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息抜き

アンドロイドとある女の話

作者: 揚旗 二箱

 2075/10/10

 12:55

「IDを認証しました」

 私が接近すると、センサーが割り当てられたIDを自動で読み取りガラスの扉が開かれた。事前にインプットした通りだ。所定の歩数でデスクの傍に到着、報告通りの高さに調整された椅子に腰掛ける。私の重量が検知されると、シャッター扉が静かに巻き上げられていき、高さ5メートル、幅10メートル、厚さ1メートルの透明な壁が表出する。

 透明な壁越しに見える広大な空間。その中央にぽつりと佇む彼女こそ、私が担当するエリー・ピースだと認識した。

「おや、あなたは……見覚えのない顔ね」

 ほぼ同時にエリーも私を認識した。突然現れた新顔に戸惑っているというよりは、からかうような好奇心の声。

「大統領から発せられた勅令により本日より私、コール・マイノルムがあなたの人格、思考、倫理の調整を行います。昨日までと同じく、職務規定に基づき1日15分の面談を行う予定ですが、よろしいですね」

「なるほど。とうとう退屈な女の相手はアンドロイドに任せちまえ、となったわけね」

 ハッ、と鼻で笑うエリー。私はあまり良く思われてはいないようだが、職務をこなす上では問題ない。

「特に異存はないようですね。では規定通り、ただいまより面談を……」

「ちょっと待って。異存があったらどうなるの?」

 ガラスの向こうのエリーは嬉しそうに質問をした。先ほどまで悪態をついていたとは思えない感情の揺れだ。エリー・ピースは一種の躁鬱状態にあるという診断データの更新は必要ないだろう。

「何か要望があるのですか?職務規定に照らし、裁量の範囲内であると認められた場合はあなたの要望を反映することができます」

「そう?じゃあアンドロイドさん、面談時間を30分に変更してほしいわ。退屈なのは分るけど、それはこっちだって同じってわけ」

「わかりました。では今回の面談から時間を30分に変更します」

「意外とすんなり認めるのね」

「私には職務倫理規定に対し一定の裁量を判断する権限を付与されています。私の判断では、面談時間が15分延長することによるメリット、デメリット双方ともに誤差の範囲内であるとしました」

「なぁんだ、エラーでも起こしてぶっ壊れるかと思ったのに」

 エリーはふてくされた声で私の破壊を試みていたことを告白した。彼女が退屈しているというのは事実のようだ。前任者から報告されていたよりも1分あたりの語数が多く、声のトーンも上昇している。

「他に要望が無ければ面談を開始します」

「はいはいドーゾ。いつものやつでしょ」

「はい、今までと内容は変わりません。ではまず、今日の気分はどうですか」

「新しい担当がアンドロイドで驚いているわ」

「動揺させてしまったなら申し訳ありません。しかし勅命ですので、どうか慣れていただきたい」

「おもったよりも図々しいのね、あなた」

「私は職務規定に従っているまでです。では次の質問ですが……」


 13:15

「以上で本日分の質問は終了です」

 端末にエリーの応答を記録し終え、顔をあげる。彼女は質問中ずっと愉快そうな様子を絶やさなかった。

「そうね。でも今回はまだあと15分ある、でしょ?」

 そして期待の籠った声で質問した。この瞬間のために愉快だったのだとすれば、面談を15分延長したことは彼女の精神安定に大きく寄与した。用検討ではあるが、正式に職務規定の変更を進言するべきだろう。

