉と表情がまるで合っていない」
「ベルント、騎士に舌はいらないわね?」
慌てもせずに口を手で押さえ、もう黙りますアピールをする護衛騎士を一睨みして、私は頬杖をついた。
アーネスト王太子。優しく見目麗しく、理想の王子の呼び声の高い男性。
ご自分の魅力をもっとちゃんと理解してくださらないと、と毎日思う。あんな風に気軽にハンカチなど渡してしまえば、老若男女問わず恋に落ちる。
あの場から去って、とりあえずの避難として今はカフェテラスに来ている。
が、気付けばまた視界の端でエナが泣いているのだ。脱水症状になってしまったりはしないかしら、と心配になるほど。
だんだん腹が立ってきた。
立ち上がろうとすると、すっと椅子を後ろに引いてくれるアンネ。出来る侍女のおかげで、椅子を倒すことは免れた。
何が悲しいというの。王太子殿下にハンカチまで貸していただき、優しく声を掛けられ、隣に座られ、……これ以上何を望むというのか。
毎日毎日涙を餌に王太子に声を掛けられる、そのあざとさ。姑息なまねを、と手にした扇子を握り折りそうになりながら、私はエナを見つめた。
エナがこちらに気付くのを確認し、ヒールを鳴らしながらゆっくりと優雅に近づいていく。
はっとして、濡れた瞳が大きく見開かれ、涙が一粒ぽろりと頬を伝う。それをそっと扇子で掬って、私は低めた声で言った。
「いつまで泣いていらっしゃるの」
問いではない。叱責だ。
エナは座ったまま、私をじっと見上げていた。ず、と鼻をすすり、眉を下げる。公爵令嬢と話をするのに、頭を下げずに座ったまま。なかなかの肝の据わり方だ。
「泣いて気が済みますの。何か、望みがあるのではないの」
涙を吸った扇子を音を立てて開き、出来るだけ威圧的に見えるように自分をあおぐ。
きつめの言葉にまた泣くかと思いきや、彼女は私を睨みつけた。
「オリヴィア様には分かりません! 私の欲しいもの、すべてお持ちのオリヴィア様には! 何かを欲するだけで涙が出るような、そんな想いをされたことなどないのでしょう!?」
「なっ」
エナが発した激しい言葉に、私より先にアンネが気色ばんだ。扇子で侍女に控えるように示し、私はゆっくりと告げた。
「えぇ、そうですわね。――涙で買えるようなお安いものなど、欲しいとも思いませんし」
まだ何かを言いつのろうとした彼女に背を向けて、「失礼」と肩越しに扇子を振った。
そう、私は公爵令嬢。涙を人前で見せてよいのは、王と家族の亡くなった時だけ。
弱いところなど見せない。涙で、同情で買える愛など必要ない。
儚い美少女の涙に心を移すような夫も、必要ない。
◇ ◇ ◇
「どうしたの、オリヴィア。何だか浮かない顔をしているね」
何だか久しぶりに思える、アーネスト王太子とのお茶の時間。
学園内のカフェだということもあり、私は例のあの泣き虫が出るのでは、とそわそわしていた。見透かすようなアーネストの言葉に、笑顔を作りティーカップを置いた。
「いえ、そんなことはございませんわ」
ならいいけれど、と微笑むアーネストの笑みの向こうを、ご令嬢達がこちらの様子を伺いながら歩く。
楽しそうな声で、聞えよがしに囁きながら。
「オリヴィア様よ、怖いわ」
「アーネスト王太子はご存じなのかしら、ご婚約者様がエナ嬢の頬を扇子で叩いたことを」
「泣いてらっしゃるエナ様に突然近づいての打擲ですもの、恐ろしいわ」
「早く行きましょう、私達も叩かれてしまっては大変だもの」
「さすがに王太子殿下の前では乱暴は働かないのでは?」
「猫かぶりもさすが、堂に入っておられますわね」
違う、と声を上げたかった。が、扇子でエナの頬を撫でたのは事実。見ようによっては? でも、違う。
王太子に説明を、と思ったが、通りすがりの噂話に聞き耳を立てていたという事実も、はしたないことこの上ない。むしろ、アーネストに今の会話が聞かれていないことも考えられる。
「オリヴィア」
「っ」
「私は用事を思い出した。今日は失礼するよ」
「――承知いたしました。いってらっしゃいませ」
アーネストの声が冷たく聞こえて、顔を上げることができなかった。
つくろった笑顔で、震える膝を懸命に抑えたカーテシーで見送り、腰を抜かすように椅子へとへたり込んだ。
「お嬢様」
「……アンネ、私は邪魔者かしら」
エナと並ぶ時の自然な表情のアーネストを思い返す。
家柄と容姿、能力。王妃教育によって、どこに出しても恥ずかしくない公爵令嬢となった自負はある。だけど、人を愛するということは、そんな条件だけで決まるものではないのでは?
