サーチ & ドールズ 6.0
授業も終わり、放課後。
いつものように野球部の賑やかな声が校舎四階まで響く。それに負けじと吹奏楽部の各楽器が、ここに反響している。……実に平和だ。
何もするわけでもなく、俺は机にうつぶせになっていた。部長と弟さんはどこか用事があるようで此処には居なく、明かりは、何処が面白いのか医療系の書籍に夢中である。明かりは、この町唯一の総合病院の跡取りで、だからこそ勉学に励み続けているのかは知っているのだが。こんな平和な時間に、俺の目の前で。普段と同じ苦勉学に励もうとするとは、ずいぶんと度胸がある。LINEにのせた嫌がらせのような長文に、灯以外の既読が付いていることを確認し終え、実行に移す。
かまってちゃんである俺は、気配を消して近づこうとした。しかし彼は、それに気づき、やめろ。と一言注意を促す。……つまらない。まあ、やめるわけはないのだが。
「何もしないよ。」
「する気だっただろ。……ちなみに今も現在進行形だな。」
「……ばれたか。」
「よかったな。…アイアンクローだったぞ?」
それは勘弁。
灯の握力は、その体つきから想像できないほどに強く、それの集大成であるアイアンクローは天下一品だ。リンゴをつぶしたところは見たことがないけど、本人がやる気を出せば、それくらいは出来るのではないか?と勝手に想像できるくらいには痛い。
ちなみに、頭脳明晰な彼であるが。その身体能力も学校内でトップクラスだ。と言うより、反射神経以外平均的な数値である俺に対して、この部活動の連中はトップクラスに身体能力がいいのである。彼の弟さんは灯同様にスポーツマンだし、部長である依馬も例外ではない。
山道を平気に進めるのは、彼らがそう言った化け物であるからだ。多少山道に慣れているつもりであるが、彼らのペースで歩くには一苦労も二苦労もある。
そんな化け物たちの中で、特別痛いと評判な灯のアイアンクロー。それを甘んじて受けるほど、俺は生き急いでいるわけじゃあないから、俺はしょうがないなと一言吐いて諦めることにした。
……その時だった。
乾いた何かがはじける音が聞こえた。
それはどこかで聞き覚えのある音だったが、……何処で聞いたか忘れたほどには日常的ではない音だ。
続いて、悲鳴。
女性の悲鳴が学校中に響いていた。
部活動連中の演奏や、喧騒が一気に止まる。目の前にいる灯は、動揺の目を隠せていない。そして、少しの沈黙が校舎を包んだ。無論俺も動揺している。何かが起きたことに間違いはない。しかし、現状が整理できない。そしてその沈黙は、すぐに終わりを告げる。俺は、おもむろにスマホを取り出した。ラインのグループを確認すると、先ほどの文面後に二人の既読はついていない。……いや、そうだった。あいつらは、今、校外だった。少なくとも俺たちよりは安全だろう。
何かしらの連射音が、あちらこちらから出る。
……ああ、俺はその時理解していた。その音は、ゲームの音でよく聞こえていた音だ。校庭を見ると、先ほどまで野球やサッカーにいそしんでいた奴らが一斉に逃げていた。その中には、部活顧問の担当教諭が、生徒の避難誘導を行っている姿が見える。
あちらこちらに響き渡るのは、どう聞いたって銃声だった。おもちゃ屋で売っているようなものでは決してない。レートが断然違う。発射レートが多少遅い事から、アサルトライフルだろうか?とにかく、非現実的な分析をしている暇はなさそうだった。あちらこちらから悲鳴が聞こえる。……銃声が鳴り響いて、その中で悲鳴がかき消されて行っている。…ここは日本だぞ?!
「ウルイ!!!」
普段。お前。とかしか言わない灯が、久しぶりに名前を吐いた。
彼は、切迫した様相を見せていた。普段の明かりが見せない表情で、彼は重く言葉を話す。別人のようなその豹変に、少ししり込みする。
「ここにいろ。……多分、ここは安全だ。」
「…どういう事?」
「いいか……っ!!!」
窓ガラスがいきなり割れる音がした。
隣りの部屋。小さい悲鳴がかすかに聞こえていた。隣の学習室は、部員がただ一人としてある映画研究会の部室になっている。お隣さんという事もあって、部活動同士の交流もある。個人的なものも。……もしこの銃声が本物だとして、ただ一人に身を守ることができるか?
