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弟と姉

最終更新日一年以上前ってマジ?

あわただしく部屋に入ってきたのは、一人の青年だった。

私と同じ青い髪と黄金の瞳を持ち、背には不可視の翼の形をした精霊器官を生やした精霊人。

この男の名はレイレイ。またの名をレイグレイグ・ライラック。私の実の弟である。


「どうしたの、そんなに慌てて。こっちもびっくりしちゃったでしょう」

「どうしたの、じゃない! 起きるのが遅いんだよ! こっちは姉さんがいつまでたっても帰ってこないうえに、連絡を入れても返事どころか既読もつかないで心配してたのに、夜中にやっと帰ってきたと思ったら速攻寝落ちするし! どれだけ俺が心配したと思ってるんだ!」

「連絡? ……あ」


眉を吊り上げて私に詰め寄ってくるレイレイに、そういえば、ダンジョンを出てすぐに迷宮庁に行ったからスフィアの通知を全部切ったままのうえ、何も確認できていないことを思い出す。

ダンジョン内にはマナネットが繋がる場所と繋がらない場所があり、不意の通知による不慮の事故を防ぐために通知を全て切っておくのが鉄則だ。いつもならダンジョンから出て真っ先に重要な連絡が来てないかだけは確認するけど、今回はダンジョンを出た途端に待ち構えていた迷宮庁の職員に連行されたので、確認ができていなかった。迷宮庁を出てからも意気消沈していて、ダンジョンのあれこれと色々な事態が起きたことですっかり忘れていた。


「ごめんなさい。ちょっとダンジョンを出てからドタバタしてたから。とはいえ、そんな心配されるようなこと……」


いや、あった。

私、迷宮探索者を解雇されたんだった。

私は基本的にダンジョンに引きこもりっきり、ダンジョンの研究をしっぱなしなので、レイレイはそんな私のマネージャー兼代理人である。おそらく、私がダンジョンを出てくるよりも早く迷宮庁から契約打ち切りの話を聞かされているはずだ。なにせ、私はいくつもの企業のCMキャラクターになっている。それは私が長らく続けてきた迷宮探索者としての実績と名誉によるものであり、迷宮探索者でなくなるとすれば契約条項に違反する案件も出てくる。この一か月半ダンジョンに潜っていた間に、企業との契約を取りまとめているレイレイに先んじて話が通っていても何ら不思議ではない。

そして、レイレイは私のダンジョンに対する想いを身内であるためよく理解している。当然、探索者を止めさせられた私がどんな行動をとりそうかある程度想像がついていたはず。


「……ごめんなさい。心配させちゃったわね」


兄弟想いの弟だ。その胸中はいかほどのものだったのか。

なだめるように自分より背が高い弟を抱きしめると、レイレイは一拍置いて、わざとらしい特大のため息を吐いた。そのままぞんざいに私を引きはがすと、じとりとした眼差しを向け、私の両頬をムニムニと摘まみ上げる。


「ひだっ!」

「分かったならいいよ。……そもそも、どっかで自殺でもしてるんじゃないかと思ってたのに、家に帰ってきた途端ソファにダイブしてるんだから、心配して損をしたって感じだし。とりあえず、心労かけた分くらいは文句言っても許されるよな?」

「ひはい、ひはいはらふへんないれっへ」


気にしない風なことを言いながら、レイレイはジト目を崩さずに私の頬をつねったまま引っ張ったり丸を描いたり好き勝手にやっている。……まあ、心配させてしまったのは事実なのでされるがままにしておこう。


『随分仲が良いね。たとえ血のつながった肉親であれ親しいとは限らないのが知的生命体の性だが、君達はそうではないらしい。とても素晴らしいことだ』


なにか、後ろでフィグー様が私達のやり取りを見ながら言っているけど、それも気にしないでおこう。



 * * * *



レイレイに「朝食用意してやるからそれまで風呂入ってろ」と無理やりお風呂場に突っ込まれてしまった。

一応迷宮を出た時と海を出た時に全身洗浄の魔法を使ったんだけどなあ。レイレイはあれをシャワー代わりにすら認めてくれたことはない。

ただ、ずっと迷宮庁に行く時用の正装姿のままだったから、着替えるついでに風呂に入ろうかな、という気持ちで弟の提案を受け入れることにした。

軽くシャワーを浴びて、洗剤で髪と体を洗う。お湯が溜められていたのでせっかくだからとのんびり湯船につかり、《《水気を飛ばして》》部屋着に着替える。ダンジョン内での戦闘服は全身にぴったり張り付くバイオスーツだし、正装はきっちり帯で締め付けるタイプなので、やはりヒトオリ(部屋着)が一番楽だ。

