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魔王と少女と異世界と

 かつて、世界は螺旋であった。


 螺旋のように繋がり、絡まり合い、枝分かれし、さながら一つの木のように繋がり合い、交わりあっていたという。


 しかし、そんな世界は突如として終わりを告げた。


 終末の獣と、それを率いる魔導の王が現れたのだ。


 魔導の王は神の力と反する力、魔導を有し、終末の獣は世界を喰らうことで世界そのものへと変質する力を持っていた。


 強力無比にして無慈悲。数多の世界を喰らってきた獣と王は、世界を喰らうことで己を螺旋の世界の神へと変異しようとしていたのだ。


 世界は抗った。神を遣わし、天使を呼び、精霊を生み出し、獣たちに抗った。しかし、獣たちの力は強大で、世界は次々と呑み込まれていった。


 世界が食われ、もはや螺旋の世界すべてが食われんとしていたそのとき、螺旋の世界を生み出した創造神により一人の女性が降臨した。


 創造神の力を持ち、新たな世界を生み出す力を持つ女性――聖女。


 螺旋の世界は獣たちに食いつくされたが、聖女はその身をもって獣と王を封じ、残された微かな世界の残滓を用いて新たな世界を作り上げた。


 それが今我々が住む世界。無数の世界により構成された、アスフィルドなのだ。








※※※※








 人には、運命、というものがある、らしい。彼女はふと、そんなことを思い出した。


 彼女はいうなれば、いじめられっ子であった。


 生物としてはあり得ない虹色に輝く髪を持って生まれ、名匠により作られた彫刻のように美しい。正に現実離れした容姿を持つ少女は、同性ならず異性からもやっかみの対象となっていたのだ。


 だが、そんなある日少女に転機が現れる。


 異世界転移。人と関わることを苦手とし、漫画や小説などのサブカルチャー文化に浸かり込んだ彼女の身に起きた文字通りの現実離れした現象。


 この現象を受けて、少女は今までの人生から解放されると歓喜する、はずだった。




「はぁ……はぁ……」




 少女は走る。美しかった髪を額に張り付け、汗と涙と、良く分からない体液で全身を濡らしながら必死に走った。


 草木をかき分け、手指を切り血を流しながら、木々に身体をぶつけながら彼女は転がるように走る。


 その背後に迫る、複数の足音。


 彼女と違い軽快に蠢く複数の足音。その軽さは人の命を狩るための音で、それはまるで、彼女が何度か見たことがある、サバンナで草食動物を食べる肉食動物そのものだ。


 そして、この場合の草食動物は――彼女だ。




「はぐっ!? ――ぅ……っ」




 彼女はついに足をもつらせて地面に倒れてしまう。


 慣れない森の中の強行軍。極度の緊張状態、そしてまともに栄養を摂ってない状態での全力疾走。ここまで走れたのが奇跡とも言えよう。


 動かないと、立ち上がらないと。彼女は叫ぶが彼女の口から漏れるのはヒューヒューという笛を吹くような掠れた吐息のみ。一度倒れた身体は二度立ち上がる力を持っていなかった。


 足音が近づいてくる。だが、彼女は芋虫のように身を悶えさせ、なんとか動くことしかできない。


 一センチも動けない、そんな彼女に追手が追いつくのは当然の帰結であった。


 彼女の周囲に複数の足音が響き、低い獣の吐息が彼女を取り囲む。


 囲まれた。少女の心を絶望が染め上げる。


 彼女の脳裏に、今までの彼女の生が浮かび上がる。


 知識だけは知っていた。それは、走馬灯と呼ばれる現象なのだろう。


 虹色の白髪と、名匠の作り上げた彫刻のような身体。彼女は現実離れした姿で世に生を受けた。


 両親との仲は悪く、その容姿のせいで多くのやっかみを受けた。だが、彼女が今まで生きてこられたのは、彼女のことを心配し、護ってくれる祖母が居たからだ。




「――の髪はねぇ、私のご先祖様そっくりなのよ?」




 祖母がいうご先祖様がどのような存在なのかは知らなかったが、皆が忌み嫌い、好奇の目を向ける大嫌いな自分も、祖母が好きだから好きでいられた。


 だが、そんな幸福は長くは続かなかった。祖母が死んだのだ。


 原因は老衰で、でもその笑顔は満ち足りていて。だから彼女は精一杯生きると決めたのだ。


 全ては祖母が安心していられると信じて。


 しかし、それも限界だ。彼女は警戒するように近づいてくる死神を見つめ思う。


 私の人生は何だったのだろう、と。


 あらゆる対策すら意味を為さない現実離れした容姿に悩まされ、集団からも家族からも孤立し、それでも生きてきた私は、何だったのだろう、と。


 運命とは、命を運ぶと書く。私の運んできた命はこんなにもちっぽけで、こんなにも無力で。頑張ってきたのだ。どれだけ頑張っても、頑張っても、それでも、私の運命とはこんなものなのか。ここで、こんな意味の分からないところで、終わるのか。


