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ペテン師は賽を振らない

「なぁ、あんた。この世に『運』って存在すると思うか?」


「は?なんだ突然。揺さぶりのつもりか?」




 とある場末の賭場。その中でも奥まった人気の少ないテーブルで2人の男がカードに興じていた。




「いいから答えてくれよ。単なる暇潰しだ」


「けっ、退屈な相手で悪かったな。次こそ吠え面かかせてやるから覚悟してろよ」




 目深に被ったフードの青年の隣にはカラフルなチップが小山になっており、対する身なりの良い男の隣には空になった酒瓶が転がるだけでチップは1枚も残っていない。




「くくっ。あんたには聞くまでもなかったか。なにせそんな万が一を信じて俺に全財産を巻き上げられかけてる最中だもんな」


「うっせぇ。この勝負に勝てば今までの負けを取り返してお釣りが来るんだ。俺はここ一番の勝負運は強いんだぜ」




 赤ら顔の男の隣には確かに1枚のチップも残っていないが、代わりに場には大量のチップが賭けられており、この男が残りのチップの全てをこのゲームに賭けているのがうかがえる。




「そうだな。例えば―――」




 フードの下からへらへらとした薄ら笑いを覗かせている青年がなおも言葉を続けるも、男は既に青年の相手をすることを止めて手札の交換を行い、望んだ通りのカードを引けた事に思わず口の端を吊り上げ……




「―――そのストレートフラッシュも『運が良かった』からだと思うか?」


「なっ!……んの事だか分かんねぇなぁ。俺にはサッパリだ」




 心臓に氷を差し込まれた様な強烈な悪寒が全身を駆け巡り、青年にそれを悟られぬよう必死に抑え込んだ。


 もっとも、慌てて取り繕った外面は穴だらけで青年の笑みを深めるだけに終わったが。




「くくっ。まぁ、今はあんたの役が何であろうと関係ねーんだ。


 そうだな……例えば、今この瞬間にあんたがそのカードを引く直前に時間が巻き戻ったとしよう。その場合、あんたの手札は今と変わっていたと思うか?」


「……いや、それは変わらないだろう。引く直前に戻って何度引き直そうが一番上のカードは変わらないからな」




 青年の相手をすることを止めたはずの男が、青年の言葉を聞き入れ、思考を巡らし、返答をする。


 これは、場の主導権がもはや変える事が叶わぬほど決定的に青年の手に握られた事を意味していた。




「その通り。つまり、あんたがカードを引く直前にはあんたの手札は確定していた訳だ。ならばカードが配られた直後ならどうだ?そこまで巻き戻れば違う手札になると思うか?」


「それは……いや、配られた手札が変わらないなら俺は同じ行動をする……のか」


「That's right。その通り。カードが配られた段階で、既にあんたの最終的な役は確定していたのさ」




 簡単な質問を投げ掛け男に答えさせる事でまるでそれが男が自分で考えだした答え。本心であるかの様に錯覚させる。思考が誘導されていることに気づかないまま、男は青年が望むように言葉を紡いでいく。




「と、なればどこまで遡れば未来が変わると思う?1つ前のゲームまで遡れば偶然が起きるのか?あるいは最初のゲームまで?あんたの言う『ここ一番の勝負運』とやらはどのタイミングで発揮されるんだ?」


「……詭弁だろ、それは。例え未来が決まっていたとしても、俺達人間にはそれを知る術はない。認識できない以上それは無いものと同じだ」




 ゆっくりと死神の大鎌が自分の首元へと迫っているかのような錯覚に、酔いの醒め始めた男が青年の言葉を否定しようと首を左右に振っている。だが、青年はそんな男の言葉を肯定することで男の逃げ道を塞いでいく。




「確かにその通り。確実な未来を知る術は俺達には無い……だが予測は出来る。互いの心理状況。山札のカード。他の客の動きに空気の流れまで。おおよそ全てを観測して、演算して、操作すれば欲しい未来を手繰り寄せる事すら可能だろう」


「バカな……そんな事が出来る人間など聞いた事がない……」




 脳裏を過る嫌な予感がジワジワと確信へと変わって行く恐怖に、赤かった男の顔色がどんどん青白く変貌していく。


 何度叩き伏せようが何度でも鎌首をもたげてくるその予感を必死に振り払う男だが、一瞬心の中の均衡が揺らいだその瞬間を縫う様に青年の声が脳内へと滑り込んできた。




「本当に?」




 それはたった三文字の簡単な質問。


 するりと滑り込んで来たその質問は男の中で形となり、1つの答えを導き出した。




 ……導き出せてしまった。




「は……ま、まさか!お、お前のスキルはこの世の全ての事象を()る事が出来る能力!世界記憶(アカシックレコード)なのか!?だ、だがあのスキルは大賢者様しか授かれない超絶レアスキルのはず……ま、まさか。おま、じゃない。あ、貴方様がだ、大賢者様でございますですか……?」




