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宝石の頬笑

 アレキサンドラの父は、魔女に呪われたことがあるらしい。それは母と結婚する少し前の話だそうで、惚気なんて聞くつもりのなかったアレキサンドラは、現在進行形で呪われた身になってようやくその話を聞く気が起きた。

 聞いた結果「やはり惚気か」と思ったが、母が呪いを解いた張本人だったことが判明したので、飛ぶ勢いで母の元へ駆けていく。




 何故アレキサンドラが呪われたか身になったかと言うと、一通の手紙をうっかり開けてしまったからだ。差出人のない青色の封筒は非常に目立っており、怪しいと分かっていながら手に取ってしまったのだ。それが間違いだったと言っても後の祭り。

 中には、粒のような何か入っているようだ。気になって封筒の上からその粒の形状を確認していると、触りすぎて封が開いてしまった。「あっ」と思えば中からコロンとまん丸な石が転がる。見た目は普通にそのあたりに落ちていそうな石だが、形が完全に球体。テーブルの脚元に行ってしまったその石を拾い上げるとあら不思議、黒い霧のようなものがアレキサンドラを包んでいく。突然黒くなり始めた視界に驚いて身を起こすと、テーブルの下で頭を打つけて、テーブル上に置いていたカップからお茶が飛び出しドレスにかかる。三次災害まで引き起こしたところで父が現れて「呪いにかかった時によく似ている」と爆弾投下。見事な連携プレーだった。

 おいおいどういうことだと父に詰め寄れば、若き日に魔女を怒らせて呪いにかけられたと言う。話を聞けば何故か母の話をし出した父に「待った」をかけて惚気を止めるが、それが呪いの話だと主張される。渋々話を聞くと、まあ色々あってマイペースな母が父の呪いを解いたと言うことだった。それを早く言えと思いつつ母がくつろいでいるサロンに飛び込むと、いつも通りのんびりとお菓子を摘んでいる母が目に入った。


「お母様っ!」

「どうしたのサーシャ、そんなに慌てて。転んだの? それとも頭でも打ったの?」

「違わないけど違うわ。お母様、私、呪われちゃったかもしれないわ!」

「呪い……どのあたりが?」

「え?」


 母から「どこかが変わったようには見えないけど、どういう呪いにかかったの?」と言われて、アレキサンドラは困った。そう言えば、呪いってどういうことが起こるものなんだろう。「お父様と似た類の呪いかもしれない」と答えてみると「ある意味そうかもしれない」と言う答えが返ってくる。


「どういうこと?」

「お父様も、見ただけではどんな呪いがかかっているのか分からなかったの」


 そこはお父様似ねと笑う母は、娘が呪いかかったと言うのに焦りの色一つ見せない。父の話でも、母が慌てた様子はなかった。あ、それくらいの気構えでいいのかと思い直す。そして何故か落ち着きを取り戻したアレキサンドラは、椅子に腰掛けてお菓子を摘みながら母に経緯を話し、青い封筒を見せた。

 驚くことに、母はそれを見た記憶があるらしい。


「サーシャ、呑気にお茶してる場合か?」


 嵐のように過ぎ去ったアレキサンドラを追って、ようやく父がサロンに顔を出す。歳を重ねても顔が整っているくせにあまり表情のない父は、いつもより困っている表情をしていた。こちらは娘が呪われて心が乱されているようだ。やはり母がおかしいのだろうか。


「ねぇお父様、この封筒に見覚えはない?」


 封筒を持ち上げてみせると父が「その色は……」と呟き、母は思い出したように「あぁ、すっかり忘れていたみたい。ティアさんのところの封筒ね」と手を軽く叩く仕草をした。ティアさんとは、と考える前に母はスッと封筒を取り、中から一枚の紙を取り出した。石以外にも入っていたのか。


『おもしろいものが手に入ったので送ります。ティア』


 その一文だけで何か悟った父は、こめかみを押さえて深いため息を吐いた。そして母に「文通でもしていたのか」と尋ねる。母は「結婚と出産の時くらいしか連絡していない」と答えた。共通の知り合いらしいが、父は快く思っていないようだ。母はふふっと笑って「じゃあ大丈夫ね」と言った。


「何が?」

「サーシャ、いってらっしゃい」

「え?」








 笑顔の母と無表情の父に翌日の朝一で送り出され、何故かアレキサンドラはとある薬屋に向かっていた。魔女の営む薬屋で、おそらく「彼女」の後継者がいるのではないか、と母が言った。魔女と聞いただけでアレキサンドラの侍女たちは震え上がり、進んで付いてこようとしなかったが、無理矢理1人を同行させる。侍女は馬車に合わせて震えていたが、見て見ぬ振りをした。アレキサンドラだって怖い。でも呪いを解くためなら仕方がない。

 ようやく着いた場所は小さな町の外れにあるこじんまりとした店だった。見た目は普通の木造の店で、特に不思議な部分は見つからない。本当に魔女の店だろうか。

 軽くノックをしてから扉を開けると、艶めく黒髪と深い青色の瞳を持つ中性的な顔付きをした青年がカウンター奥に座っていた。その青年がアレキサンドラたちに「いらっしゃいませ」と言わなかったら男性だと分からなかったかもしれない、そんな顔立ちだ。


「あの、呪いのことについてお聞きしたいです」


 アレキサンドラは『ティア』と名乗る女性から届いた手紙に入っていた石に触れたら、黒い霧に包まれたこと、それが呪いにかかった時の霧に似ていると聞いたことを話した。すると青年は穏やかそうに弧を描いていた口元を大きく開け、「あっはっは!」と笑い出す。何事かとアレキサンドラと侍女が彼を怪訝に見つめることも気にしないようで、そのまま少しの間笑い続けた。


