実況ちゃんだって闘いたい!
「では先ほどの試合をざっと振り返りましょう。多種多様なガス攻撃を放ち、この闘技フィールドを制圧しにかかる西崎選手。その猛攻に対するおに……湯浅選手の採った策はこうでした。まずお互いに視界が効かなくなるまでひたすら逃げ続ける。フィールドがほぼガスで埋め尽くされたところで、爆発的な赤い熱風を全方向に放つ予備動作の長い大技「真っ赤なオーラ!!!」で全て吹き散らしつつ爆発も誘引。そして間髪を入れず、一試合に一度しか使えない彼の必殺技を! そう、あの、手にしたフランベルジュの刀身を巨大な炎の蛇に変えて音速で撃ち出す『焔の蛇が相手を喰らってしまうのだ』です!! 西崎選手は不自由な体勢ながら反応よく横っ飛びで回避しようとしましたがあえなく直撃、リングアウト。お見事でしたね! 以上、学園内武闘大会『白蓮の冬宴』3回戦第5試合でした。次の第6試合は昼休憩を挟んで、午後1時から開始します。実況はわたくし、高等部1年の湯浅美来。解説は中村先生でお送りしました。中村先生、ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました。またよろしくだねえ」
「貴方たちの星に異形の侵略者がそのうちやってくる。我々の権能を遺しておくので貴方たちは生き残ってほしい」という概要の手紙と、権能の素になるものが詰まった種。その二つが、もう侵略を受けて滅びゆく星の人たちから地球に届いたのが5年前。そのとき、地球上の約5人に1人が権能に目覚めました。特に若い子が目覚めやすかったみたいで、侵略者に対抗できる人材を育てるため、すべての都道府県に1,2校ずつ中高一貫制の学園が創立されました。
わたしが通っているのはその中のひとつ、千葉白蓮学園。ここで、年2回の学園内トーナメントをはじめとして多くの試合実況を任されています。もう一年近くやっているというのに、今でも悩む毎日です。でもこうやってひと仕事、終わりました。終わりは、しました。
「……うぅ」
頭の中で上手くいかないなあが積み重なって、思わず実況席に突っ伏してしまいました。ぷしゅうううって音がしそう。
だめです。伸びをします。リラックスします。しなきゃいけません。はい。だって、始まれば何とか慌てずに喋れるようにはなっているはずなのに、毎回緊張してしまう。声がとっても硬くなる。それはとてもよくないことだからでもどうやって直せばいいんだろうやっぱり場数をこなすしかないのかな。
……落ち込んでしゅんとなると、なかなか戻ってこられません。権能に目覚めた人の頭には何か植物が咲くのですが、きっとわたしの白いスズランもしゅんと萎れているはずです。今回は、間違ってお兄ちゃんって言いかけてしまったのも重なっています……そうだ、お兄ちゃんだ。去年この会場で見た、まだ1年だったお兄ちゃんが上級生さんを炎と熱と知略で次々焼き払っていく快進撃。あれがあったから、わたしはこの学園に入りたいと思って。競技として権能で闘うことに憧れて。
普段眠そうな目をしてるお兄ちゃんのかっこいい姿を、わたしが憧れた姿を、伝えられる機会だったのに。今の試合もすっごく冴えてたのに!いえ、実況はどちらにも公正じゃないといけないのは、わかっているんですけど。とにかくあの声じゃ。あの言い方じゃ。あの勢いじゃ!
――未だに好きにはなれてない実況のお仕事をしている意義でさえ、今のわたしじゃ全っ然……!
「大丈夫かい?」
「はうっ! あっ……んぐっ、はい! 大丈夫……です」
さっきまで一緒に実況解説をしていたんですから、中村先生が横におられるのは当然で。すっかり失念していました。迷彩柄のデニムジャケットにもじゃもじゃ頭の先生が、いつもの人懐っこい顔で見下ろしてきます。ああもう、気楽な雰囲気の面白い人なのはわかっているのに、わたしときたらもごもごもごもご。考えてることはたくさんあるのに。心の中だけおしゃべりさん……ってちがう! 今は先生に話しかけられてるの! 落ち込むの禁止!