立派な妻になりそうだから愛する、というのも王になるものとしては間違いではない、と思う。けれど、「正しい結婚」をして、それが本当に幸せなのかしら。
アーネストはいつも私に優しかった。エナにも優しい。他の女性にも、男性にも、すべての人に優しい。良き王になるだろう。
でも、幸せな王になれるのかしら。
私の優しい婚約者は、他に愛する人がいたとしても婚約破棄など言い出せないだろう。幼いころからの約束や契約、派閥争い、すべてを自分で投げることなどできないだろう。
「――エナに話をしないといけないわ」
珍しくそばにいないエナを探して、私は立ち上がった。
◇ ◇ ◇
天気が良い。多くの学生が思い思いに過ごしている中庭の噴水そばに、エナはいた。
彼女の周りには、噴水からの水飛沫が陽光を反射してキラキラと輝いていて、教会のステンドグラスの聖女のようだった。
ぐ、と一度拳を握り締め、エナのほうへと近づいていく。
彼女は私に気付くと、弾かれるように立ち上がって頭を下げた。
「オリヴィア様! 先日は、わたし、」
「エナ様」
エナの言葉を扇子で遮る。周りの人々が、心配そうにエナと私を見比べているのが分かる。
公爵令嬢が、格下の美少女をいじめると思っているのでしょうね。事実でなくても、そう見えてしまうのでしょう。
でも、もう構わない。
「欲しいものがあるのなら、自力で取りにお行きなさい」
はっとした顔でこちらを見つめているエナに、私は精一杯作りこんだ笑みを向けた。
「泣いてばかりいるのはおよしなさい。貴族の令嬢が泣き寝入りなど、みっともない」
自分に向けた言葉でもある。ゆっくりと、エナに言い含めるように告げた。
「譲られるものに意味などありません。全力で奪って差し上げなさい。……目が溶けるほど泣けるくらいに、愛しているのでしょう? そんなに愛されて、嫌な気持ちになるかたなどいませんわ」
例え婚約者がいたとしても、身分の差があったとしても、強く愛されることはやはり幸せだと思うから。
幸せな王に統治される国は幸せであると思うから。
王になるかたの幸せのために身を引くのも、自分の愛であると感じたから。
エナは、みるみる大きな瞳に涙を浮かべて、丁寧に私に向かってお辞儀をした。
「――無礼なことばかり言って、ごめんなさい」
「貴女のその素直さは、美徳でしてよ」
「あ、では! こ、恋の相談をさせていただいてもよろしいですか!?」
図々しいほどにあっけらかんと言われて、毒気が抜かれる。
けれど、この少女の愛を受け入れて幸せになるアーネスト。私に婚約破棄を突き付ける時の申し訳なさそうなアーネスト。どちらの想像をしても胸がつぶれそうな予感がして、私は首を横に振った。
「私とエナ様はお友達ではありません。相談すべきは、私ではなく、貴女が想いを向けるお方でしょう」
「応援、……してくださるんですか?」
噴水近くで談笑していたアーネストとエナの様子が思い出される。リラックスした表情の王太子、花がほころぶような笑顔のエナ。
応援するまでもないだろう。
私はじくじくと響く胸の痛みには気付かなかったふりをした。
精一杯の虚勢を張り、にっこりと目を細めた。
