復讐はデスゲームから
「やあ。よく来てくれたね。私は君を歓迎しよう」
さほど広いようには見えないこの部屋で、僕に語りかけるその声は不思議なほどによく響いた。
声の主は、燕尾服を身に纏った不思議な違和感を覚えさせる青年。
一見すれば恐ろしいほどに歓迎されているように見えるが……
目の奥に確かにある、無機物を見るかのようなそれは、何かよくないものを感じさせた。
そして、この予感は見事に的中する。
この青年との出会いは……地獄と形容するのも生温い、まさに悪夢のようなゲームの幕開けを意味するのだった。
* * * * *
壁に身を預けつつ考える。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
1日?
2日?
それとも、まだ1時間も経ってない?
いや、今はそんなことはどうでもいいか。
なんとか生き延びるんだ。
ふと、自分の手に握っているものを見る。
それは、一般に拳銃と呼ばれるもの。
無論、僕のようなただの学生が持っていていいものじゃない。
正直言って、未だに僕にとってこれは色々な意味で重すぎる。
僕だって、普通ならばこれを進んで手にしようとは思わない。
でも、どうしようもなかったんだ。
これを手に取らねば、死にかねない。
だから、僕はこれを手に取った。
どういう仕組みなのか、こいつは常に最善の状態で保たれる。
それは、弾もだ。
特段こう言ったものに対する知識がない僕にとっては、ありがたいことだった。
「ん……?足、音……っ!?」
右の方だ!
今から移動して逃げ切れるか?
……いや、無理だな。
また勝てるっていう保証はどこにも無い、けど。
「やるしか無いか……」
そうと決まれば行動は早い方がいい。
改めて拳銃を握り直した僕は、奴が来るであろう曲がり角に背をつけて息をひそめた。
自分の心臓の早くなった鼓動に聴き慣れてきた頃、そいつはやって来た。
視界に入るのは人型をしたナニカ。
まさに“異形”。
奴は僕に気づく事なく歩いていく。
でも、ここで引き金を引くのを躊躇っては駄目だ。
あれは人間じゃ無い。
あと数秒もすれば気づかれる。
その前に……!
銃口を向け、引き金に指を。
そのまま何回も、執拗なまでに引き金を引く。
劈くような銃声に、目に刺さるような銃口炎と、腕に負担をかける反動。
それに血飛沫と漂う硝煙の香りが合わさって、正に気分は最悪。
だが、直ぐに奴は動かなくなった。
それを見て安堵の息を漏らしつつも銃を下さない自分に、ついつい自嘲の笑みを漏らす。
「僕もずいぶん慣れたものだね……」
これで殺したのは何体目だろうか。
もちろん、最初は躊躇いもあった。
けど、そのせいで死にそうな目にあった。
それ以来躊躇はしていない。
「っと、移動するべきか……?」
さっきの銃声で居場所がバレた可能性がある。
安全第一だ、移動するべきだろう。
「よし、行くか」
独り言ちると、僕は移動を開始した。
移動しながら考えることはただ1つ。
僕が平穏な日常に戻るためには何をすべきか、ということだ。
まず、この状況に僕を追いやった人物に関しては想像に難くない。
あの燕尾服の青年だ。
彼は、状況の把握が全くできていない僕に銃を渡しながらこう言った。
「まぁ、せいぜい頑張ってね」と。
なんとかこの状況を切り抜けた暁には絶対に問い詰めてやる。
……まぁ、切り抜けたら、だけどさ。
どうやら、考えながら歩いてるうちに広間に出てしまったようだ。
それも、奴らが大量にいる広間に。
「……はは、ははは」
思わず乾いた笑いが出る。
まぁ、諦めるわけじゃあないけど。
ゆっくりと後ろに下がる。
視線を外さず、ミスをしないように。
慎重に下がっていく……
「……はぁ、なんとか逃げ切ることができた、のか?」
少なくとも、視界内には奴らはいない。
なんとかなったみたいだ。
「ここまで道は一本道だったし、向こうは駄目だった。取り敢えず、後ろの方に行って分かれ道があればそっちに行こう」
そうと決まれば、あの広間の奴らがこっちに来る前に行ってしまおう。
それを実行するために振り向いて俺は……呼吸を忘れた。
「あぁ……」
目の前にいるのは、今直ぐにでもこちらに飛びかからんとする三体の怪物。
とうとう運を使い果たしたか。
だが、それでも。
「ただで殺られる訳には、いかないっ!」
自らに発破をかけて、照準を簡単に合わせて連射する。
「うおおぉぉっ!」
声を上げてなんとか自分を奮い立たせ、まずは一体。
倒れ伏した後の事は気にせずに、直ぐに二体目にかかる。
なんとか飛びかかられる寸前のところで、倒すことに成功した。
……が、三体目が見当たらない。
まずいな……まさか!
「後ろか……がはっ!」
いきなり体を襲った衝撃に、受け身も取れずに地面に倒れこんだ。
駄目だ、駄目だっ、ここで殺られるな!