「まあ、明るくいこうよ。君の声はみんなの力になっているんだから、うーんと自信持って大丈夫さ。うん、君はみんなに愛されている。だから、どうかこれからも、今のような存在であってほしいと思うな」
「……ありがとう、ございます」
そっか……やっぱり、落ち込んじゃうな。
きっと先生は、わたしを元気づけようという純粋な気持ちでそうおっしゃっています。いつものわたしに戻ってほしいと。本当にそれだけ。でも、それじゃ満足いかないんです。わたしはわがままだ。
「明日もご一緒するんだったか。よろしくね、実況ちゃん」
「あ、あのっ……」
「ん? どうかしたかい?」
「あっいえ……その、気になさらないでください。明日もよろしくお願いします」
「うん。じゃあまた」
先生に限らず、そう呼ばれる度に今日こそは言わなきゃと思うのに。勇気がどうしても出せません。遠ざかっていくがっちりした後ろ姿を、ただぼうっと見つめていました。
昼ご飯を食べなきゃということに気づいたのは、先生の姿が曲がり角の向こうに消えたあとのことでした。『白蓮の冬宴』には大勢の方が観戦にいらしているので、売店も食堂もきっと大混雑でしょう。迷いましたが、ショルダーバッグを持って急ぎ売店へ向かいます。
たかたかと早足で進んでいると、時たま声がかけられます。
「相変わらず実況ちゃんの声には、心が清められる響きと、それでいて内側からふつふつと突き動かされるような芯がある。さながら神楽鈴のようだ」
「西崎が『ネーミングセンスが泡吹いて死んでるお兄さんに負かされて残念だけど、君の声のおかげで身体がよく動いた。ありがとう』だって!」
「今日も癒し系だねえ、実況ちゃん!」
うぅ……
「実況ちゃん」
「実況ちゃん」
「実況ちゃん」
やっぱり、今日もそうだ。きっと明日も、あさってだってそうだ。
――誰にも悪気なんてない。それでもわたしは、そろそろ我慢の限界です。
ぐちゃぐちゃな気持ちをできるだけ顔に出さないように売店に向かってオムライス弁当を買い、寮のわたしたちの部屋に駆け込みました。
まず荷物をこたつの上に置いて、深呼吸をします。すぅ……はぁ……
続いて、今までのもやもやを全部、心の中でですけど吐き出しましょう。さんはいっ。
……ああもうほんっと頭にきたん! 猫も杓子も右も左も、みーんな揃って「実況ちゃん」! わたしの名前は湯浅美来! しかし本名は呼ばれもしない!
あれなんで下手っぴなラップみたいな言い方――言ってないけど――したのかな、わたし。しかも呼んでくれる子、家族とか親友とかでちょっぴりいるのに。でもとにかくそういうことなの。わたしだってみんなと、お兄ちゃんと同じでかっこよく闘ってみたいんだ!! ちょっと怖いけど、でも強い人たちと闘って負けて特訓して強くなって勝つのは、とても楽しいんじゃないかなと思う。お兄ちゃんが一番楽しそうなの、そういう話するときだし。実況で上から見てても、すごい試合は見ててわくわくする。美しいとすら思う。
なのに……なのに! わたしの声がやる気の沸いてくるいい声だって理由で、入学してからずっと実況をさせられてて試合に出させてくれない! 生徒ならだれでも出られるのに。確かに、声を褒められるのも闘うみんなの力になれるのも嬉しいよ。それに、わたしの権能は基本的には癒しと自他強化の力だもん。それはわかるの。でもね、だからと言って戦う資格がなくなるわけじゃないよね! それに、私の権能にはもう一つの姿がある。そっちは戦うための力なんだよ……隠してるわけじゃ全然ないのにみんな忘れてるけど!! 「実況ちゃんの権能ってその声だよね?」って言われたりするけどあれは自前なの!
さっぱりまとまってないけど……わたしに役割を押し付けないで!! 実況として以外のわたしも見て! お願いだからしたい事させてよおおおおお!!
ふわぁ……勢い任せでうーってなってたら、なんだか疲れて眠くなってきちゃった。あと自分が嫌になってきちゃった。言いたいことも言えないわたしが悪いんだ。わかりきってた。
強い子になりたいなあ。心技体、全部。あっ瞼が、まぶたが閉じてく……寝ちゃ、だめ……
「美来いるよね!」
「ふぎゅ!?」
えと、やった、寝ずに済んだみたい……じゃなくて! この声は……そうだ夏凛かりんちゃんだ。オレンジがかった明るい茶髪に引き締まった体つき。髪色と同じくらい焼けた肌。わたしの右手をぎゅっと握ってる、あったかくて大きな両手……うん、ルームメイトの小木曽夏凛ちゃんだ。
「よくない予感がしたから心配して来たんだよ」
「わかるの!?」
予感も、場所も。
「『自称・美来の大親友』の名にかけてね! で……何かあった?」
「自称じゃ、ないよ。でね、あったというか何というか……そうだ」
あの時は聞き流しちゃったけど、渡りに船な話があったんでした。自分の意志でみらいを変えなきゃ。軽く目を閉じて、覚悟を決めたら言います。
「夏凛ちゃんのおじいさん、つい最近権能持ちの人のための道場を始めたって言ってたよね?」
「うん。あの歳なのに行動力がすごい」
「あのね……そこに、通ってみたいの。夏のトーナメントに出してもらえるだけの強さがほしいから」
ただの実況ちゃんで、終わりたくないと思えたんです。




