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薄命世代  作者: 赤狐
幕間 Ⅱ
8/13

早贄


 箱の中に、手を差し入れる。

 見えない奥底まで、腕を伸ばす。

 引き出しの隅々を、指先で擦っていく。

 だが目当ての物は、これ以上は見つかりそうになかった。


 一息を付くように、床に腰を下ろす。真冬のフローリングは、ひんやりとして冷たかった。

 自分のジーンズに、そっと視線を落とした。ポケットにねじ込まれた、くしゃくしゃの紙幣。引っ張り出して、枚数を確認する。

 それは小泉の部屋を漁って見つけた、隠し金だった。

 小泉が静観の家へ出掛けていったのを見計らって、収納や引き出しの中を調べたが、予想していたよりも成果はなかった。これっぽっちじゃ、とても足りない。今後の逃走資金を考えると、不安に感じられた。

 紙幣を捲ろうとする指先が、強張って動かない。かじかんだように、小刻みに痙攣している。それは、寒さのせいだけではなかった。


 不安で不安で、堪らない。


 それは小泉の部屋に同居するようになってから、初めて感じた恐怖だった。

 これまでの三ヶ月は、小泉が家賃や食費、その他雑費を全額負担していたこともあって、悠々自適の生活だった。北海道から戻ってきて、友達の家を転々としていた自分にとって、またとない好条件だった。本当なら、もうしばらく長居してもいいと考えていた。

 自然と、親指の付け根を噛む。指先が白くなるほど、きつく握る。全身が、(おこり)のように震えていた。

 切っ掛けは、二ノ宮先輩だった。

 二ノ宮先輩が、家庭に問題を抱えている。その噂を聞きつけるや否や、小泉はすぐに訪問することを決めていた。

 小泉がカウンセリングのような慈善行為をしていることは、以前から知っていた。俺は居候している引け目から、見て見ぬふりをしていたが、この時ばかりは強い不信感を覚えていた。


 なぜ、会いに行くのだろうか。

 それも一度も話したことがない、記憶にもない元同級生に。


 無神経さが目に余って、つい小泉に問いただした。すると小泉は機械のような抑揚のない声で、それは贖罪だからだと言った。これが自分にできる、唯一の罪滅ぼしだと。

 今まで適当に聞き流していた、小泉の詭弁じみた自己陶酔。それらはこの日を境に、不気味な迫力を伴って、異様にどす黒いなにかに変容したようだった。

 歯を立てていた皮膚が、嫌な音と同時に削れた。生温い血液が、唇の縁を伝っていく。痛みは、全く感じない。

 疑惑が確信になったのは、高坂の飛び込み自殺だった。

 訃報の電話を聞いた時の、小泉の反応が忘れられない。

 あまりにも、冷徹だった。一言も口にしないで、眉一つさえも動かさない。まるで能面を彷彿とさせるような、薄気味悪い無表情だった。

 カウンセリング相手の死に、小泉からは悲しみも悔しさも、憤りも表れなかった。全ての感情が抜け落ちてしまったかと思うほどに、ただ淡々と受け入れている。それどころか、なにもなかったかのような平静さのまま、すぐに静観の家へと出掛けてしまった。


 なにかが、おかしい。

 そう感じた直後に、俺は行動を始めていた。

 この部屋にいたら、まずい。頭の中で、警鐘が鳴り響いているようだった。

 握りしめていた万札を、再びポケットに押し込む。それは当面の生活費で、一時的に借りるということは、コタツ机の上に書き置きを残したから大丈夫だろう。

 それから次の宿泊先を確保するために、高校時代の友達に片っ端から電話を掛けた。だが、結果は芳しくなかった。北海道に引っ越してからあまり連絡を取っていなかったとはいえ、普通に断られるだけではなく、異常なまでに拒絶を示す相手もいた。


 自分の知らないところで、なにかが起こっている。

 もう、居ても立ってもいられなかった。今すぐに、この家から飛び出したい。だが現金がない、自分の行き場所がどこにもない。

 どうしようもないジレンマに、焦りだけが膨れ上がっていく。

 思わず振り上げた拳を、壁に叩き付けようとした。その寸前に、手が血塗れになっていることに気付く。

 舌打ちをしながら、立ち上がった。キッチンで洗い流してから、タオルで拭き取る。収納の小さな折れ戸を開けて、奥から救急箱を持ち出した。気持ちが急いて、コタツ机の上で逆さにする。

 普段あまり見かけないような錠剤が、大量に散らばった。超短時間型睡眠薬、マイスリー。睡眠導入剤、ブロチゾラム。抗不安薬、デパス。三環系抗鬱薬、アモキサン。非定型抗精神病薬、リスパダール……


 絆創膏は、すぐに見つかった。レキソタンとパッケージに書かれた箱の下敷きになっている。そのオレンジ色の箱をどかそうと掴んだ瞬間、ふと違和感がした。

 妙に、重かった。

 耳元に寄せて、振ってみる。

 コツコツと、箱の内側で硬質ななにかがぶつかる音がした。錠剤を包装する、アルミシートの感触ではない。すでに開封された隙間から覗き込むと、どうやら小さな機械のようだった。

 箱の蓋を捲ろうとして、躊躇する。

 隠してあったことは、明白だ。その理由は、俺に知られたくなかったからに決まっている。

 中身を見たら、もう引き返せない。そんな嫌な予感が、俺の全身を引き留めているようだった。

 ごくりと、唾を飲み込んだ。壁時計を確認すると、小泉が外出してからもう随分と経っていた。


 なにも見なかったことにして、これまでの金に困らない同居生活に戻るか。

 それとも、パンドラの箱を開くか。

 二者択一の道を目の前にして、悩んだ。

 小泉が帰ってくるまで、もう時間は残されていなかった。


第二幕 終着駅の話 - 硝子 へ続く

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