3品目
桃とホトは2人仲良く手を繋ぎ廊下を歩いていた。
「厨房にはね、カーティが居るんだよ。いっつも美味しいご飯作ってくれるの。でねでね!美味しい、ありがとうって言うと笑ってくれるの!」
「へぇー、優しい人なんだね。」
「目見えないけど、優しいよ!」
厨房について話を聞いたら、コックさんについて教えてくれたが、ホトの情報は少なくよく分からなかった。
2階から1階に降りてすぐの所に厨房はあった。厨房の出入口であろう銀色のドアの前に着くとホトは1本、指を口に当てた。
「ここが厨房。中はホールにも繋がってるからしーっだよ。」
「うん、わかった。」
そう中に入る前に小声で囁きあった。
中は業務用冷蔵庫や大きなシンクなどがあり、その間をコックと思わしき人達が忙しなく動いている。また、端の方には従業員が使うのであろうテーブルや椅子がある場所が区切られており、そこはまるで小さな食堂のようだった。
そこに向かって2人はなるべく音を立てないよう慎重に進むが、前を歩いていたホトの耳が棚の上にあったのだろうコップにぶつかった。
ガッシャーン
落ちたコップは1つだけでなく複数あったようで、予想をはるかに超える大きな音に桃とホトは飛び上がった。
「「うわぁ!」」
「……ホト?と……誰?」
「うわぁぁぁ!」
後ろから急に現れた深緑色の髪で目が見えない少年に、桃はコップが落ちた音が鳴った時以上に驚いた。
「……ごめん。驚かせたね。」
少年は申し訳なさそうにした。
「あれ?カーティだ。ごめんね、コップ割っちゃった。」
「……大丈夫。怪我は、ない?」
「うん。」
「……じゃあ片付け、しよ?…それとキミも、手伝って欲しいな。」
「分かりました。」
それから3人は無言で割れたコップを片付けた。
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コップの片付けが終わり3人はほっと一息ついた。
「……名前。」
「え?」
「名前、教えて?」
カーティに突然話しかけられ、咄嗟に反応出来なかった桃はあたふたしてしまった。
「……僕はカーティ、って名前。……よろしく。」
「今日から働く事になりました、桃です。よろしくお願いします。」
「……。」
「……。」
終始無言の気まずい空気であったが、その空気を壊すのが1人だけいた。
「そうだカーティは、お料理しなくていいの?」
「うん。……もう大体は、すんでるから。」
「へぇー、もう終わったんだ、はやいね。」
「……ホトはいいの?…まだ、他の人達忙しそうだけど。」
それを聞いた途端えっと声を上げた。
「そうなの?うーん、手伝って来るね!モモちゃん、先にご飯食べてて!」
「うん。分かったけどホト先輩はご飯どうするの?」
「後でー!」
そう応えるホトはもう既に、ホールへと繋がっているであろう扉をくぐって行った。
「……。」
「……。先にご飯、一緒に食べよ?」
「…そう、ですね。」
カーティが2人分の料理を持ってきたあと、食堂のような場所に移動した2人は向いどうしに座った。
桃がいただきますを言いその後は黙々と食べるが、カーティはその様子を只々見ているだけで料理に手をつけようともしない。
「あの、どうかしましたか?」
「…ごめん、じっと見てるの嫌だったよね。…ただホトが、人の…女の人に懐いてるの珍しいなって…。」
「え、そうなんですか。そんな風には見えなかったんですけど。」
カーティは途端にしまったというような顔をした。
「……さっきの話は、聞かなかった事にして欲しいな。」
「あっはい。」
カーティは、もうこの話はしないというかのように、さっきとは打って変わってご飯を食べ始めた。なので桃もご飯を食べ進めたが、何も話さない、少し重い雰囲気に耐え切れなかった。
「あ、あの、ここって従業員何人いるんですか?」
「……ここは…何人いるんだろ。」
「え、分からないんですか?」
「……気がついたら…いる人が変わってるし……。それに……たまにしか来ない人が…多いから。分かるのって……多分、ゼノさん……だけじゃないかな?」
しどろもどろになりながらもカーティは桃の質問に応えた。
「……ごめん。…そんなに…人と喋らないから、話慣れてなくて。」
「いや、大丈夫ですよ。私の知り合いに訳わかんない言語を話す人いるので。」
「…そう、なら…良かった。」
それから2人はまた無言でご飯を食べた。
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一方、少し時間を遡った別の場所では。
桃がホトに連れられ部屋を出たあと、ノヴァーリスは何もない空間に向かって話しかけた。
「ふふ。あなた、さっきの話聴いてたんでしょ。ねぇ、モモちゃんってカワイイと思わない?」
「…別に。」
どこからともなく、中性的な声が響いた。
ノヴァーリスはそれに驚く事なく、話を続けた。
「あら、そう?で、今は何処にいるの?」
「今?家にいるけど。」
「じゃあ、頼み事してもいいわね?」
「内容によるよ。」
「モモちゃんの世界、行ってきて。」
「なんで。」
「なんでも。良いでしょ?」
それを聞いた声の人物は、はぁとため息をついた。
「分かった。行ってくるよ、姉さん。」
「えぇ、ありがとう。よろしくね、ラヴィーニア。」
ラヴィーニアと呼ばれた人物からは、パタパタとどこかへ出掛けたような音がしたあと、部屋は何も音がしなくなった。
「ふふ、ふふふ。本当に何時までも変わらないわね。絶対モモちゃんの事気になってると思うのよね、あの子の性格的に。ふふ。」
ノヴァーリスは、ただ1人で笑っている。
「あら?モモちゃんったら忘れ物してるわ。部屋を整えるついでに届けてあげましょ。その後でナツズイセンに手紙を書かなくちゃいけないし、今日は忙しいわね。ふふ。」
ノヴァーリスは桃の忘れ物を手に部屋を出た。
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ご飯を食べ終えた桃とカーティは、ホトを待っていた。
「…ホト先輩、遅いですね。」
「……なんでかな?…あぁ、今日従業員いつもより…少なかったのか。」
「そうなんですか?」
「うん。……いつも4、5人いるけど、今日は、ホト合わせて…3人しかいない。…でも後少しで終わるから、あとちょっと待ってよ?」
「はい。」
桃は会話がすぐ終わり、何とか続けられないかと考えていた。ずっと無言は辛いのだ。その時、厨房に来る前にホトと話していた内容を思い出した。
「あの、カーティ先輩。」
「……なに?…あと先輩は、いらない。」
「え、あ、はい。…カーティさん。ご飯美味しかったです、ありがとうございました。」
それを聞いてカーティは驚いた様な顔をした。その後にっこりと微笑んだ。
「……そっか、よかった。」
そう言ったカーティの両目が髪と髪の間から見え、桃はびっくりした。
カーティは、レモン色と水色のオッドアイの、美少年だったのだ。