俺は駆け出そうとしたが、灯に止められる。先ほどの話を聞いていたか?と言いたげに怖い目を続け、俺の手を握るその力はかなり痛い。そして、足音が聞こえた。視聴覚室のほうからどんどん近づいてくる。多分、あいつは……。いや、かすかに嗚咽が聞こえる。
先ほどまで開けていたこの部屋から出る唯一の扉にそいつは向かってくる。灯は間を置かずに部室の扉を閉め、鍵をかける。俺はその間に、机や椅子のバリケードを扉の前に作ろうと移動させようとした。しかし、灯はそれを止め、扉の壁際に移動すして、静かに教師用の机に隠れるように伝えた。従えと言っているように、その目は鋭い眼光のままだ。俺は従い、その机に隠れる。…どうする気だ?
机に隠れながらも聞き耳を立てると、そいつの足音は止まらなかった。そして、そいつは教室の扉の前に現れた。同年代の容姿、まだ若い彼女は、教室の窓を蹴る。打撃音がその強さを物語っていて。それでも、扉はニ三回ほどその衝撃に耐えていた。しかし。そのまま抑える事はなく、ついに倒れる。
教室に入ろうと廊下に立ち尽くす彼女は、我が校の制服に身を包み、しかし、感情を浮かべずに、AKを構えていた。ロシア製のアサルトライフル。スコープ付きのそれだ。ストック部分には溝があるから、…多分74だろう。彼女は、おもむろに教室に入り、それを構えて周囲を見渡そうとする、スコープ越しに狙おうとする彼女は、構えるまでが少し遅かった。
その瞬間を灯は見逃さなかった。
すぐさまに、相手のAKを掴み薙ぎ払う。銃口が向いていない銃ほど恐る恐るに足らないものはないとでも言うように、早業でケリをつけ、次の瞬間には、足と手を器用に使いながら平然と彼女の頭を地面にたたきつけていた。数発の弾丸が、天井を打ち抜き、スプリンクラーが発動し、水があたりを濡らしていく。そうして倒れた彼女は、おもむろにナイフを取り出そうと腰に手をやるが、ねじ込み、取り押さえそれをさせずに拘束する。それだけではなく、逆に相手の腰のぶら下がっているナイフを取り出した灯は、その相手の喉元に当て……。
血がこびりついていたそれで、彼女の首を掻き切った。
その一連の流れは、まるで経験者の様に早く、機械的だった。それが日常的にあるように、運動神経があるだけじゃあ説明できない対応だ。日常的に付き合っている俺は、彼のこんな技術を見たことはない。……無論、医学を志す彼に、こんな技術が必要だとも思えない。…なら、目の前で起きていることはなんだ?
俺の知らない灯がそこにいた。
彼は、映画でしか見たことがない早業で、やすやすと彼女にとどめを刺した。しかし、彼にはそういう趣味もないはずだ。映画にいそしんでいるくらいなら、書物の一つでも叩き込んでいるであろう彼に、そんな趣味があるとは思えない。……それとも、その書物の中にそういう類のモノがあったのだろうか?
いずれにしてもつじつまが合わない。
「大丈夫か?」
「……まあ、ね。灯も大丈夫?」
「……ああ。」
彼女の首からは紅い血しぶきらしきものは見えない。
水が彼と彼女を濡らしている。彼は無言で彼女の元を離れ、彼女が今持っていたその銃を拾った。5,45なこの銃は、反動を抑えながら火力が出る。この1世代前の銃は、何かしらとゲームに登場するくらいには有名な銃だ。そしてこの銃は、反動を抑えながらも威力のある銃であり、命中率が非常に高い。…しかし、ずいぶんと昔の銃を持ち込んでいる。…何かしらの特殊部隊が持つようなものでは毛頭ない。
「助かったよ。灯。……これは二百円アイス奢らないとだめだね。」
「……何も言わないのか?」
「何を言う必要があるんだよ。俺は灯に助けてもらった礼は言っただろ?」
「……そうじゃあなくてな。」
「助けてくれてありがとう。……やっぱり、持つべきものは友達だ。」
「…おまえさ。…本当に。「行くよAA。」」
やはり、扱いが手馴れている。
銃を持った彼は、異様なほどに似合っていた。おそらく、こんなことは初めてではないだろう。俺がそれを言ったって、この状況が変わるわけではない。彼の理由は分からないが、その理由に何かを言えるほど、その隠している理由が聞けないほどには、俺は彼の友達ではなかったようだ。こればかりは俺のせいでもなく、彼のせいでもなく。……ただ、間が悪かっただけだろう。
