交渉(ならず)
「僕が、君に? そもそも、僕の今の状況では君に従わざるを得ないんだけどね」
星霊様の言い分も最もだ。現状、星霊様を縛っているこちらの方が主導権を握っているといってもいい。その状況で何を言ったところで、それはお願いではなく命令だ。
それでも、私はこの尊きお方に敬意を表さなければならない。だから、私がするのはお願いだ。
「星霊様はご存じかどうかは存じませんが、この海では特定の海域において行方不明者が発生することで知られています。近隣諸国では何度も捜索隊が編成されるも見つからず、捜索隊が未帰還者になったケースも発生しています。故に、現在はこの辺りの海域は立ち入り禁止区域として指定され、地元のものはめったに近寄ることがありません。おそらく、その原因は星霊様と同じくこのダンジョンに捕らわれたからだと思われます」
「その話は少し聞いたので僕も知っているが、それが今何の関係があるんだい?」
「私はこのダンジョンに捕らわれた者達を全て解放しようと考えています」
「なっ……。何言ってるんだマスター!?」
私の突然の発言に、男が驚いたように叫んだ。
「だってそうでしょう。ここに捕まってるのはみんな訳も分からないままダンジョンに捕まったヒト達なんでしょう? そんなヒト達を操って何かするなんて、私はできないわ」
「……それがマスターの方針なら俺は逆らわない。だがマスター。捕まえたものを全て解放すれば、ダンジョンの障害になるダンジョンモンスターがいなくなるだけじゃねえ。解放する中には当然この星霊も含まれるんだろ? そうなったら、こいつは自分の使命を遂行するためにマスターや俺を殺すだろうぜ。それとも、こいつだけ解放せずに残すのか?」
「そうね。でも、私は星霊様も解放するつもりよ」
「本気で言ってるのか?」
呆れたように顔をしかめた男に、私はもちろんと首肯する。
「高位のドラゴンは自らの体内で星命力を生み出すことが出来る炉心を所持していると聞きます。今こうしている限りでも、貴方様にその権能が備わっているのは容易に理解できます。ですから、その御力をお借りしたいのです」
星霊や精霊などのエーテルは肉体を持たない。血液を送り出すポンプである心臓や、酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出すための肺も持ちあわせていない。
それでも、一部の星霊は呼吸をしている。
空気を吸うためではなく、体内で生成した星命力を吐き出すために呼吸をしているからだ。
ただそこに在るだけで周囲に星命力を振りまく彼らは大いなる恵みと共にある。かつては、そんな星霊達と共に生きることで国家に繁栄を齎していた時代もあったそうだが、それはさておき。
重要なのは、彼らは単体で星命力を生み出すことが出来る権能を持っており、それらは星命の河とは異なる出自だということ。
「貴方が星命力を不当に搾取する簒奪者に断罪を下す執行者であるがゆえに、星命力を使う私達を滅ぼすというのなら。ダンジョンが星命の泉から星命力を汲み上げるのではなく、貴方が産み出した星命力を使用するようにすれば、貴方の標的にならずに済むのではないかと」
「……確かに、筋は通っている。だが、僕が君の提案を飲む必要は何処にもないよね」
「このままダンジョンに繋がれたままでは、貴方は貴方の存在理由を果たせないままになる。それでもいいのですか? 貴方を解放する代わりに、私に手を貸してほしいんです」
祈るように、星霊様の瞳を見つめる。
これで断られたらどうするか。その時はその時だ。
身構えながら返答を待つ私に、星霊様は高らかに笑い声をあげた。
「はっはっはっはっはっ!! 祈り、願い、賄賂、命乞い。生き物からはいろいろな対応をされてきたが、僕に脅しをかけてきたのは君が初めてだ!」
「えっ!? いや、あの、私は脅したつもりは……」
「何言っているんだ。解放する代わりに手を貸せなんて、十分な脅し文句だったぞマスター」
「自覚がないのならなおさら面白いな!」
ジト目でこちらを批難する男と、更に笑い出す星霊様。
二人の視線を受け、私は戸惑うしかない。こちらとしては互いに利益の出る提案をしたつもりだったんだけど……。
「え、え~~~~。私はそんなつもりは……」
「安心しろ、ライラライラ。僕に君を殺すつもりはもうない。むしろ、君が提案しなくても僕から言いだそうと思っていたくらいだ」
「え?」
「後、僕を解放する必要はない。というより、解放されると困るんだよ」
「それは、どういう……」
納得がいかないところに、全く予想だにしない答えが返ってきた。
こんなにあっさりと頷いてくれるとは思っていなかったので、こちらが返事に窮してしまう。
私に協力してくれるというのはまだ分かるけど、解放すら必要ないってどういうことなの?