必死で手で押さえる。
「こんな、こんな訳の分からない場所で死んでたまるかぁ!」
なんとか取り落とさなかった銃を、自分に弾が当たることも厭わずに放つ。
耳元で銃声が鳴り響き、片耳が使い物にならなくなった。
その上、銃口炎のせいで火傷。
更に、片目をかすめて行った銃弾は、怪物を抑えていた掌を貫いて怪物に突き刺さった。
必死で痛みに耐え、全てを放り投げて叫びたい衝動をなんとか沈めて、もう一度銃弾を放つ。
先ほどの捨て身の攻撃で怯んでいたおかげか、その銃弾はすんなりと怪物を貫いて行った。
追加で弾を食らわせてやれば、とうとう完全に沈黙した。
「はぁ、はぁ……やった、やった、ぞ」
だが、正直言って今の僕は、気絶してないのが奇跡のような状態だ。
なにせ、右の耳が聞こえず、更に火傷。
右目だって未だに血が止まらない。
左手には風穴が空いている。
もちろん、そこからの流血だって阿保みたいな量だ。
半分諦めながら、もう半分では全力で死に抗っている。
だが、その努力も虚しく、意識は闇に沈んでいく……
「はぁ、これはもう、駄目、かなぁ……」
そんな瀬戸際で、僕はこちらに歩いてくる影を見た。
希望が持てるかもしれない。
そんな安堵の感情と共に、僕は気を失った。
* * * * *
「……っ、ここは」
僕は、意識を浮上させた。
「おー、起きたか?いやー、あんた、随分と無茶したみたいだね」
……状況から察するに、僕はどうやらこの声の主に助けられたらしい。
「どうやら、助けられたみたいだね。ありがとう、僕の名前は影士だ」
「おっと、ご丁寧にどうも。あたしの名前はルカだよ。よろしく」
……その後、ルカから聞いた話をまとめると、どうやらルカもここに意図せず来てしまった類らしい。
それから、あの怪物は基本的に、脳の中枢にあたる部分を破壊されると直ぐに沈黙するようだ。
今まで僕は無駄に引き金を引いていたということになるが……まぁ、それを知ってたとしても狙えたとは思えないし、良しとしておこう。
後、途中で僕が見た怪物がひしめく広間が、あの怪物を生産している場所らしい。
……素直に危なかったな。
よく逃げ切れたものだ。
と、そんな調子で話題を共有していく内に、僕たちはいつの間にか打ち解けていた。
途中で怪物にも遭遇したが、彼女は近接戦を好むようでコンビネーションは抜群だった。
それは、少しばかり時間が経った頃に起こった。
僕達は、いつも通りに二人で探索をしていた。
ルカが突然立ち止まった。それ自体は珍しいことではない。
怪物を発見した時なんかも、基本はそうだからだ。
しかし、今回に限って言えばいつもと違う部分があった。
手足が、僅かに震えていた。
「ルカ?」
怪訝に思いルカの先を覗き……僕は納得した。
そこには、件の燕尾服の青年が立っていた。
それも、圧倒的なプレッシャーを持って。
「やぁ、久しぶりだね。エイジ君に、ルカ……いや、“神討ちの巫女”」
その青年の言葉に、僕は困惑するしかなかった。
“神討ちの巫女”?
なんだ、それは。
「エイジ君、私は君にとても感謝しているんだ。この忌々しい巫女を引っ張り出してくれたから」
青年は、全く感情の籠っていない声でそう言った。
それから、青年は続けてこう言った。
「だからね、君には、せめて苦しみの無い死をあげようと思うんだ」
次の瞬間、僕は宙に咲く血の花を見た。
僕の血じゃ無い。
ルカのだ。
倒れ伏したルカを見て、僕は呆然とする。
その間にもルカの体からは血が流れ出ていく。
「おや、意外だね。エイジ君のことがそんなに大事なのか。まぁいい。順番が逆になっただけさ」
……速すぎる。
全くもって見えなかった。
このままでは、駄目だ。
なんとか、なんとかしないと。
そう考えている途中のことだった。
青年が視界から消失し、次の瞬間には腹部に強烈な違和感があった。
「……ごふっ」
口から零れた血を眺めながら、僕はどこか他人事のように考えていた。
「あぁ、僕は、僕の人生は。こんな風に使い捨てにされるような運命だったのか」と。
そうすると、次第に怒りが奥底から溢れ出してきた。
だが、そんな心情とは裏腹に僕の体は、力を失い地面に崩れ落ちる。
……でも、それがどうした。
「誓ってやる。僕は、この体が尽きようとも、魂が朽ち果てようとも、お前を殺してやる。絶対に、絶対にだ!」
その誓いは、青年が立ち去り、血にまみれた僕とルカだけが残る通路に虚しく響き……
やがて、ルカの体から熱が消えていく。
それからしばらくもしないうちに、僕の意識も深い、深い闇の奥底に沈んでいった。