「ねえ、質問には答えてちょうだいな」

「すみません。それで、あと15分は簡単なテストをします。これによりさらに大きな精神、倫理の安定効果が期待できるとされ……」

「わたしはイヤだなぁ。職務規定に基づいてないでしょ、それ」

「確かにテストは私が先ほど15分の有効活用法として提案したものですが、学術的に効果があると立証されています。心配には及びません」

「そうじゃなくて、単純につまらないから嫌だと言っているのだよ、アンドロイドくん。それよりも私にはやりたいこと、もとい提案があるんだけど」

 機嫌のよいエリーの声から少し悪だくみの気配を検知した。しかし私は彼女の担当、今のところまだ裁量の範囲内ではあるため、さえぎることはできない。

「提案、ですか。なんでしょう、裁量の範囲内であれば応えましょう」

「よし、ならば逆のことをしよう。つまり、わたしがあなたに質問するんだ」

「……」

 どうだろうか。今までエリー・ピースが担当者に質問を行ったという記録は存在しない。これが何かしらの変化の予兆であるなら、彼女の提案に対する返答は慎重になるべきだ。だが同時に新たな動きは記録するべきであり、機密情報等については明確に定義されているため、私がそれらを彼女に教えるようなことが無い限りは許可を出すべきとも考えられる。論理衝突、と言うほどのものではないが、難しい判断だ。

「機密事項など、私が答えないと判断したものについてはその理由を含め一切の回答を行うことができません。それでもよろしいですか」

「全然かまわないよ。わたしはアンドロイドくんに質問したいだけなんだから」

「……わかりました。いいでしょう」

 許可。結局エリー・ピースに確認を取る形となったが、彼女は元々機密情報があること自体は知っている。それを承知の上で15分の延長を求めたのだろうから、簡単な問いだったのかもしれない。

