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勇者一行(with通訳)は魔王と一緒に、言語統一に勤しむそうです

「魔王よ! 降伏する意思は無いかッ!」




 勇者アキレイは高らかに吠える。伝説の甲冑を身に纏い、彼は聖剣を振りかざす。彼の頰には切り傷が目立ち、左腕は血で染まっている。






「______降伏するのはそちらだ、勇者よ。そなたの勇は愚者の蛮勇。無駄な殺傷は好まぬ」




 巨大な玉座に腰掛けた、魔王テュポンが地響きのような唸り声を龍頭から吐き出す。様々な怪物を寄せ集めたような外見をした魔の王は、禍々しくも威厳がある。流石は魔族の頂点だ。




「…………おい、ラング」




 アキレイ様はそっと、私の名前を呼ぶ。他の仲間たち______剣士、魔術師、旅芸人。他の仲間たちも同様に、戦いに傷つきながらも私を見据える。






 ああ。私のするべき事はわかっている。




「えっとですね。魔王は、『降伏するのはそっちの方だ!』と言ってます」






「何ッ! 貴様魔族の分際で!」




 気性の荒い剣士が、歯をむき出しがなり声をあげる。




「…………せっかく文法の難しい龍語では無く、知恵の回らぬゴブリンどもでさえ扱える魔族共通語で話しかけてるというのに、理解できるのはそこの小娘だけか。勇者一行が聞いて呆れる」






「……なあラング。あいつ何て言ってる?」




「えーっとですね。『魔族共通語わかるの一人だけか』って」




「……こっちはエルフ語とか! 古代語とか! 必修科目大変だったんだよ。魔族共通語とかマイナーな講義受けてないっての」




 微妙に冷たい空気が流れる。




「……お前、勇者的にどうよ。こっちは人間族に言葉合わせられるってのに、何でお前魔族共通語覚える努力しなかったかなぁ」




 魔王がはぁ、と溜息をつく。




「だからラング、あいつなんて言ってる? なんか大事な事言ってない?」




「えーっとですねアキレイ様。人間として大事な事言ってますわ」






 どうやら魔王テュポンはこちらの言葉が解るらしい。


 多種族国家の多い文明人達(ヒューマン)の間では、使用人数の多い英語、エルフ語などの識字率は高い。だが反対に、魔族への嫌悪感もあってか、魔族共通語は深刻な使用者不足に陥っているのだ。




 そんな中、全ての言語を習得した唯一の人物である私は、通訳として名誉ある勇者一行に加えて貰えることになったのだが……。




「いや、そもそも魔族語は教師が足りなくてですね」


 私は龍語で魔王に語り出す。はたから見たらガウガウ言ってるだけだが。




「教師役の魔族は居ないの?」




 おそらく魔王の母国語は龍語なのだろう。懐かしい言葉を聞き、途端に肩の力を抜いた魔王は、フランクに語りかけてくる。最初の蛮勇云々はどこへ行ったのやら。




「今のところ居ません。文法は文献から探れますけど、発音は独学じゃないと」




「あ、そう? あんた発音綺麗よ」




「ほ、本当ですか!」






 取り残された勇者一行は、お互い顔を見合わせて


「……あいつ何喋ってるの」




「まあ、険悪ムードじゃないのは解る」




異形の魔王と何やら話し込む少女を眺めていた。




「……時に小娘よ。ああすまぬ、時にラングよ。何故お主らは我らに害を為す。我らは影。光がある限り、必ず生じる世界の負だ。お互い住み分けることは出来ぬのか?」




 突如英語で語りかける彼を見て、私は、はたと気付く。




 この王は、たとえ魔族でも王であり、自らの民が傷つく事を良しとしていないのだ。




 確かに、今まで幾度となく戦争はあった。だがそれらの大半は『文明人による魔族掃討作戦』が発端。魔族の側から大規模な戦争を仕掛けてきた例は数える程だ。




 もちろん小さないざこざは有って、死傷者が出ているからこそ魔族は敵視されているのだが、そういう場合(ケース)にしたって、山奥に入った盗賊などが魔族をけしかけた場合が多い。




「私たちは、時に貴方がた魔族によって命の危機に晒されます」




 私も言語を英語______人間族の共通語に切り替える。






「私の両親も、暴走した魔族に襲われて亡くなりました。そんな人は至る所にいて、皆怯えて毎日を過ごしています。そんな不安に押し潰された世界に希望を導くのが、私たちの使命です」




 一瞬、魔王の表情が強張ったような気がした。






 そこで、そうだとアキレイ様も声をあげる。




「世界に光を照らす。そのため、俺はお前を討つ!!」




 彼の声に呼応するように、旅の仲間たちもそれぞれ武器を構え出す。






「……我はな」






 魔王の口から、か細い溜息が零れだす。




「親戚縁者、みな文明人どもに殺された。我々が住まいとしていた洞窟から、希少な宝石の産出すると判ったからだ。だがこちらに抵抗の意思は無く、馴れ親しんだ家を手放す覚悟もあった。命より大事なものは無い」




