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婚約者は社長令嬢ッ!?

 高校の入学式を無事終え、春の陽気にも体が馴染んできた四月中旬の朝。俺は学校に向かって一人で歩いていた。


 ……ったく、琢磨と健吾の野郎、普通に置いてきやがって……。いや、まあ、寝坊した俺が悪いんだけどさ。


 ふと腕時計を見ると、いつも通りに登校したら遅刻するような時間を示している。


 ……近道するか。


 普段使っている俺の家からの通学路は非常に効率が悪く、大きく遠回りをする形になっている。しかし、路地裏を通れば、かなり短い距離で学校に辿り着くことができるのだ。それなのに、何故普段は使わないかというと――


「ねえ、君かわいいねぇ」


「俺らと遊ぼうぜ」


 路地裏では、二人のいかにもな感じの男たちが、一人の少女に詰め寄っていた。


 そう、ここは一言で言うなら……治安が悪い。だから、三人で通学するときは基本的に使わないのだ。


「あ、あの……わたし、これから学校がありますんで……」


 詰め寄られている少女は、困りながらも焦っているといった様子で答える。おそらく、彼女も遅刻しないようにと、この路地裏を使ったのだろう。制服から察するに、うちの学校の近くにある、女子高の生徒のようだ。


 ……しかしこの状況は想定外だな。自分が絡まれたなら、どうにでも対処できると考えていたんだが……。


 時間もあまり余裕があるわけでもない。幸か不幸か、向こうは俺に気付いてないようだし、このまま見て見ぬふりをして、学校に向かうこともできるが……。


 ……どうにも自分は、効率のいい人間になりきれないらしいな。


「おい、その子困ってるだろ。やめてやれよ」


 俺は二人の男たちに向かって、言い放つのだった。




 キーンコーンカーンコーン


 学校の一日の終了を知らせるチャイムが鳴る。俺が、終わったーというように、伸びをしていると、


「歩~、帰ろうぜー」


 と、健吾が声をかけてきた。


「よし、帰るか」


 俺は鞄を持って席を立ち、既に教室の扉の側で待機していた琢磨と合流して、帰路に就く。


 俺たちは、登校時の集合場所として使っている、三人の通学路が重なる交差点、つまり、帰路が分かれる場所で別れ、それぞれの家に向かう。


 藤林琢磨とは古い付き合いで、小学校の頃からの腐れ縁だ。もう随分と同じ時間を共有している、気の置けない悪友である。


 佐藤健吾の方は、中学の頃に知り合った奴で……まあ、アホで変態だ。自分も琢磨も、なんでこんな奴を友人に持ったのかと思うことが、多々ある。……まあ、気の置けないという意味では、こいつも琢磨と同じといえなくもなくも……。いや、やっぱ今の評価はなかったことに。琢磨と健吾を同等に扱うのは、琢磨に失礼過ぎる。


「ただいまー」


 玄関の扉を開けると、見慣れない靴が二足あった。客でも来ているのだろうか。


 それならば、余計な音は立てるべきではないなと、自分の部屋に向かおうとしたそのとき――


 ダダダダダダダダダッ


 リビングから母さんが、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。そして俺の肩に手を置き、親指を立てて、


「歩、やるじゃない!」


 ……いや、いきなり訳がわかりません。


「何の話だ?」


 問いかけたのだが、母さんはそんなことはどこ吹く風で、俺の手を引き、リビングへと連れて行く。


 リビングでは二人の客が待機していた。どうも、と軽く頭を下げる。


 俺から見て手前に座っているのは、巨漢と表現するのに差し支えないほどの大男だ。身長は、座っているので正確にはわからないが、百八十代後半ほどだろうか。なんともいえない威圧感を放っている。


 ……よく母さんはこんな人と話していて、飄々としていられるものだ。


 その奥に座っている、俺と同じくらいの年齢に見える少女には、見覚えがあった。


 あの子は、たしか……




 時はさかのぼって、前日の朝――


「おい、その子困ってるだろ。やめてやれよ」


 俺は少女に迫っていた二人の男に対し、睨みを効かせるように言う。


「ああん、んだテメェは」


「野郎はお呼びじゃないんだよ。ひっこんでろや」


 ……まあ、予想通りの反応だ。


 俺は人差し指、中指、薬指と三本の指を立てた手を男たちに向かって差し出した。


「あまり時間がないんだ。三秒くれてやるからとっとと失せろ」


 俺はわざと高圧的な態度をとり、相手の神経を逆撫でする。


「3」


 カウントを始めると同時に、一人の男がこぶしを振り上げる。


「っざけんな、小僧!」


「2」


 カウント同時に薬指を折る。男はこぶしを振りかざしてくる。


「1」


 中指を折るころには、男の拳は面前にまで迫っていた。直撃するか否かの瞬間、俺は体を捌き男の背後に回る。


「0、タイムアップだ」


「このっ」


 男は焦ったように振り返りながら一撃を試みたが、俺はそれよりも早く男のあごに裏拳を叩き込んだ。


 崩れ落ちる男を尻目に、もう一人の男を見ると、光り物(ナイフ)を取り出して構えていた。


 少し挑発しすぎたかも……。


 人は怒りに溺れ冷静さを欠けば、体は力んで動きが鈍くなるし、攻撃も単調になる。それを狙っての挑発だったのだが……。


 まあ、当たらなければ刃物なんてただのガラクタだけど。


 俺はナイフ一本に意識を集中する。ナイフを使うことになれた玄人ならともかく、この手の素人はナイフを取り出した瞬間、ナイフによる攻撃しか意識しなくなる。仮に組み打ちを織り交ぜてきたとしても、突きや蹴りを数発喰らうのとナイフで一突きされるのとでは手負いの重さが違う。