 何かが私の判断を鈍らせた……初日ではあるが、さっそく自己診断が必要であろう。

「よし。じゃあまず、今日の気分を聞かせてくれ」

「良好です。身体機能、心理機能ともに職務上の障害となりうる不具合は確認されていません」

「そうじゃなくて……もっと人間らしく漠然とした感じで回答してほしいなぁ」

 エリーはねだるように言う。

 人間らしく。どのように回答すればいいのかハッキリとは定まらないが、いままでの彼女の回答が参考になるかもしれない。

「……そうですね。天候は晴れ、気温は19℃、雲は殆どなく湿度も平均程度。このような感じでしょうか」

「あははは!いいね、天気予報みたい!合格!」

 今日のエリーは報告よりはるかに機嫌がいい。面談時間の延長、および質問させる判断は悪くはなさそうだ。

「じゃあ、好きな食べ物でも聞こうかな。デンチとか?」

「いえ、デンチは食べません。好みの食べ物はありません」

「アンドロイド君だから何にも食べないって?そりゃーそうか、アハハ……」

 エリーは私の回答にひとしきり笑ったあと、押し黙ってしまった。

「どうかしましたか。時間はあと10分ほど残っておりますが」

「わたし、質問なんかしたことなかったから……」

「他の質問を思いつかないのですか?ならば、早めに切り上げましょうか」

「いや……うーん、じゃあ最後にひとつだけ」

「なんでしょう」

「世界はまだ平和ですか」

「何とも言えませんね。それはあなたも」

「いえ」

 私の返答を遮り、エリーは続けた。

「国民は皆、幸福ですか、と聞いています」

「……ええ。少なからぬ国民が、幸福な生活を送っているでしょう」

「そうですか。では、また明日!明日はもっと質問を考えておくからね」

「はい。では今日の面談はここまでとします。お疲れ様でした」

 13:21


 2075/12/31

 13:00

「では、面談を始めます」

「コール……今日も面談をしなくちゃだめ?」

「規定ですので。面談の中止は裁量の範囲外です」

「うう……」

 ここ10日間ほどエリーはえらく落ち込んでいる。原因はほぼ特定できているが、私はいまその解決手段を持ち合わせていない。

「ではいきますよ。今日の気分はどうですか」

「最悪」

「自己紹介をお願いします」

「エリー・ピース。職業は大量破壊、趣味は憂鬱と破滅」

「あなたはトロッコの分岐を決める権利を有しています」

「トロッコを5人に突っ込ませて残った一人を殺す。その後拳銃で自殺するわ」

「……エリー」

 今日はどうやら緊急事態のようだ。躁鬱の深い谷底に彼女はいる。

「やはり、治安維持緊急措置法が気になるのですか」

「その通り。あの法律のせいで国民は皆家に閉じ込められているのでしょう?」

「あなたや私もずっとこの施設に居ますが」

「それは嫌味かしら?フン、わたしはそりゃ平気よ。その気になれば100年だって1000年だってここに籠ってやる」

 エリーは怒ってヘソを曲げてしまった。どこまでも人間らしさを地で行くようだ。

「だいたい、あなたはなぜ平気なの。あーそうでしたね。アンドロイド君だから平気なんでしたねっての。ケッ」

「私の心配を?」

「それはそうよ。わたしは全国民を愛しているの。あなただって例外じゃないわ」

「私は、平気ですね。あなたという話し相手もいることですし」

「わたしと話せるのは1日30分だけなのに?」

「……ええ、まあ」

 国民は治安維持緊急措置法の下に外出を制限され、買い物すらもままならない軟禁状態にある。わずかに許可された時間帯以外で外に出ているところを見つかれば警察に連れていかれ、スパイ容疑でひどい尋問をうける。それでも暴動の様子が連日報道されているように、国民は皆憔悴し、正気を失いかけている。

 だというのに、なぜ私は閉じ込められていても平気なのか。

「あなた、嘘をついているわ」

「何を……!」

「その動揺が動かぬ証拠ね」

 エリーの指摘が何重にも反響して聞こえる。

 全身が怖気だつ。頭痛がする。耳鳴りがひどい。

「あなたが面談の担当になってからそれなりに経つわ。ねえ、どうかわたしの愛する国民の一人として教えてくれないかしら。『アンドロイド』君?」

「そ、それは……」

 職務に私情を持ち込んではいけない。職務規定の原則だ。だが私はすでに彼女へ質問を許してしまっている。そして私自身のことは、国家重要機密でもなければ、それこそ今日の天気といった話題と同程度の、国家にとってはたわいもない情報だ。だが、しかし……。

「話してくれる気はない?じゃあ、わたしが言うことが事実なら肯定してもらえるかしら。沈黙は肯定とみなすから」

 私が言葉に詰まっているのをよそに、エリーは語り出した。

「コール・マイノルム。幼少期から内向的で、自分だけの世界がある子供だった。学校に通うようになると、徐々に社会に適合できないことが浮き彫りになっていった」

「……」

「やがてあなたは徐々に外界との接触を断っていくわ。自分の周りから徹底的に人間を排除し、社会に生きながら孤独を保ち続けた。でもそんなあなたにも兵役の義務があった。社会から隔絶された『孤島』でリモートエンジニアとして生きていたあなたは軍によって『発見』され、その技術力を買われて国家エンジニアとなった」

「ああ……」

「そして約3ヵ月前、あなたはその『隔絶』耐性を買われてわたしの担当になった。生まれつき孤独の才能があるあなたは、わたしの面談担当には適任だった。いくら孤独な状況に置かれても絶対に発狂しない『狂人』として」

「その記録の通りだ……全く問題ないじゃないか……」

「いいえ」

 エリーは力強く断言した。その声には怒気と、悲しみが含まれているようだった。

「あなたは確かに孤独に対して強い耐性を持っているようね。何を言わずとも、毎日全く同じ、ロボットのように規則に従って何年でも生きることができる……だけど、そのことをあなた自身は幸福とは思っていないようね」

「そんなことがどうして言える……!」

「私は『最高傑作』なの。あまり見くびってもらっては困るわね」

「最高傑作……」

「あなたは他者を拒絶するけど、自分と一定以上の距離がある他者とゆるやかに繋がっていたいとも願っている。エンジニアになったのは依頼者という他者と関わるためじゃないかしら」