 彼の口調は低く、厳かで、思わず私たちは聞き入ってしまった。




「だが、運良く外出していた私が()に帰った時、そこには無残な死体が転がっていた。鱗や爪、それに心臓を素材として(・・・・・)抉えぐられて、だ」




 そう言って突き出した指の先は私の鎧______龍皮のコートだ。




 心臓を素手で掴まれたかのような感覚。






「自暴自棄になった我は、手当たり次第に文明人を殺すようになった。それぞ狂ったように商人や旅人を爪で屠り、家族を殺した鉱夫どもも探し出して喰い殺した」




 両親の死亡記録が脳裏をよぎる。様々な怪物が合わさったような外見の魔族に襲われ、亡くなった_______________。




 私は弓を下ろす。他の仲間たちも、一人。また一人と武器を下ろす。




「だが気づいたのだ。彼らにも家族が居る。我が悲しみのまま牙を振るえば、同じ悲しみを背負う者が増える、と」






 それは真理よ、と魔術師が口を開ける。彼女も親類を魔族に殺されたと聞く。




「でも、一方が他方を駆逐するしか道はないわ」




 ______この場に居る者は皆、私怨に突き動かされている。私はふとそう思った。私たちは魔王討伐の大義を負っている。だが、大義名分は罪を功にし、私情を覆い隠す。




「だが我はあの日悟ったのだ。エルフの幼子に手をかけ、その返り血を浴びたあの瞬間、我はこれ以上の殺しは重ねないと誓った。他言語を学び、叡智を蓄えた」




 ______誰もが死にたく無い。ならば、話し合えば良いのでは、と。




「魔族の奴ら、一人殺せば他は逃げて行きやがる。アレも死ぬのが怖いって思ってるからなのか?」




 剣士がぼそりと呟く。〈魔殺し〉の異名を持つ彼にとっては、耳を塞ぎたい話だろう。




 魔王は何も言わない。無言が最大の肯定だと言わんばかりに。






 私にとっても息が詰まる話だ。


 せっかく魔族語を学んでも、それをゴブリン相手にさえ使おうとしなかった。入手した文献を読むためだけにそれを使い、話し合いの場を設けようともしなかった。






 他の選択肢を持たなかったのは、単に私が馬鹿だったからだ。




「たとえ魔族が滅んでも、今度は文明人同士で争うだけだろう。お主らは我ら魔族という『敵』の前に団結しているに過ぎない」




「それは否定しないな」


 旅芸人がぼそりと呟く。




「…………だが魔王よ。我々がそなたを討たなければ、国が黙ってはいない。大規模な掃討計画を練るのは目に見えている」




 それは双方に犠牲を産む。アキレイ様は、そう締め括った。




 それを聞くと魔王はもぞもぞと身震いし、玉座より浮き上がる。




「そこで我から提案がある。『バベルの書』という物を知っているか?」




 首を横に振る私たちに、魔王は続ける。




「神代に封印されたという『バベルの書』は、開かれれば全ての言語が統一される(・・・・・)と聞く」




 言葉が伝われば、棲み分けが出来る。




「______その本が、存在するという証拠は?」


 勇者は尋ねる。




「信じるか否かはお主ら次第」




「何故お前は捜索しない。魔王ならば、その影響力で探し出すのも容易であろう!」




「魔王軍に穏健派は少ない。殺戮のみを好む者達は、隙あらば我をこの玉座から引き摺り下ろそうとしている」




 表立っては動けぬ。だがバックアップ程度なら出来ると、かの王は言う。




「どうだ。お主らにとっても悪い話ではあるまい」




 私たちの間に沈黙が流れる。経緯はどうあれ、皆、世界の平和を望んでここに来た。魔族全てが戦いを望んでいるわけでは無いと判った今、私たちは何をすべきか_____














「…………受けましょう」


 私は小さくそう呟いた。これは、今までの贖罪。




「おいラング正気か!?」


 戸惑う仲間たちに、私は語りかける。




「私たちは正義の旗の元に集いました。その正義は、その幸福は、万人に等しく与えられるべきです」




「……アキレイは? どう思う」


 旅芸人が聞く。




「…………悪く無い話だと思う。魔王が俺たちを騙そうとしてるんじゃ無けりゃな」


 アキレイ様はそう答え、魔王を見つめる。




「本当に、それで平和は訪れるのか?」


魔王は厳かに頷く。


「ああ、その後はこちらも努力する。我が名はテュポン。魔王の名に賭けて、だ」




「俺は〈勇者〉アキレイ。良いぜ、やってやろうじゃねえか」


 アキレイ様は好戦的な笑みを浮かべる。だが、その眼には好奇心で満ちている。




「……私は、私は〈訳者〉ラング」


 私も、まけじと声を張り上げる。




「はぁ……ったく。俺は〈剣士〉ムラマサだ。以後宜しく」


「私は〈魔術師〉シャルロッテ」


「なに、自己紹介する感じ? 僕は〈旅芸人〉ジャック」




 口々に名乗る私達を見て、魔王は小さく笑う。




「それでは各々、覚悟は良いか。言語の壁を破る時だ」










 ______これが、全ての始まり。

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