2品目
「私の名前はすっむご!」
少女の口はノヴァーリスの手で押さえられ、困惑した。それを知ってか知らずか、ノヴァーリスは目をキラリと光らせ、ニヤリと笑った。
「フルネームはダメよ?どこかで聞いてる誰かさんに魂とられちゃうわ。そ・れ・に。私、悪魔だから名前知っちゃうと食べちゃうかも。」
少女は、背筋がぞわりとした。フルネームを言おうとしていたことを言い当てられたからだ。
「貴方、顔に出るのよ。今もなんでバレたって顔してる。」
ノヴァーリスが考えを読めるのではなく、少女が単純なだけであった。そしてようやくノヴァーリスが口から手を離した。少女はほっと一息ついた。
「じゃあ改めて、私は桃と言います。これからよろしくお願いします。」
少女改め、桃は姿勢を正しぺこりとお辞儀をした。
ノヴァーリスとゼノはニコニコとその様子を見ていた。
「モモちゃんね。やっぱり私の言った通り、いい子で良かったわ。それじゃあ早速だけど、その服脱いで。」
「へぁ?」
桃は戸惑った。ここには男性であるゼノもいるのにと、周りを見渡せばいつの間にかその姿はなかった。
「あれ?ゼノさんは?」
「あら、居ないわね。まぁ、いつもの事よ。それともなに?見られたかったのかしら?」
顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに叫ぶ。
「違います!!」
桃は確信した、これをいじられ続けられると。ノヴァーリスは只々笑っていた。仕方なく桃はしぶしぶ着ていた制服を脱ぎ、下着姿で畳んだ。
「あら、もう脱いじゃったの。ふふ。可愛いわね。」
「胸はある方だと思ってたいです!」
「胸の事じゃないのよ?あら、顔真っ赤ね。ふふ。」
ノヴァーリスは先程の笑いを堪えようと肩を震わせている。が、堪えきれず笑ってしまっている。
「これがここの、貴方の制服よ、モモちゃん。さぁ、着てみて?」
どこからともなく服を出し桃に渡した。
その服はワイシャツにリボンタイ、ベスト、タイトスカートとシンプルだった。何故かサイズがぴったりで少し怖くなった。
ノヴァーリスは制服を着た桃を見て嬉しそうに笑った。
「やっぱりこれだったわね。ホトとは系統が違うから少し迷っちゃったけど、似合ってて良かった。」
ホト?と桃は首を傾げた。ノヴァーリスはあぁ、と言った。
「ホトはね、モモちゃんの先輩よ。呼んでくるから待ってて。」
そう話したかと思ったらパタパタと部屋から出ていった。
(なんかすごい勢いで、すごいところに来ちゃったな。本当に家に帰れるのかな。みんなに会いたいな。ってか、ここで過ごす時間が長い程あっちにいない時間が増えるんでしょ?多分。心配かけちゃうな。)
1人で考え込んでいたらすぐにノヴァーリスが帰ってきた。
「連れてきたわよ。あら?ホト、はやく入ってちょうだい。」
桃が扉を見るとぴょこんと兎の耳が見えた。そして顔が見えたかと思うとチラッとこっちを見て、そろそろと入ってきた。
「君がわたしの後輩ちゃん?」
「多分、そうです。」
「わたしはホト!ここでウエイトレスをしているの。よろしくね、後輩ちゃん!」
ホトは癖のある白髪の、女の子だった。おどおどと怯えた様子だったが、黒曜石の様な目の奥は好奇心で輝いていた。その様子は小動物だからなのかとても愛くるしい。
「私は桃です。よろしくお願いします、先輩。」
先輩と言われたホトはパァと嬉しそうに笑った。
「店長聞いた?わたし、先輩だって!」
「良かったわねホト。これから色んな事を教えてあげるのよ?まず先にモモちゃんの部屋へ案内したらどうかしら。モモちゃん、普通の部屋で大丈夫だったわよね?」
「普通?ので大丈夫です。」
「良かったわ。じゃあホト、任せたわよ。」
「うん。任せて!じゃあ行こっか、モモちゃん!」
モフモフしてる手を差し出しキラキラした目で桃を見つめた。
「はい!」
ホトは小さいからか上目遣いになっており、桃は一瞬でホワホワした気持ちになった。その様子をニコニコしながらノヴァーリスは見ていた。
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2階へ行き、長い廊下を歩く。廊下は少ない光しかなく、人影も全くない。桃が疑問に思ってるとその訳はすぐにホトが説明してくれた。
「ここは従業員専用通路だからお客さんは来ないの。従業員もそんなにいないしね。今は、モモちゃんの部屋って言われたところに案内して、その次に色んなとこも案内するね!」
桃がホトに手を引かれて歩く。まるで絵面は、小さい子に道案内されている大人だろう。実際に道案内されているのだが。
それからさほど歩くことなく、木製の扉の前で止まった。
「ここがモモちゃんの部屋ね!隣はわたしだから何かあったら頼ってね!」
桃の部屋は207号室だった。部屋の中には何故か案内されない。
「部屋はね、今改装中だから入れないの。案内が終わった時には改装も終わってるから安心してね。ご飯はね、無料で厨房で食べれるの。お風呂とトイレは部屋についてるから案内しなくても大丈夫でしょ。あと説明が必要なのは、なんだろ?モモちゃん、気になる事ある?」
「服とかってどうすればいいですか?」
そう、桃が持っている服は着ていた高校の制服と今着てる制服のみ。それ以外は何も無い。
「お洋服はね、多分中にあるから大丈夫だよ!」
「そうですか、ありがとうございます。あと、生活用品はどこで揃えたら.........。」
「それも多分中にあるよ!あとは大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」
何故か全て用意されているらしい。服も、生活用品も。きっと、今桃が着ている制服と同じように全て桃に合わせてあるのだろう。
「部屋の中は後で確認してね!じゃあ厨房行こ!」
「はい。」
そう返事をしたらホトは頬を膨らませて怒り出した。
「もう!さっきからなんでそんなに堅苦しいの?そういうのはイヤ!もっと緩くして!」
「えっ、でも。」
「イヤなのはイヤなの!あっそうだ、わたしに対して態度緩くすること!これ先輩命令ね!」
腰に手を当ていかにも怒ってますという感じだが、全く怖くなく逆に桃は和んだ。
「わかったよ、これでいい?」
「うん!」
態度を緩くした途端ホトは、ほんわりとしたそして、どこか安心したような満面の笑みを見せた。