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状況把握①

「…………………………」


沈黙が、辺りを支配する。


亜人の娘はいつまでも攻撃してこない僕を見上げながら、徐々にその顔に困惑の色を浮かべていく。

自動人形は呆れたような表情でこちらを見上げていた。


いや、待て。

何だ。何が起きている。なんだこれは!?


突然の事態に理解が追い付かない。何が異常はないだ。十分異常が起きている。


今、僕は目の前の二人を攻撃しようとした。いや、しようとしたではなく、攻撃したというのが僕の認識だ。だが、実際には攻撃を行うどころか攻撃体制にすら移行してしない。ブレスを吐き出したはずなのに、ブレスを吐き出すどころか体内の星命力(マナ)を練ることすらできない。

僕が発生してから初めての事態だ。伝達系のエラー? 機関が長い休眠状態で誤作動したのか?

訳が分からないでいる僕に、自動人形の男が告げる。


「無駄だぜ、星霊。あんたは既にダンジョン()の旗下に入っている。マスターはおろか、このダンジョンに傷一つつけることはできねえよ」

「何……?」

「まあ、まさか星霊種(アストラル)が我がダンジョンの傘下に下るとは想定外だったが、こんなこともあるものか」

「……いや、え、ちょっと待って。どういうことなの?」


亜人の娘も事態が理解できていないらしい。困惑したように、僕と自動人形に交互に視線を向けている。

どういうことなのか聞きたいのは僕の方だが、今は自身の身に起きたことを把握する方が先決だ。

僕の身体にはどこも不具合は感じられない。つまり、僕の身体に何らかのエラーが出ているのではなく、外的要因により僕の行動が制限されているということだ。


「どういうことって……、あんたはここの主だ。ダンジョンのものがマスターであるあんたに傷をつけられるわけがないだろ」

「だから、それが分からないのよ! 星霊様がダンジョンのものってどういうこと? ……いえ、捕獲者の一覧に確かにあったけど、そもそも星霊を従えるなんてそんなことができるものなの……?」

「出来てるから、マスターは今生きてるんだろ。基本的に、ダンジョンで捕獲したものはダンジョンマスターに従うようになってる。たとえそれがどんな存在でもだ」

「僕を縛り付けているのは、あの花が起点か?」


僕の問いかけに、自動人形は驚いたように目を見開いた。どうやら当たりのようだ。


自分の身体を改めて確認してみたところ、使役……いや、服従に近い術式が刻まれていた。

さきほどまでは気が付けなかった。いや、気が付けないようになっているのか?

対象者の無意識に作用するものなのだろう。僕に異常が発生していると認識して、初めて僕は術式の存在に気づくことが出来た。

先ほど自動人形が言ったように、亜人の娘やこの空間に対する敵対行動は全て封じられている。ブレス以外にも精霊の操作や物理的な攻撃、星命力(マナ)への干渉など、あらゆる攻撃の動作が起こすことすらできずにいる。まるで伝達系と身体を切り離されているかのようだ。

そもそも、星霊である僕を無条件に従えることすら本来はできないことなのだ。生半可な魔法や権能では星霊である僕らを強制的に操ることはできない。だというのに、僕の行動に干渉し制限をかけてくる以上何らかの絡繰りがあってしかるべきだ。


そこで、あの花だ。

恐らくだが、あの花に触れるという自発的行動をもって、何らかの服従契約に了解したと解釈させることでそのような縛りを生み出しているのだろう。誰かに強制されたのではなく、僕が自らの意志で対象を害さないという契約を結んだという建前を作ることで、僕のような存在でも操ることが出来る仕組みになっていたと考えるのなら、多少の理屈は理解できる。


