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誤字脱字報告ありがとうございます。

とても助かっております。

「……ティア。お前は母のようになってくれるなよ」


 それが彼女の父が遺した言葉だった。




 サラスヴァティアー・サファイアの母は、魔女としては有能だったが、親としては最低だった。何せサラスヴァティアーの記憶にある母は、いつもヒステリックに父に叫んでいる様子しかない。後継ぎの弟を産んでから比較的落ち着いたが、今度は愛人を作り、そちらにのめり込んでいった。父も父で愛人がいたが、少し成長したサラスヴァティアーにはどうして父が愛人を作ったか分かるようになったので、咎める気持ちはさほどない。それに、父と母の愛人の関係はまるで違った。父は「愛人」と割り切った関係で、その女性に過度に金を消費するわけではない。けれど母は「私の稼いだお金を私が使って何が悪いのよ」と、魔女としての仕事で稼いだ金を全て男性に貢いでいた。しかもそのお金で家を買ったり、その男性との生活費にしていたりと、いいように使われていたとしか思えない。流石にのめり込みすぎな母に父は苦言を呈したが、母は「私の勝手でしょう、放っておいて」と叫ぶばかりだった。

 そんな母を見て育ったサラスヴァティアーは、とにかく愛人を持つような人間が嫌いになった。それに恋愛にのめり込むことも、ヒステリックに叫ぶ人も……とにかく「母のような人」が嫌いだった。


 やさぐれた幼少期の唯一と言っていいほどの良い思い出が、まだ母がそこまで愛人にのめり込む前に訪れた、母の店で会った美しい少年との邂逅だった。

 グレーがかった青い髪に黄色の瞳を持った少年は、自分の父と一緒に自分の母親のために魔女の薬を買いに来た。母は性格はあれだが「魔女の薬」の作り手としては優秀で、作り置きだと効果が薄くなる薬においては注文が入ってからでも作成できるほどだった。

 その薬が出来上がるまでの短い時間、サラスヴァティアーは薬屋の裏手にある庭で、その少年と過ごした。少年はあまり表情が豊かではないが母親を心配している様子で、自宅で帰宅する父を待てないからと、頼んで連れてきてもらったようだ。

 少しだけ庭をうろついた後、小さな椅子に2人で腰掛ける。


「あなたのお父さんとお母さんは仲良しなのね」

「うん」

「いいなぁ」


 子どもだったサラスヴァティアーは、自分の家族のことを少年に話してしまう。少年はいまいちピンときた感じではなかったが、サラスヴァティアーが「あなたは結婚する人を大切にしないとダメよ」とお姉さんぶったことを言うと、「うん。好きになった人は大切にする」と微笑んだ。

 混じり気のない黄色の瞳はサラスヴァティアーを映していて、今更ながらサラスヴァティアーはこの少年の顔の造形の美しさを認識した。顔が熱くなって慌てて自分の靴に目線を逃す。胸がドキドキして、恐る恐る少年を横目に覗く。少年は特に気にした様子ではなさそうだ。ホッと息を吐いて再び顔を下げる。

 もし、この少年が本当に結婚する人を大切してくれるなら。

 もし、こんな美しい少年が将来旦那様になってくれるなら。

 でも、流石になんの努力もなしには無理だと分かっている。


「……私、将来魔女になってここのお店をやるの」

「うん」

「もし、ここのお店がお母さんみたいにできるようになったら、私と結婚してくれない?」

「え?」


 大きな目を更に大きくした少年は、少し首を傾げた。何か考えているようだ。


「その時に婚約者がいなかったら、考える。いつ?」

「いつって……そうね、じゃあ、10年よ。10年経ったら会いに行くわ」

「分かった」

「絶対よ、約束ね」


 サラスヴァティアーが名乗ると、少年も「ルビー・ピジョンブラッド」と名乗った。大きくなってから知ったが、一流の貴族だった。そんな人がサラスヴァティアーと結婚するかどうかなんて結果は知れているが、サラスヴァティアーの心の支えはその約束だけ。たった一回だけ短い時間の会話だったが、そのためならどれだけでも頑張れたし、なんだって出来た。