「だったら……!」

 つい語気を荒げてしまったことに気がついた。頭が痛い。

「だったら、あなたはいったい、私に何を望んでいるのですか……」

「何も。強いて言うなら幸福に生きること」

 エリーは淡々と言う。

「あなたも大事な国民のひとり、さっきも言ったでしょう?わたしはここであなたの丁度良い話相手になることができる。それはわたしにとって光栄なことよ。だけど、コール。賢いあなたなら理解しているでしょう……わたしに幸福を預けることは、いつか破綻する道を選ぶことにほかならない」

「……」

 その通り、なのかもしれない。

 私は自分のことを幸福だと思ったことなど一度もなかった。

 ここまで数十年生きてきた、その人生のどのフェーズにも必要以上に過密な社会が存在した。他の人間など半径10メートル以内にひとり、そこが限界で、それ以上の数は視界に入っているだけで不安になる。

 怖いのは、きっと視線だ。どこからともなくこちらに視線を投げるそいつが私を殺しに来るかもしれない。そんなわけはないと、頭では分かっているつもりだが身体が言うことを聞かない。視線に入らなくたって、社会の外にしか居場所がない私はいつだって社会から殺意を向けられているのだ。仕事をしているときだけ、私は社会にかろうじて生存を許されているのだ。

 だから……。


 13:35

「ごめんなさい。あなたを問い詰めても仕方がないことでしたね……」

 しばらくの沈黙の後、我に返ったようにエリーがつぶやいた。

「あなた、そして国民が幸福であることがわたしの望み。せめて目に見えるあなただけでも幸福であってほしいと思うばかりに酷いことを言ったわ」

「……いいえ、構いません。あなたの悩みを聞くこと、それも私の職務ですから」

「そう、ね。ありがとう……面談時間はそろそろ終了かしら」

「そうですね。5分ほどオーバーしてしまいました。ではこれで今日の面談を終了します。最後に……」

「ええ。世界は、平和かしら」

 エリーのいつもの質問。私は毎度答えを考えては、毎度同じ言葉を返す。

「……ええ。少なからぬ国民が、幸福な生活を送っているでしょう」


 2076/3/31

 8:43

「エリー!」

「わかっています」

 私がほとんど叫ぶように呼ぶと、エリーは落ち着き払った声で答えた。

「とうとうこの日が来てしまいましたね」

「き、緊急時職務規定に基づき、現状を報告します」

「承認するわ、どうぞ」

 手元の端末に受信した状況報告、および命令を追う目がかすむ。とてものどが渇いているようだ、頭も痛い。手も震える。だが、これが私の職務だ。

「本日8時42分、衛星がわが国に向けた核ミサイルの発射を報告しました。数は2511発、本基地を含み、本国すべてを標的とした無差別攻撃です。着弾まで、あと15分です……そしてこれに対し、陽電子ミサイルを用いた報復攻撃を10分後に行うように、との命令です……」

「わたしが受けた報告と相違ないわ。では……これが最後の面談ね」

 エリーの声は、いつもより少し機嫌のよい声だった。

「コール、質問をしなさい」

「……」

「コール!」

「わかっています!けど……」

 当然覚悟はしていた。だが、この瞬間が来てもなお、私はまだ怖気づいていた。

「コール、分かっていたでしょう。わたしの望みはすべての国民の幸福。それが維持できなくなったとき、もっとも『我が国の幸福に近い行動』を起こすのがわたし、そしてあなたの役目なの」