「さすが、星霊様は理解が早いな」

「……もしかして、星霊様は白い花に触れてこの場所にやってきたのですか?」

「ああ、そうだ。僕の領域に星の命を吸い上げる気配を感じ、僕の知覚を免れた空白地帯に咲いていたこの花こそが元凶であると判断して抜こうとしたら、この様だ」

「そうか、アルゾートの魔術法則……。ということは、私がマスターになったのもそういう理屈……?」


亜人の娘が俯いて、得心したかのようにぶつぶつと小声で話している。僕らに聞かせるというよりは、独り言というやつだろう。

しかし、どうするか。

僕は術式により囚われ、自由を失っている。自意識までは奪われていないが、僕の支配権が目の前の亜人の娘にあるというのは理解した。

この状況を打破しようにも、僕はこの戒めや主である彼女に危害を加えることが出来ない。

ふむ、手詰まりだ。


……しかし、この状況がある意味都合がよいかもしれない。


「ライラライラ」

「は、はい!?」


『星の記録』に触れることが出来る僕ら星霊は、生き物の真名や種族など容易に看破することが出来る。

しかし、僕は真名を呼ばずファーストネームで彼女を呼んだ。というより、呼べなかったのだ。

なるほど、真名を掴むことも害する行為に入るという訳か。

名を呼ばれた娘が、驚いたように体を震わせ、勢いよく顔をあげた。


「一つ問おう。星の命を吸い上げ、僕を捕らえ、君はここで何をしようとしている?」

「何をする、って言われてましても……」

「決まっている。ダンジョンを作るんだよ」


ライラライラは虚ろな瞳で虚空に視点をさ迷わせながら、座ったまま佇まいをなおす。その返答はひどく曖昧だ。対して、自動人形は立ち上がったまま胸を張って宣言をした。

何とも対称的な二人だ。

しかし、ダンジョンか。


「さっきから何度か話題に出ているけれど、そのダンジョンとはいったい何なんだい?」

「え? おいおい、もしかしてお前、ダンジョンも知らねえのか!?」


今までで一番驚きを露に、自動人形が声を張り上げた。

そんなに驚くということは、もしかして生き物の間では一般常識なのだろうか。確かに僕は寝てばかりなので生き物のことは知らないことの方が多いけれども。

こんな時、いつもなら僕の疑問に答えてくれる眷属たちはいない。この場所のせいか、術式のせいかは分からないが、いつもなら思念会話ですぐに応答してくれるフィーネも全く反応がない。フィラーロは僕と同じくこの空間内にいるはずだが、同じく反応はなかった。


「仕方ねえから教えてやるけど、ダンジョンって言うのは、簡単に言うと迷宮だ。形は様々だが、共通しているのはダンジョンを攻略しようとする来場者と、それを防ぐために様々な障害を仕掛けるマスターがいることだ。ダンジョンマスターってのは、ダンジョンを作ることで人々にダンジョン攻略という娯楽を提供するエンターテイナーのことをいうのさ!」


二の腕を組み、胸を張ってふんぞり返りながら、高らかに自動人形は宣言する。

なるほど、生き物たちの娯楽施設ということか。生き物の娯楽にかける熱意は僕には理解できないものだが、その一端は知識として知っている。

フィーネが好む物語もその一つだ。

現実ではない空想の出来事や人物、ありえたかもしれない仮定、脚色された現実を文章あるいは絵図を用いて表現することで、自分が体験できない事象の感情を追体験する概念。

僕にはよく理解できなかったが、フィーネがその物語によって得た知識によって疑問を解消できたこともある。


「ふむ。君の言いぶりだと、ダンジョンとは生き物に困難な試練をあえて攻略させることで、なんらかのカタルシスを感じさせることを目的とした施設、ということか?」

「ほーー。理解が早いじゃねえか。ま、大まかに言っちゃえばな。実際、その過程をどうするかはダンジョンマスターの采配によるが。知識を問うか、知恵を問うか。武力を好むか、機転を求めるか。マスターが俺をどんなダンジョンにしてくれるか、今から楽しみでしょうがない!」


興奮したように、自動人形はクルクルとその場で回転し始める。

その姿を、ライラライラは信じられないものを見るかのように見ていた。


「ごら、く……? ダンジョン、が……?」



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