「私の応援など、不要でしょう。貴女の心ひとつです」
「でも、やっぱり不安で」
これ以上惨めな気持ちになりたくない。
すっと視線を彼女から外した先に、こちらの方へやってくるアーネストが見えた。
動きを止めた私に気付いたエナも振り返り、王太子の姿に気付くと「あ」と声を上げて目を煌めかせた。
ここからは、エナに任せよう。素直な気持ちでぶつかって、どうか王太子を幸せにしてさしあげて。
「オリヴィア様、オリヴィア様!」
はしゃいだ声で私を呼び、あろうことか腕を掴まれた。
「!?」
驚きのあまりよろけそうになった私の両肩を掴み、星空のような瞳に私を映してエナは言った。
「お手本!」
「え?」
「お手本を見せてください! お願いします!」
「ちょっと、エナ様、」
「お願いします!」
くるりとアーネストの方に身体を向けられ、とん、と背中を押された。
様子のおかしい私たちを見つけたアーネストは、いつもの優しい笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる。
公爵令嬢であり、今はまだ王太子の婚約者。内心の動揺を悟られないように取り繕うことは難しくない。
難しくはない、けれど。
お手本って何!? 天真爛漫な少女のように、人目を憚らずに愛を囁け、と?
それはエナだから許されることであって、王妃教育を受けた淑女がしていいことではなくってよ!
「オリヴィア、エナ。楽しそうだね」
「はい! 仲良しなんです!」
そう言いながらぐいぐいと背中を押してくるエナを止めたい、けれどアーネストの前でみっともない姿を見せたくない。
アーネストに会釈をすることしかできない私の後ろから、エナは朗らかに言った。
「オリヴィア様が、アーネスト様にお話ししたいことがあるそうです!」
こらー!!
心の中で叫んでも聞こえるわけもなく、珍しそうに瞳を笑ませたアーネストの顔を見つめる。背中を変な汗が伝うようだ。
「オリヴィアが? 何だろう」
「ほらほら! さっきわたしに言ったことを思い出して!」
心底楽しそうなエナ。これ、私がアーネストに何か言ったところで、そのあとエナに搔っ攫われるのよね?
公衆の面前で恥をさらし、さらにどん底に突き落とされるのよね?
少し腹が立ってきた。
私は胸を張って、アーネストに礼をしてから息を吸い込んだ。
もう、どうにでもなれ。
「アーネスト王太子に申し上げます。私、オリヴィア・フォン・アケルマン公爵令嬢は、」
「硬い硬い! もっとこう、さらけ出して! 素直は美徳! 全力全開!」
ほんと黙って。
心の中で一度、貴族令嬢にあるまじき舌打ちをし、王太子をまっすぐに見つめた。
「幼少よりずっと、アーネスト様をお慕いしております」
「もっと! 素直な言葉でゴリ押しです!」
囁き声で応援とも煽りともつかない茶々をいれてくるエナを無視し、恥ずかしさで涙が出そうになりながら声を上げた。
「心の底から、愛しています!」
「――」
はしたない、恥ずかしい、みっともない! 消えてしまいたい!
こんなこと、初めて言った。こんな大声で、色気もへったくれもない!