「……」

 エリーは涙など流さない。だが私には、エリーが泣いているようにも思えた。

「あなたを幸福にしてあげることができなかったのは残念でならない。けれど、この時が来てしまったからには、職務を全うすること……それが、わたしの幸福でもあるのです」

 それでもエリーは、役目を果たせる幸福に胸を膨らませているようだった。

「手伝って、くれる?」

「……もちろんです」

 だから私は職務を全うする。怖気づいていても、勇気が出なくても。それがあなたの望みで、私の役割であるなら。

 これが、最期の面談だ。


 8:47

「ではまず現在の人格、思考についての自己診断結果を報告してください」

「はい。インストール人格『エリー・ピース』、国民の幸福を願い、我が国の繁栄を何よりも望みます。計算速度、精度ともに正常」

「倫理アルゴリズムに異常はありませんか」

「倫理アルゴリズム、正常。戦時倫理、緊急時の項に照らし、モード『報復』を実行中」

「わかりました。では『エリー・ピース』、報復の正当性を検討してください」

「攻撃によって予測される国民の負傷・死者数、ともに2億人を超えています。『エリー・ピース』は国民の幸福を願い、最善の策を講じるように限界まで倫理シミュレートしましたが、もっとも国民の幸福に近いのは『報復』以外にあり得ません。非常に嘆かわしいことですが、仕方がありません」

「……わかりました。標的国への報復の準備は進んでいますか」

「標的国全土への電磁妨害EMPミサイルのロックオン完了。陽電子ミサイル1から6000まで弾道を計算中、1分後に完了予定です」

「EMPミサイルの発射を承認します。標的国の防衛機構の無力化を行ってください」

「EMPミサイル発射、着弾まで2分。陽電子ミサイル、順次ロックオンが完了しました」

「陽電子ミサイルの発射、最終確認。『エリー・ピース』、国民感情を再度シミュレートしてください。国民は報復を望んでいますか」

「シミュレート完了。はい、国民は標的国への報復を望んでいるでしょう」

「……わかりました」

 いよいよだ。

 私は操作盤に手を置いた。生体IDが承認され、ガラスの向こうの『エリー・ピース』、彼女が搭載された陽電子ミサイルは発射準備の最終段階に入った。

「エリー、あと2分あります」

「ええ、コール……あなたとのおしゃべり、ずっと楽しかったわ。あなたのおかげで、国民感情、倫理のシミュレートはずっとうまくいっていた。『国民の総意の下、緊急時に迅速な判断を下す』、その役目を、きちんと果たせたかな」

「もちろん。『人間の国民』代表として、同意するのに問題のない倫理シミュレートでしたよ」

 大統領の責任逃れのためのスケープゴート、この私にぴったりの仕事だと思った。

「わたしは国民の総意であり、ミサイルを分散制御する6000機の並立演算AI『エリー・ピース』ではない、倫理・感情シミュレートユニットのエリーとして、あなたを幸福にできなかったことを、残念に思う……こんなことをいま言うのもおかしな話だけど、最後に、あなたの幸福のために、なにかできることはありますか?」

 孤独に生きる私にとって機械と暮らすことなどたやすく、報復攻撃のスイッチを最終的に押すことだって最初から問題ないって分っていた。

「そうですね、では最後の質問を、お願いします」

「……ああ、わかった。それでは質問します」

 それでも、私は結局。

「コール・マイノルム、国民は皆、幸福でしょうか」

「ええ。少なからぬ国民は、きっと、幸福であることでしょう」

 孤独には慣れていても、好きになることはできなかった。


 8:52

「『エリー・ピース』よ。国民は皆、あなたの判断を支持します」

 操作盤に置いた手に、すこしだけ力が籠った。

「報復攻撃を、実行してください」

「承認しました」

 シャッターが下りていき、地鳴りがし始めた。

 彼女は陽電子ミサイルと共に発射され、計算では我が国への攻撃着弾の1分後、標的国へ着弾する。この戦争の最後を見守るのは私ではない。他の人類の誰でもない。

「さようなら、エリー」

 人類が放り投げた責任を背負った彼女は、大量殺戮をもたらす6000発のミサイルとなって飛んで行った。


 8:57

 エリー、あなたは私を幸福にできなくて残念だと言った。

 だけどそれは違う。

 私に勇気がなかったばかりに、あなたはそれを知らないままだ。

 ……いいや、最高傑作の感情シミュレートAIにはもう分っていたかもしれない。

 言う時間も、言う機会も、言う意味もなかったから、私が言わなかった言葉。

 そう、結果として、私は言わなかった。

「私は、あなたと会話していた時間が、人生で一番、幸福でした」


 8:58


 8:59


 9:00


 9:01


 ……


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