 悔しい。悔しくて、悔しくて。


 死神が顎を開き、彼女の意識が途絶えるその瞬間。


 彼女は獣の雄叫びと深く包み込むような藍を見た。






※※※






「まさか、こんなところで人と出会うとはなぁ」




 拠点である天幕まで戻った俺は、先ほど拾ってきた少女の身体の傷を処置し、天幕の簡易寝台に寝かしつけた。


 自分の分の毛布がないが、こればかりは仕方がない。見た目の時点で普通の冒険者と違うのだ。あんな板で作っただけの寝台に寝かせて何か言われてはたまらない。


 しかし、彼女は一体何者なのか。俺は焚火の番をしながら拾ってきた少女のことを考える。


 まず、年齢は二十代前半とみて間違いはないだろう。彼女が人種であるなら、恐らく間違いはないはずだ。もしかしたら発育が著しいだけで十代後半の可能性もあるが、いや、むしろその可能性は高いかもしれない。


 その理由は、彼女の格好と彼女の容姿だ。


 使用する魔法や住んでいる環境によって体色や髪色に影響が出やすいこの世界において、くすんでいるとはいえ、光の当たり加減で色の変化する白髪なんてまずありえない。


 次に、彼女の格好だ。


 彼女が身に纏っていた服はお世辞にも、この地平の平原を生きるには向いていない。採取のための籠も、獣避けも何も所持していないなんて、この世界の常識に照らし合わせると絶対にありえないのだ。さらに、彼女の身に纏っていた衣服の素材は、羊毛などとは違う、北の辺境に住む魔導機人たちのものに近い。


 考えられるのは転移魔法の事故などでこの地に飛ばされてきたと言ったところだが、機学繊維で編まれた服は希少価値が高く、早々身に着けられるものではない。


 彼女の服には、まるで軍の高官や学院などの生徒が身に纏うような制服に似た意匠があり、そうしたもの特有の雰囲気のようなものがある。


 ならば転移事故によってやって来たどこかの学院の生徒か? とも考えられるが、それなら杖などの魔法具を所持している筈で、そういったものも見られなかった。


 ここまで考えていて、ふと思いついた可能性がある。


 異世界人だ。螺旋世界が崩壊し、世界が繋がることなくバラバラに分裂した現代だからこそ発生しうる異常。本来交わることのない世界からやって来た来訪者、というのが今考えられる一番信憑性の高い結論だった。


 だが、もちろんこの推論にも穴がある。なにせこの世界は広いし、帝都に腰を下ろして長い俺が知らない間に、新たな学院が建ったりしていてもおかしくないのだ。しかしまあ、どちらにしても彼女が目を覚まさないことには何も始まらない。




「――虹色、かぁ……あいつら今頃どうしてんのかなぁ……」




 虹色の髪。それは俺がこの世で一番愛している夫婦の片割れの色だ。彼女たちと別れて随分と永い時が過ぎた。


 今のところ根源に至るような人物はこの世界には存在していないが、俺の目の届かない他の世界は大丈夫だろうか? てか、そろそろ子どもの一人や二人くらいできたんじゃないだろうか? いや、できてて貰わないと困る。そうじゃないと俺の長年の野望である、あいつらの初孫に魔導を教え込んで史上最強の孫にするという俺の計画が……そもそも、あいつらそういうことしてるんだろうか?


 しまった!! あの馬鹿はそういう行為の意味を最後まで理解してなかったし、彼女は彼女でなんというかあいつと一緒にいるだけで満たされる性質だからふっつーに生活してふっつーにイチャイチャラヴラヴしている可能性があるというかその可能性の方が高いっ!? しまった! これは盲点だった!!


 なんてこった……やっぱり娼館にいかせるなりして性教育を――いや、そもそもあいつが衝動を覚えるのは彼女限定だったし、となるとやはり俺が二人の関係を作っておはようからおやすみまでを設定して提供しておくべきだったか!?


 なんてこった! この俺が、魔導の王たるこの俺がっ!! 初歩的すぎる間違いを犯していたとはっ!? どうする、どうするよ、俺!!


 と、そんなことを考えていると天幕の方から微かな悲鳴が響く。


 おそらく痛みで目覚めたのだろう。俺は焚火から離れ、開け放たれた天窓の扉から中で眠る彼女の姿を確認する。


 どうやら混乱しているらしく毛布を胸元まで掴み上げ辺りを忙しなく見渡す少女。かなり混乱し、興奮状態にあることを察した俺は、とりあえず害意を持っていないことを証明するべく両手を挙げてなるべく優しく声をかけた。




「よ、目を覚ました――」




 直後俺に叩きつけられる悲鳴と感情。衝撃で脳が揺れ、まるでガラスに爪を突き立てるように魂が軋みを上げる。


 鎧の対魔防御力をはるかに上回る、いや、それを無視し直接叩きつけられる感情の波に揺さぶられながら俺は彼女が何をしたのか察知した。




――こいつ、操魂術の――




 しかし、それ以上を考えるよりも先に、負荷に耐えられなかった俺の身体が意識を閉ざすのであった。

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