 言葉こそ不器用な敬語の疑問形だが、それを口にする男の胸中に疑問など無かった。全ての点が繋がり一本の線となった今。男は自分が立てた仮説を真実として疑っていない。


 例えその仮説に至るまでの道程が全て青年のシナリオ通りだとしても、この男はそれは知らないのだから。


 皮肉にも先ほどこの男が口にした通り、認識できない以上それは無いものと同じなのだ。




「ほら、俺もカードを引き終わったぞ。どうする?『ここ一番の勝負運』とやらを信じて勝負するか?チップの吊り上げ(レイズ)をするなら付き合うぜ」


「い、いやいや。未来を操作するような大賢者様にカードで勝負するなんて無理ですって。お、俺は下りさせてもらいます!」




 そんな男の胸中を知ってか知らずか、やる気のない手つきでカードの交換を終えた青年が漆黒の瞳を片側だけフードから覗かせて男を見据えると、男は手に持っていたカードを机の上に表向きで叩きつけ降参(フォールド)した。


 場にオープンされたカードはスペードの連番。ストレートフラッシュだった。これは勝負すれば殆ど負ける事のない強い役だ。逆に言えば負ける可能性が0では無い役とも言えるが、この役で降参(フォールド)することはまずあり得ない事である。




「あ、そう?じゃあ掛け金は俺の総取りだな。ごっそさん」




 そう軽く口にした青年はテーブルの真ん中に積んであった大量のチップを全て手元に引き寄せた。


 これでこの青年は、男がカジノに持ち込んだ分と稼いだ分含め、全てのチップを手にした事になる。




「そ、それでは自分はこれで」


「じゃあな。また遊ぼうぜ」




 無一文になった男は、自分が持ち込んだ酒瓶を抱えて慌てて賭場を駆け出ていった。


 青年はひらひらと手を振って男を見送ったのだが、その青年が振っている手に握られているカードが当然の様に役なし(ブタ)だった事に、男はついぞ気がつかなかった。




 ◆◆◆




「ぁ、あの!大賢者様!!待ってください!!」




 賭場で受け取った袋を片手で弄びながら青年が歩いていると、突然後ろから幼い声で呼び止められその足を止めた。




「ぇ、えっと。その。あ、あの!ぉ、お願いがあります!」




 呼び止めはしたものの、まさか止まってくれるとは思っていなかったその少女は、足を止めただけで振り返りはしていないフードの青年へとたどたどしいながらも必死に声をかけていく。


 すると……。




「ほらよ」


「え、わっ!」




 青年は先ほどまで片手で弄んでいた袋を、後ろを確認しないままに後方へと放り、大きく放物線を描いて飛んだその袋は慌てて差し出した少女の両手へとすっぽりと収まった。




(かあ)ちゃんが病気なんだろう?その金で薬と美味しい物でも買ってやれ」




 キャッチした衝撃で緩んだのか、少女の小さな手の中で口を開いた袋の中には眩い光を放つ銀貨がギッシリと詰まっていた。




「ぁ……ありがとうございます大賢者様!これで……これでお母さんは……!」




 今まで生きてきた中で一度も見た事が無い大金を手にした少女は、青年への感謝と安堵でその場に崩れ落ちてしまう。


 お金を少女に渡した青年は最初その場を立ち去ろうとしたが、少女がいつまでも泣くばかりで動こうとしないでいると、1つため息を吐いて戻ってきた。




「あぁ、そうだ。1つだけ訂正しておこう。俺は大賢者ではないぞ。それはあのおっさんが勝手に勘違いしただけだ」




「本当に大賢者とやらなら、金を渡さずにパパっと魔法で母ちゃんの病気を治してお終いさ」や「そもそも酒を飲みながらギャンブルする奴の気が知れねぇ。むしろ酒を飲む奴の気が知れねぇ」などとブツブツ言いながらも、青年は少女に手を貸してその体を軽々と引っ張り上げ、抱きとめた。




「大賢者様じゃ……ない?え、えっと。それじゃぁあなたは一体……」


「俺か?そうだなぁ、俺は―――」




 青年に抱かれながら少女が発した疑問に、青年はしばしの間視線を宙に彷徨わせると、やがて良い返事が思いついたのか口元を歪めつつ、その漆黒の瞳を少女のカメリアの瞳と合わせるとこう言った。




「―――しがないただのペテン師さ」




 ……これが『しがないペテン師』を名乗る青年”黒羽”と。『ペテン師の弟子』を名乗る少女”メリア”の出会いの話。


 彼と彼女はこれから、この町を。国を。世界を巻き込んだ大きなゲームに挑んでいく事になるのだが……それはまた次の機会に。

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