 だから――――。






「起きろアホ。いつまで寝てんだ!」


 木製の扉をガンガンと叩かれて、サラスヴァティアーは目を開けた。そこには過去の少年との思い出の余韻も何もない、大して綺麗でもない天井がある。周囲を見回すと酒瓶がゴロゴロ転がっている。鳴り止まない音と頭痛にイラつきながら、騒音の元凶に文句をつけに行く。


「うるさいわね、朝からなんなのよ」


 扉の向こうには見知った顔。この店の常連であるラピスラズリ・サプフィールだ。彼は5年ほど前から、妹の病気のために月に1、2回薬を買いに来ている。彼女の病気は、生まれつき肺が弱いことが原因で引き起こる。

 サラスヴァティアーが顔を出すと、ラピスラズリは思いっきり吹き出した。


「なんだよその顔。腫れて目がなくなってるじゃねえか」

「なくなってはないわよ!」

「つうか、もう昼だぞ」

「え!?」


 昨日、というか連日、サラスヴァティアーは毎夜酒を飲んでは泣いていた。今日のように夢を見たのは初めてだが。慌てて店の支度を始めるサラスヴァティアーに呆れたようにため息を吐いたラピスラズリは、「庭で待ってる。今度、礼に飯おごれよ」と言い逃げして行った。

 魔女の店を開けた時に出てきたサラスヴァティアーは、化粧して多少見れるようになっていたが、それでも泣きはらした顔していた。ラピスラズリは、口には出さなかったが「その顔で接客はまずい」と思った。一瞬顔が引きつったのを見られたので、気付かれたかもしれないが。

 ラピスラズリの家は、一応男爵だ。とは言え全く貴族らしさはない。特別生活が豊かなわけでもない。平民とそう変わりない、とラピスラズリは思っている。王都に行くこともほとんどなくいわゆる貴族らしい貴族はあまり知らない彼は、貴族らしさからは遠い場所にいた。

 とは言え、あまりに悲惨な顔をしたサラスヴァティアーをいじることは少しだけ気が引けたため、最初のそれだけに止める。それになんとなく、ラピスラズリには理由に予想がついていた。彼女は出会った時から急いでいた、いや、焦っていた。彼女は「魔女として安定した収入が得られるよう立派になること」を目標と掲げていたが、以前ぽろっと「彼に早く会いたい」と溢していた。詳しいことは聞いたことがないが、魔女としても薬屋としても立派になることで「彼」に会えるということは分かっていた。皮肉にも、その頑張りの過程で様々な魔法や薬に精通しすぎて、『サラスヴァティの涙』と通り名がついてしまった。『サラスヴァティの涙』とは、彼女から「呪い」を受けた者があまりにも酷い状態で世を去ったことからついた名前らしく、『サラスヴァティの涙』と言えば「呪い」、そんな図式が出来上がっている。もちろん彼女自身はその名前を嫌がっている。

 ラピスラズリは知らないが、サラスヴァティアーは早く父を亡くし、その後あの母のせいで色々苦労している。それこそ、呪われたのかと思うような……例えばサファイア家が断絶する等、魔女以外の側面では相当なことがあった。それでも父のことは敬っている彼女が「サファイア」を名乗っていることは、誰も知らない。




 ラピスラズリがサラスヴァティアーを叩き起こしてから約一月、サラスヴァティアーは約束通りランチをラピスラズリに御馳走していた。町のレストランやカフェではなく、自宅で。

 ラピスラズリはテーブルに並ぶ不可思議な色の料理を見てくるりと踵を返す、前にサラスヴァティアーに肩を掴まれたため、叶わなかった。


「お前これ……どうやってこんな色出すんだよ」

「うるっさいわね。あんたのために用意したんだからあんたが食べなさいよ」


 相変わらず目元が腫れているが、一月前より遥かに落ち着いた様子だった。顔つきもすっきりしているような気がする。

 逃げられなかったラピスラズリは仕方なく、仕方なく席に着くと酷く歪んだ顔で料理を一口運んだ。


「あれ?」

「色はおかしいけど、味は普通でしょ」

「なんでだ……?」


 とてもじゃないが、食べ物の色をしていないそれらは、ラピスラズリも知っている料理の味がした。けれど何故パン(仮)が橙色なのか。首を捻っても分からない。

 戦々恐々と食事を終え、ラピスラズリは一応本人に確認を取る。「もう平気なのか」と。サラスヴァティアーは薬草茶を眺めながら、「失恋したのよ」と答えた。またもや逃げたくなったラピスラズリだったが、聞けと言わんばかりにサラスヴァティアーは話し出した、自分の10年の片思いを。