私が風呂場から出ると、レイレイの用意した朝食がテーブルの上に置かれていた。

メインは私が以前にダンジョンで狩った、現段階での最深部に出現するドラゴンから取ったドラゴンテイルのステーキだ。私というよりレイレイの好物なのだけれど、私に食事を作る名目で自分もあやかるためにレイレイはこのステーキをよく作る。私は食事に頓着しないので、食料として保存しているものは好きにさせてる。

付け合わせはサラダとパン、ミルクを煮込んだスープ。パンは私のお気に入りの店のクロワッサンを用意しているあたり、さすが弟。準備がいい。

……そういえば、私が探索者をやめたらこの肉もめったに食べられなくなるけれど、レイレイはどうするんだろう。なんとなく、そんなことを考える。

リビングのテーブルに向かい合って座り、食事前の祈りを星霊様へと捧げて食事を行う。

……その星霊様は今私の肩の上にいるのよね。なんだか変な気分。


「それで、これからどうするつもりだ? どうせ姉さんのことだから、迷宮庁の職員だとか後任の育成だとかするつもりはないだろ」

「まあ、ね。……正直なところ、探索者を急にやめることになって、昨日の今日で何にも決まらないわ。こんな目にあって、今後も迷宮庁と関わりを持つ気にはならないことだけは確かだけど」


私は巨大な尻尾を輪切りにした肉をそのまま焼いた至ってシンプルな巨大ステーキにナイフを入れながら、レイレイに応える。

レイレイは「だろうな」と言いながら、自分もクロワッサンをスープに浸してかぶりついた。


「まあ、姉さんの人生だ。好きにしたらいいとは思うが。父さん達にはちゃんと報告しろよ」

「……そうね。最近実家に帰れてなかったし、母さんに顔を見せに行くのもいいかもしれないわ」

「そうそう。最近は通話やチャットばっかりで、俺もちゃんと会いに行くこともなかったしな。一緒に里帰りしよう」

「しばらく父さんたちの家でなにもせず過ごすのもいいかもねえ」 


切り分けたステーキにレイレイお手製の自家製ソースを漬けてかぶりつく。

もぐもぐと咀嚼していると、肩に乗っていたフィグー様が何故か机の上におり、こちらを見上げるように頭をもたげていた。

どういう意思表示なのだろう。何か用があるなら話しかけてくると思うけれど。

フィグー様に視線を向けた私に合わせるように、そういえば、とレイレイがパンをかじりつくながら切り出してきた。


「その精霊、どこで拾ってきたんだ? ずいぶん姉さんに懐いてるみたいだが」

『まじでなんなのそいつ。普通の原精霊でも竜精霊でもないでしょ』


レイレイが口で話しながら、私に直接思念会話で語りかけてくる。

フィグー様本人には聞かれたくないということだろうか。さっきフィグー様はレイレイと会話をしたと言っていたけれど、なにかあったのだろうか。


「ちょっと海に潜ったときに懐かれてね……。しばらく面倒を見ようかと思ったの」

『本人から何も聞いてないの? まあ、詳しくは後で話すけど、見かけに騙されると痛い目合うわよ』

「姉さんに生き物の世話なんてできるのか?」

『それは先に忠告をもらいたかったな……』

「どういう意味よ、それ」

『彼、出合頭に僕を踏み潰したからね』

「ぶっ!?」

「っ、げほっ、げほっ!」


フィグー様の暴露に、思わずサラダを吹き出してしまう。

踏み潰した!? フィグー様を!? 原精霊だと思っていたとしてもどうして!?

違う、それも驚くけど、驚くべきなのはそこじゃない。フィグー様、私とレイレイの思念会話に普通に割り込んできた!?

レイレイも驚いてスープが気管に入ったのか咽ているが、私とは驚いたの意味が違うだろう。


驚く私たちを、フィグー様は不思議そうな表情で見上げていた。


Tips:

・本日の朝食メニュー(一人分)

ドラゴンテイルのステーキ~自家製葡萄酒ソース添え~(直径40センチ厚さ10センチ)

サラダの盛り合わせ(ちぎったレタスの葉1玉、潰したゆで卵2つとアボカド4つ、くしぎりにしたトマト5個、スライスしたきゅうり1本)(全て現代日本の平均サイズの3~5倍の大きさ)

クロワッサン(1個当たり800g)20個

魚介のアラをミルクで煮込んで濾したスープ(1L)

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