だから聞かないことにした。
死体となった彼女をよく見てみると、その体はどうやら人間のそれではなさそうだった。彼が切った後からは、分断された電線が見える。肌触りも人間に似ている物の、生きものの様な熱もない。……まるで人形だな。こんな世界線の小説を見たことはあるけれど、自分の世界がここまで進化しているとは思わない。
「これに見覚えは。…あるの?」
「…ない。」
「了解。でも、人間じゃあなさそうだね。」
彼の事情は、俺が今聞くことではない。それよりも今やるべきは、この状況から抜け出す事。
ポケットが震える。バイブレーション機能によりスマホが震えていた。どうやら、誰かから電話が来たらしい。俺はさっそくスマホを取り出し画面を確認する。部長様と書かれた画面。…やはり、彼は無事のようだ。…そして、どうやら今ある状況を理解しているらしい。
「はい、もしもし。」
「やあ、ギルティボーイ。結構無事かい?」
「結構無事さ。襲われたけど、灯が守ってくれたよ。……っていうか何そのあだ名。なんで有罪が決定しているんだよ。裁判ちゃんと開けよ。罪名も決めろよ。」
「……へえ、こんな状況なのに、軽口のツッコミ入れるくらいには冷静か。…まったく、きみはやっぱり一般的じゃあないね。ちなみに罪名は、ロリコン罪だ。一発で極刑になるから、念仏の用意は忘れないように。」
一般的じゃあないのはお互い様だろう。
今まで普通に接してきたが、何やらこいつもその一般的ではない側のようだ。灯と同じ側の人間という事はこのタイミングの電話で察せる。…いや、こいつが黒幕と言う可能性が高い電話じゃあないか?…このタイミングでは。
「…んなことを話しているという事は、お前も部外者じゃあないんだろ?関係者の一人なのなら、いい加減に現状を言ってもらいたいものだね。それとも何か?これはお前が黒幕で、俺と灯が組んで、お前の家を強襲すればいいのか?」
「……察しがいいね。…と言いたいところだけど。違うよ。確かに僕は関係者さ。…だけど、僕は灯側の人間。…つまり、巻き込まれたことしか分からない。状況が始まったことは知っているけど、その状況がどんなものか知らないんだ。…まあ、一つ君に応えられることがあるとしたら…。だ。」
彼は冷静に、何処か真面目に吐く。
「君の部活に所属する僕らは普通じゃあない。…ということかな?」
「…だろうと思ったよ。」
「そこには灯もいるだろう?今、そちらに向かっているのだけれど、少し時間がかかりそうでね。どうにかして二人で協力しながら離脱してもらいたい。」
どうやら何かしらを動かしているらしい。
電話の外からは妙なノイズが聞こえる。
「長話をしている余裕はなさそうだから、手短に言うよ。僕の所持スペースに木箱がある。アサルトライフルとサブマシンガンが一丁ずつ入っているから、どうにか頑張って抜けてくれ。到着は目安で十分ほど。では、頑張って。ギルティボーイ。」
電話が切れる。
その前に彼は言う。
「君は、引き金を引けるかな?」
そんな言葉を。
木箱?
早速、彼のコレクションであるモデルガンをはねのけると、確かに、その下には木箱があった。ふたを開けると、そこには二つの銃が置かれていた。
一つは、ハンドガンのガバメント……のように見える。しかし、マガジンが特徴的で、ガバメントのようではあるモノの、スライドが短く銃身が出ている。……こんな銃は見たことがない。弾薬の形状から、九ミリのようだけど…。この形状だと、リロードもままならないのでは?Z方のマガジンは、確かにストックとしての効果が持てそうだけど、その他の要素を置いてきたような銃だな。まるでパンジャンドラム。……と言っている場合でもないだろうな。…如何やら本物らしく、マガジンを見てみると、金属光のある重量溢れる弾が顔をのぞかせている。ここは日本であるというツッコミをもう一度しなければならないらしい。
彼は状況を想定していた。言っていたわけだから、これは状況を想定したたためのモノであることは間違いないだろう。…すると、俺と彼の共通の趣味であるサバイバルゲーム。その意味さえもそう言うことになる可能性が高い。
この状況を想定し、用意周到に準備にしているとしたら策士だけど。……彼が嘘を言っていないとすれば、これは何のために用意したものだ?……テロ?