困惑する私を意にも関していないのか、星霊様は言う。
「君は無限の命を持つ者を殺す手段は何だと思う?」
「はい? えーと……、謎かけかなにかでしょうか?」
「僕はね、退屈だと思っている」
答えを聞いた意味は?
「僕達星霊は星の命を守るために星そのものが産み出した防衛機構だ。だが、僕たちが裁きを下すほど星の命を大量消費しようとする者はそうそう現れることはない。要するに、僕たちは基本的に暇なんだ」
「は、はあ……」
「僕の眷属曰く、他の星霊は自らの領地を手入れしたり余暇に勤しんだりしているみたいだが、僕はそういうのが合わなかったんだ。何をしたところでつまらなくて、何もせずにいるのも退屈だから、僕は基本眠りにつくことにしたんだ。……最初はそうでもなかったんだけどね。ナーレンデードスとの戦いが愉しすぎたんだ。あれ以来、僕は戦いでしか高揚を得られなくなってしまった。だが、それは僕の存在理由に反する嗜好だ。戦いを能動的に行うことは僕の行動原因に反する。だから、僕は常に暇を持て余し、必要もないのに眠り続ける方法を選んだ」
……星霊様の気持ちは少し分かる気がする。
私も幼い頃、あの映画を目にしたことでダンジョンの虜となり、ダンジョンを中心とした生活をするようになった。
ダンジョンに行けなくなると思った時、私は未来に展望を何一つ見いだせなかった。死ぬことすら構わなかった。
けれど、星霊様の場合は本来の使命があり、終わりを迎えることすらできない。退屈なだけの世界で生き続けるのはどれだけ苦しいことなのだろうか。
先ほど、無限の命を持つ者を殺す手段は退屈だと告げたのは、自分のことなんだろう。
星霊様が口にしたナーレンデードスという人を私は知らない。いや、それが個人を指すものなのかも、そもそも名前なのかも分からない。
ただ、星霊様にとってはきっと私にとってのダンジョンと同じ存在なのだろう。その名を口にした時の星霊様はそれまでとは全く違う雰囲気を纏っていて。一切変わらなかった表情が、少しだけ和らいだような気がした。
「ああ、なるほど。それで納得がいった」
星霊様のお言葉に私がしんみりとしていると、突如男がポン、と男が打った。丸めた拳をもう片方の手のひらに押し付けるような動作。
そのまま男はにやりと口元に笑みを浮かべる。
「確かに、ダンジョンは星命の泉から星命力を吸い上げているとはいえ、星命の泉を枯渇させるほどの量じゃない。しかも、ダンジョンは動き出すどころか拡張すらもまだの段階。本来なら星霊が警告を出す段階ですら早すぎると思ってたが……。つまりあんたは、星霊としての自分の使命に無理やりかこつけることで、自分の趣味を満たそうとしたってことだな」
言われてみればそうだ。
この星の全ての土地に星霊がいるわけではないとはいえ、もしダンジョンと言う存在が星霊種にとって敵と判断されるものなのだとしたら、他のダンジョンだって星霊様により破壊されていてもおかしくはない。けれど、ダンジョンがそんな理由でなくなったという話はついぞ聞いたことがない。それに、私達のようにダンジョンを作る前に星霊様が必ず乗り込んでくるのなら、そもそもダンジョンと言う存在自体が世に出ることは無くなってしまう。
それじゃあ、星霊様は戦うことが好きだから、本来破壊する必要のないところにもわざわざ乗りこんで行動を行っていたということ!?
確かに、星霊様……この海に伝わる「ネグーシスの海龍」はほかの星霊よりそういった機会が多いとは思っていたけれど、そんな理由があったなんて……。
「それでは、先ほど星霊様を解放する必要が無いといったのも……」
己の役割を全うする星霊種としての在り方と反するために、私に操られているという大義名分を得るため、ってこと?
後半は、思わず飲みこんだ。
ただ、私が言おうとしたことを分かったのか、星霊様は何を言うでもなく私の鼻先へと顔を近づけてきた。
「そういうわけだ。これからよろしく頼むよ、ライラライラ」
…………もしかしなくても、私はとんでもない相手に協力を申し出てしまったのかもしれない。