「うらあっ!!」


 男は駆け寄りナイフを突き出してくる。俺は申し訳程度にその軌道から体を逸らしつつ、男の腹部に足刀を叩き込んだ。


 腕と脚とではリーチが違う。さらに相手の攻撃の出頭を狙えばその腕は伸び切らず、こちらに届くことはない。まあ一応、念のためにナイフの軌道上に体を置かないようにはしたのだが。


 男は自らの突進力が加算された俺の蹴りを受け、たまらず倒れこむ。


 さて、一仕事終えたな。思わぬことで時間を取ってしまった。近道を使っているとはいえ、それでも少し急いだ方が良さそうだ。


「あ、あの……」


 踵を返し学校へ向かおうとする俺を引き止めるように声が掛けられる。


「ありがとう」


 振り返ると、男たちに絡まれていた少女がはにかみながら礼を述べた。


 こうして見ると、なるほどあの男達がつい声をかけてしまうのにも得心が行く。声をかける以降の手段はよくなかったが、無理を通してでも彼女とお近づきになりたいという気持ちは分からなくもない。目の前の少女はそれほどにまで可愛い。


「別に礼を言われるようなことはしてないよ。俺があいつらの行動を不快に思ったから対処しただけのこと。君のためにやったわけじゃない。ただの自己満足」


 そう、別に助けを求められたわけでもないし、解決の方法としてすぐに武力を行使するのは褒められた行動でもない。自分勝手な行動。感謝を求めての行動でない故にお礼の言葉はくすぐったい。


「それでも、感謝してることに変わりはないから」


 彼女はまっすぐな言葉を俺に向けてくる。


「そうか」


 俺は早く登校しないと遅刻するという考えを自分への言い訳にし、そのまま立ち去ろうと、そのくすぐったさから逃れようとする。


「わたしは橘立夏、あなたは?」


「俺は立川歩。別に覚えてくれる必要はないよ」


 それ以上彼女と顔を見合わせることはできず、俺は学校へ向かった。




「橘立夏さん……だよね。どうしてここに……?」


 昨日の出来事を思い出し、その名前を口にする。


 どうしてという疑問に対し、橘さんは恥ずかしそうに顔を伏せ、母さんはニマニマ、大男の方は……何を考えているのか表情からは読み取れない。


「正直状況がよく分かってないんだけど」


 俺は母さんがいつの間にやら用意していた俺の分のお茶を口にしながら説明を要求する。


「実はね、歩、あなたに婚約の話が来てるの♪」


「ブッ!」


 母さんの嬉々とした報告を受け、俺は口に含んでいたお茶を噴き出した。


「ちょっと、汚いじゃない。今はお客さんもいるのよ」


「いやいやいやいや、確かにお茶を噴いたのは悪かったけど、今特筆すべきことはそこじゃないだろ!婚約ってどういうことだ!?どうしてこうなった!?」


 ギャグ口調が介入するなんて案外余裕を持ってるな、俺。なんて無意味に客観的になってみたり。


「それについては、私から話そう」


 今まで沈黙を貫いていた大男が口を開いた。


「私は橘勇。立夏の父親で橘コンチェルンの社長を務めている」


「橘コンチェルンって……」


 世間に疎い俺でも知ってる世界有数の超大手企業じゃないか。


「つまり、立夏の夫となる男が橘コンチェルンの跡取りに最も近い存在になるわけだが……」


 俺の驚きをよそに橘父は話を続ける。


「立夏との縁談を持ちかけてくる者は皆、橘の富を目的とする低俗な者ばかりだ」 


 ……なるほど、話が読めてきた。確かに父親としてはそういった人物に娘のことは任せられないだろう。だからと言って、俺に白羽の矢を立てるのはどうかと思うが。


 しかし、橘父の口からは、俺の予想と全く別の言葉が出てくる。


「そんな人間に会社は任せておけん」


 その言葉を聞いた途端、俺の心はざわめいた。こいつは今何と言った?娘を差し置いて心配するのは会社のことだけなのか?


「聞けば、君は昨日立夏を救ってくれたそうじゃないか。しかも自分の利益を度外視してだ。目前の利に突き動かされるわけでもなく、己を貫ける、そんな人材が私は欲しい」


 紡がれる言葉を聞くほどに、心のざわつきが大きくなっていく。


「だから、是非君のような人間に――」


「断る」


 これ以上聞くことは耐えられず、俺は話を遮るように言い放った。

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