何も言わない王太子の反応を見るのが怖くて、心臓の音がうるさすぎて、きつく目を瞑った。
と、突然、身体が拘束された。
「!」
王太子妃にそぐわない言動をしたから、私兵に捕らえられてしまった、と。瞬時に悟った。絶望で目の前が暗い。
あぁこれでもう私は愛するアーネストの妻になる将来は断たれ、王家に恥をかかせたものとしてアケルマン家はお取り潰しに遭い、アンネもベルントも道連れに……。
「オリヴィア」
耳元で名前を呼ばれ、きつく閉じた瞼を細く開けた。
恐る恐る見ると、触れるほど近くにアーネストの紺色のベロアジャケットの胸。私を拘束する、力強い王太子の腕。
「やっと言ってくれたね」
その声は少し震えているようで、少しずつ私の身体から力が抜けていった。
無意識に、私は彼の背中に腕を回して、宥めるようにそっと撫でた。
怒ってはいないのかしら。
私、とてもみっともなかった。王太子妃になる淑女とは思えない、大きな声を出したのに。
「すごいわ!」
エナの歓喜の声が響いた。
「すごいわ、オリヴィア様! お幸せだわ、アーネスト様!」
わぁ、と周りから歓声が上がる。
髪に降ってくる無数のキスと、どんどん強くなるアーネストの抱擁。
状況が読めないのだけど、……エナ、貴女はそれでよいの?
アーネストの身体の隙間からエナを見ると、彼女は私にパチンとウィンクした。
そして、くるりと回ってスカートを翻すと、周囲に「さぁさぁ、解散ですよ!」と声をかけながら去っていった。
「……?」
「オリヴィア」
「はい、……!?」
顔を上げた私の頬を両手で挟み、アーネストはぱくっと私の唇を啄んだ。
初めての……。
「私もだよ」
「あ、アーネスト様、」
「愛しているよ、私の唯一」
なんだか、私、エナに担がれたのかしら。
釈然としない、と思ったけれど、甘い声で何度も名前を呼ばれる内にもうどうでもよくなってしまって。
エナ、――後で詳しく話を聞かせてもらいます。
◇ ◇ ◇
「よかったよかった! ですよね、アンネさん、ベルント様!」
公衆の面前でイチャイチャしだした幸せカップルに背を向けて、わたしはオリヴィア様のメイドと騎士様の腕を取った。
二人は戸惑ったように目を見合わせて、恐る恐る口を開いた。
「エナ様は、アーネスト王太子のことを、」
やっぱり誤解していたみたい。誤解されるような状況にわざわざしていたのもあるけれど。
わたしはにっこり笑って、少し背の高いアンネさんを見上げた。
「えぇ、仲良しですよ。悩みを語りあったりしてたんです」
「悩み?」
わたしに悩みなんてないと思っていたのか、アンネさんは首を傾げる。失礼な。
王太子が、婚約者に愛されていないのでは、と悩んでいるのはすぐにわかった。いつどこにいても目がオリヴィア様を追っているし、その後ため息をついているし。
オリヴィア様がアーネスト様のことを想っているのだって、すぐわかった。わたしが王太子の近くにいると、悲し気に瞳が揺れていたから。
アーネスト様とオリヴィア様が仲良くしてくれないと困るから。だからちょっとだけ背中を押してさしあげた。
ほんのちょっとだけ強引だったかもしれないけれど、時間をかけたっていいことない。
「エナ様の悩みって?」
アンネさんが不審げに眉を寄せる。
「恋の悩みですよ。この歳の女子の悩みは大体恋ですよ。好きな人が他の女の子のことばかり構ってる、とかそういうやつですよ」
それは、うちのお嬢さまも一緒ですね、とアンネさんは微笑まし気に呟いた。
わたしは、びっくりしながらも幸せそうに、頬を薔薇色に染めていたオリヴィア様を思い出した。その表情に少しだけ勇気をもらう。
冗談めかして思いっきりベルント様の腕に身体をぶつけた。
「!」
さすが騎士様、よろけもせずにわたしの肩を支えてくれる。
「大丈夫ですか」
「オリヴィア様とアーネスト様がデートの時には、ベルント様はお暇ですか?」
きょとんとしてこちらを見下ろす彼に向けたわたしの笑顔も、きっと薔薇色に違いない。
― fin... ―