融解
秋田幸司は、部屋の隅でガクガクと震えていた。
まるで雨の中に置き去りにされた、童子のように。
頭を抱えて、三角座りの姿勢で。
全身を戦慄かせて、恐怖している。
「もう嫌だ……なんで高坂まで死ぬんだ……」
秋田は、僕が高校生の時の同級生だ。
国家公務員を目指して試験勉強に邁進する、有名な難関校、北海道都学園大学の学生だった。
去年の春先に、大学生になってからの派手な淫蕩生活が祟って、退学が決定していた。
東京に戻って来たが実家には帰れず、宿に困っていたため、僕の家へと転がり込んだんだ。
「なんで俺らの年代ばっかり、死んでいくんだよ……なんでだよ……」
秋田は、見通しのきかない暗い未来に、怯えていた。
手で掻き分けても、光を灯してみようとしても、決して見えることのない、道。濃霧のような闇が囲っている、現在の状態に。
奥歯をカチカチと鳴らしながら、口端から呪詛のような文句を漏らしている。
でも、それも当然のように思えた。僕らの同級生が、次々と消えていっているのは事実だから。
篠木中央中学校、二〇〇三年度新入生。
僕らの学校は私立で、中高一貫だった。だから中学の頃から生徒が変わらず、いつも同じような顔ぶれだった。
その中学一年生の年代を、当人である僕らはこう呼んでいる。
薄命世代。
在学当時は、至って普通の学年だった。おとなしく、特に問題も起こさず、あったとしてもせいぜい男子生徒同士の喧嘩や軽度の虐めぐらいで、校長からも覇気に欠ける学年という烙印を押されるぐらいの、模範的な生徒達だった。
それなのになぜか、高校卒業後に、続出している。
僕らの世代からの、死亡者が。
人生からの脱落者、事故死、自殺者。
死の匂いが、常に僕らに付き纏っているかのようだ。
「俺は、どうすればいいんだ。俺らは、どうやって生きていけばいいんだよ……」
僕は、秋田の懊悩に答えようとしたが、ピタリとやめた。彼の発言が、あまりにも抽象的すぎて。まるで返答の言葉が、口の中で気化したようだった。
代わりに僕は、壁の長押に引っかけたハンガーから、グレーのオーバーコートを取り外した。袖に腕を通し、外出の準備をする。
そして廊下の敷居を跨いで玄関に行こうとすると、頭を抱えていた秋田が、驚いたように顔を上げた。涙が淵に残る目を、大きく開いている。表情からは、焦燥が色濃く滲み出ていた。
「おい、小泉。お前、まさか……またあいつらのところに行くつもりじゃあないだろうな」
何も言わずに、自分の部屋を後にする。
篠木中央中高、高坂、秋田、静観、二ノ宮先輩。
同じ薄命世代の僕にとって、これだけが唯一できる贖罪のように思えた。
「行ったって、無駄だぞ! 現に高坂だって、死んじまっ……」
アパートの扉を、閉めた。
鍵は、秋田が中にいるから掛けなくていいだろう。
冷たい風が、全身に吹きつける。思わず、身を萎縮させた。
コートのボタンをいくつか留めて、白い毛糸の手袋に指を入れる。
アパートの錆びた階段を降りるたびに、ぎしぎしという音と共に軋んだ。
視界を上に向けると、白い吐息越しに、濁った空が見えた。
冬だ。