「……」

「ああ、すみません。おもしろくて……ふふっ」


 まだ笑いの治まらない彼に引いていると、笑いながらも部屋の隅に置かれていたテーブルに通された。「どうぞ、お話しします」と案内され、侍女と内心嫌だと思いながらも座る。


「あぁおもしろかった……本当、母さんって間抜けだなぁ」

「……かあさん?」

「ああ失礼。それを贈ったのは、俺の母です」

「は?!」

「で、そのおもちゃを作ったのは俺です」

「はぁ?!」


 どういうことか説明しろと目で促すと、青年は素直に話し出す。

 自分はその『ティア』という魔女の正真正銘の息子で、その黒い霧を出す石を暇潰しに作ったのだと。呪いにかかった時に立ち込める暗雲を真似て作ったのは事実だが、本物と違って体を覆う重量感は全くない。本当にただ黒い霧が出てきてビックリさせるためのおもちゃだと。母である魔女が「おもしろい」と一つ貰っていたのでどうするのかと思ったが、まさか昔自分を振った男に贈るなんて。いやそれとも元恋敵の方だろうか。しかもそれを触ったのがどちらでもなく2人の娘とは。

 話しながらおもしろくなってきたようで、青年は再び笑い始めた。今度はお腹を抱えている。アレキサンドラにとっては笑い事ではない。……あれ、焦っていたのはほぼ自分だけだったし、途中から自分も母に引っ張られて落ち着いていたような。いやいや道中御者も侍女も怯えるし、大変だった。全然笑い事ではない。

 とりあえず呪いではなかったことに安堵し、主にこの心労を与えてきた父に何かを強請ってやろうと考え始めたアレキサンドラは、「もう用はない」と立ち上がる。すると棚に、見覚えのある袋が陳列されているのが目に入った。


「あら? このお茶、たまにお母様が飲んでるものじゃない?」

「はい、こちらのお茶です」


 間違いありません、と平然と返す侍女に怯えはすっかりない。いつもと同じ澄まし顔だ。


「お母様のお土産に、一つ買おうかしら」

「お嬢様、お金はお持ちでしょうか」

「まさか」

「私も持っておりません」

「なんでよ!」

「それどころではありませんでしたので」


 すごいこの侍女、悪びれがない。確かに出発時はそれどころではなかったが、それを堂々と言うだろうか。流石母が選んで採用した侍女なだけある。しかしアレキサンドラは「仕方がない」と靴を脱ぎ、底に敷いてあった布袋から硬貨を取り出した。


「なんてところに隠してるんですかお嬢様。淑女にあるまじき行為ですよ」

「だってお父様が『いざと言う時のためになんでも用意しておけ』と言ったんだもの」

「そう言うことではありません。このことは旦那様に報告いたします。それに有事の際はどさくさに紛れて靴が脱げてしまう可能性が高いので、他のところに隠されることをお奨めいたします」


 先ほどまで呪われたアレキサンドラに怯えていたくせに、魔女に怯えていたくせに、驚きの変貌っぷりだ。一体どういう神経なのか。

 いいじゃない別に大体お父様が大騒ぎしたから貴方はここにいるのよと侍女を丸め込んでいる途中、青年が噴き出して笑い始める。


「もしかして俺を笑わせに来てくれたの? いつでも歓迎なんだけど」

「そんなわけないでしょう」


 彼はもう「いらっしゃいませ」以外はずっと笑っている。そして敬語が消えている。なんでそんなに笑っていられるのか、アレキサンドラには分からない。ついでに母がいつもゆったり微笑んでいられる理由も分からない。父と母は結婚した理由は分かる、政略結婚だ。それにしてはバランスが取れている気がするが。

 とにかく、アレキサンドラを大道芸人か何かだと思って笑っている青年が気に入らなかった。淑女に対して噴き出したり腹を抱えて笑うなんて、紳士にあるまじき行為だと思う。アレキサンドラは自分のことを大きめの棚に上げた。


「女性のことをそんなに笑うなんて失礼ではなくて?」

「ごめんごめん。でもおもしろいことばかりするんだもん」

「だからって噴き出すなんて、非常識ですわ!」

「ごめんって。はいこれお詫び」


 へらへらしている青年はアレキサンドラの顔をほんの1秒ほど見つめた後、彼女の母が飲んでいるという薬草茶の袋を手渡した。「売り物なのにいいのかしら。結構いい人ね」と現金なアレキサンドラは少しだけ懐柔されてしまった。それを察知したのか、青年は「その薬草茶の効能は美肌と……」と砕けた態度で話し出す。味にしか興味のないアレキサンドラは話を半分も聞いていなかったが、聞いているかのような顔をして相槌を打った。彼女の頭はもう休みたいモードに切り替わっている。


「また笑わせに来てよ」

「一生来ないわ」

「じゃあ、お茶が美味しかったら来て」

「……そうね、よほど美味しかったら来てもいいわ」

「へぇ。じゃあ約束ね?」

「ええ」


 母が飲んでいる薬草茶は、飲んだことはないが匂いが独特で家では母しか飲んでいない。父は飲もうともしない。そうそう美味しいものでもないだろう。そう踏んだアレキサンドラは、簡単に頷いた。


「俺はアウィン。お嬢様の名前は?」


 ニンマリと笑う黒と青の青年は、掌であの丸い石を弄びながらアレキサンドラに名前を尋ねた。

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