 途中涙を溢したサラスヴァティアーに対して、ラピスラズリの感想は「俺もその婚約者選ぶわ」だった。


「少しくらい慰めたらどうなのよっ! デリカシーのない男ね! だからモテないのよ、馬鹿ラピス!!」

「モテるわアホ」


 泣きながらキャンキャン怒るサラスヴァティアーに、「そういうところだろ」とナイフが刺さる。

 そう、そういう声高らかに叫ぶ様子は、彼に指摘されたようにヒステリックにしか見えない。男女問わずそういう人が苦手な人は多いだろう。対して、彼の婚約者という女性はどうだ。悲観的になる素振りもなく、マイペースで穏やか。しかも――彼女にしては軽めだが――呪いを解いたという。しかも婚約者で、彼の方はラピスラズリでも聞いたことのある家名。それが実るのはかなり難しい、というか無理に等しい。

 一方、ナイフの刺さったサラスヴァティアーは項垂れていた。分かっている、自分が嫌う母のようにヒステリックな言動をしてしまったことを。それをルビーに厳しく指摘されたから余計に痛い。更にラピスラズリにまで言われて、自分はそんなに酷いのかと自覚する。母のようになるなと言われて脇目も降らずにルビーに一途だったが、そっちが似てしまうとは。

 サラスヴァティアーは大きくため息を吐いた。


「まあ、うん、奇特な趣味の持ち主もいるって!」


 立てられた親指にこんなにも殺意が湧いたのは初めてだ。そんなサラスヴァティアーに気付いたラピスラズリだったが、素知らぬ顔でフォローのようなものを続ける。


「それに、どう見ても毒物の見た目だけど飯はうまいし、そっちでアピールすれば見た目にさえイケるやつもいるかもしれないだろ!」


 口に入れる見た目じゃなかったらもうちょっと範囲広がるだろっと他人事なラピスラズリに、この男に「優しい慰めの言葉」は期待できないことを悟るサラスヴァティアー。魔女とは言え、女の涙にもいつもの調子かこの男。

 しかしふと気付く。こんなヒステリックな魔女に5年程前からくだらない話にも付き合ってくれて、露骨に嫌そうな顔をしながらも自分でも不思議な色になってしまう料理を食べてくれる人物が、目の前にいるではないか。

 ……いや、こんな口の悪い男はどうだろう。もうちょっとマイルドな言葉遣いがいい。いや、サラスヴァティアーが言えた立場ではないか。それでもどうにかして鼻を明かしてやりたい。


「ねえ、ラピス」

「あん?」


 心底どうでもいいような視線が寄越される。本当に失礼な男だ。


「私の名前、知ってる?」

「は? サラスヴァティアー・サファイアだろ」


 まるで「それがなんだよ」と言わんばかりのラピスラズリに、サラスヴァティアーはたった一度だけ彼から呼ばれたことを思い出す。別れの際に呼ばれた名前の響きは、忘れることはないけれど、ようやくその苦さから逃れられる気がしてくる。


「ねえ知ってるラピス?」

「今度はなんだよ」

「私の話に付き合ってくれて、私の料理を食べてくれる男がいるってこと」


 青い青い瞳に、ラピスラズリは一瞬だけ躊躇った後、遠慮なくこう言い放った。


「――俺もその婚約者のがタイプだな」


 サラスヴァティアーの手にあったカップが宙を舞い、男の元に飛んでいく。それを見越していた男は素早く立ち上がってそれを避けた。そのままの身のこなしで流れるように木の扉の隙間に体を滑り込ませ、颯爽と逃げていく。その背中に「待ちなさいよ!」と非難する彼女の目に涙はなかった。

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