5品目
厨房から出た後、2人は自分達の部屋へ戻っていく。
「今日はもう遅いから、他のところへ案内するのは明日ね!」
「分かった。」
「それにしても、カーティがあんな怒るところ、そんなに見た事がないからびっくりした!」
「そうなの?」
「うん!でもあれ、ホシは怒られ慣れてると思う!だって怒ってるカーティ見た瞬間、ちっちゃくなってたもん。」
「確かに。ふふ、あはは!」
「ぷぷ、ぷぷぷぷぷぷ!」
2人は顔を見合わせ、堪えきれずにふきだした。それからはずっと笑いながらそれぞれの部屋へ入っていった。
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桃が部屋に入るとそこは何処かのアパートの一室の様な部屋だった。
靴を玄関の方で脱いだ桃は視界に入った二人掛けのソファに向かった。周りを見ずにソファに座りほうっと息を吐く。
「あーあ。今日は疲れたなぁ。それにしてもこの部屋広いなぁ。部屋、2つある。」
そう。部屋は玄関から続く短い廊下の先にあるドアから入った部屋と、そこから続く部屋の2つがある。今居る場所には寝る場所がないため、恐らくそちらの部屋が寝室なのだろう。
「ちょっと探索しよ。」
桃はどちらかと言えば人見知りする方だが、この場には誰もいない。よって、先程までの気疲れが変な風に発散されようとされている。
「ふふーん。こっちにはー、なっにがーあーるっかなー?ふふん。」
そう上機嫌に、歌いながらドアを開けた。
「あぁー!こっちにはベッドがあるー!」
やっぱりこちらは寝室だった。またもや周りを見ずベッドに飛び込み、じたばたと足を動かす。
「今日は色々あったなぁー。変な場所に着いたと思ったら家に帰れないし、男の人についてった先ですっごい美人さんに首舐められたし、服脱げって言われたし。」
「あら、ごめんねぇ。嫌だったかしら?」
「嫌というか、突然過ぎてびっくりしたし恥ずかしかったかなって、え?」
桃は驚いて声のした方を見るとニコニコとノヴァーリスが窓側にあった椅子に優雅に腰掛け、お茶を飲んでいる。
「え、ここ、私の部屋って案内された場所なんですけど、違いましたか?」
「いいえ?ここは間違いなく、モモちゃんの部屋よ。私はただ、モモちゃんの忘れ物があったのとモモちゃんに渡し忘れちゃったものがあるから貴女の事、待ってたの。」
桃は困惑しながらもノヴァーリスが言った忘れ物に反応し、忘れ物をしたかと首を傾げた。
「それにしてもモモちゃんの素ってすっごく可愛いのね。ふふ。可愛くて少し様子見ちゃってたんだけどね。ふふふふ。」
「忘れてください!」
「そうね、多分ね。」
桃が恥ずかしがっている様子を見ながらノヴァーリスは笑い、突然指をパチンと鳴らした。すると、ノヴァーリスが使っていた茶器類が消え、その代わりに出てきたのは桃の通学用バックだった。桃は今の今まで通学用バックの存在を忘れていたのだ。
「それ、私の?なんで、ノヴァーリスさんが?」
「貴女これ、私の部屋に置いてったでしょ。だから、こうして持ってきたのよ。あと、ここで働くための契約書。名前とか書いてもらうの忘れてたのよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ここじゃ書きにくいし、リビングへ行きましょ。」
「はい。」
そして桃はノヴァーリスの後についてさっきの部屋に戻っていった。
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ノヴァーリスが1人用のソファ、桃が2人用のソファに座り向かい合った。そしてノヴァーリスが再び指をパチンと鳴らしたら2人の間にあるローテーブルの上に契約書が出てきた。
「これが契約書ね。ざっと規約とか読んでから名前、書いてね。あ、そうそう。これ、ここの部屋のカギ。無くさないでねぇ。」
「分かりました。」
契約書に書かれていたのは、労働時間や労働条件などごくごく普通の事が書かれていた。しかし、紙は上等なものを使っているのか、桃が普段手にする事の無い材質をしていた。そして、下の方に名前を書く欄があった。その時、桃はある事をふと思い出した。
「名前ってフルネームで書くんですか?確か私、名前知っちゃうと魂、取られちゃうんですよね?」
「あぁ、それはね。自分の本名を自分の口から声を出して喋らない限り大丈夫よ。だから、安心してフルネームで書いちゃって。」
「なんで、口に出すとダメなんですか?」
「言霊って知ってるかしら。言葉には力が宿るから口に出しちゃいけないの。」
「なんで、力が宿るんですか?」
続く質問にノヴァーリスは苦笑した。そして、また指を鳴らした。すると、湯気の出ている紅茶がノヴァーリスと桃の前に現れた。それも浮いて。
「うわ!え、お茶?」
「少し紅茶でも飲んで休憩しましょ。質問は後でまとめて応えてあげるからね?」
「…はい。分かりました。」
桃は紅茶を1口すする。すると、口の中にバラのような香りが充満した。
「あ、これ美味しい。」
「そう?味の好みは人それぞれだから、合うかどうか心配だったけど合ってて良かったわ。一緒に紅茶飲める人少なくて困ってたのよ。」
「そうなんですか?」
「えぇ、そうね。…趣味が合うのはゼノとカーティとラヴィーニアぐらいかしら。」
「ラヴィーニア?」
「のちのち紹介するわ。私の家族なの。
まぁ、これからも一緒にお茶、しましょうね。」
「はい!」
知らない名前に疑問はあったが、それよりも紅茶の美味しさでそんな事はどうでも良くなった。桃は普段、紅茶を飲まないタイプだった。ペットボトルの紅茶ですら飲もうともしなかったほどだ。しかし、そんな桃でも違和感なく飲めたのは単にノヴァーリスの紅茶のチョイスのセンスが良かったからに他ならない。それに、紅茶の他に出てきた焼き菓子との相性もとてもよく合っていた。
2人はしばらくお茶を楽しんだ。