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サーチ & ドールズ  6.0

 遠くの陸上部の号令が、解散を意味していた。

 長針が十二時を指す。それと同時に、聞きなれた音楽が、部活動が終わりを告げたと鳴り響いた。


 部活動を始める。…と、言ってもこの雨であり、現実的に言えば、自由時間の浪費こそが我が部の部活動となっていた。まあ、これはいつも通りの事で、我が部は山岳部を名乗っている物の、その活動は部長の意思決定権がほとんどを握っている。部長が行きたい時に山岳部として励み、そうでない時は、各自のんびりと過ごす。その日も、部活動らしい活動には勤しまなかった。

 課題を提出し終えた俺は、何もすることがないので趣味のスマホゲームにいそしんでいるし、部長殿は相変わらず科学雑誌とモデルガンに埋もれている。灯はと言うと、医療関係の書物に夢中だ。全員無言であるが、それはいつもの事。険悪な雰囲気でもないし、特に言う事もない。だが、……一つ言いたいのは。


 雨の日は回線が悪い。

 これはゲームに限っての話であり、個人的な感想であるが、雨の日は何時もとは違ってラグが多い印象が強い。自身の行動と相手の行動が一致せず、瞬間移動を繰り返す相手に、狙った銃弾は掠りもせずに。ただ、ゲームオーバーの文字が画面に出でる。実に……つまらない。俺は早々にゲームにいそしむことを諦め。自身で注いだ、暖かいカフェオレで体を癒すことにした。ちなみに、部長である依馬は大の紅茶派。灯もどちらかと言えば紅茶。その弟さんは抹茶派である。紅茶過激派と知られている我が部長は、人が折角もって来たそれを見るだけで不快感をあらわにするくらいには排他的だ。……緑茶は例外的に認められているらしい。


 そうこうしているうちに放課後は帰りの時間となり、音楽とともに、各部の音もだんだんと消える。騒がしかった喧騒は、いつの間にか消え失せる。雨音だけがこだまし、何時までも止まない雨が、周辺の音を支配していた。

 部活動の時間は過ぎて、各自荷物をまとめて下校の準備をしていると、灯が一冊の書物を差し出した。それは、いつも愛用している医療関係の雑誌である。


 「…これは?」

 「そんなものばかりしていないで、これでも読んでいろ。少しはマシになる。」

 「……あいにく、文字アレルギーなもので。」

 「大丈夫だ。おまえがいくら馬鹿でも、国語辞典先生がいれば意味は理解できるだろ?」

 「体質的な駄目なのです。」

 「世の中では、体質を理由に出来ないことがあるんだよ。……いいから、勉学に励めよ。んで。」


 勉学に励むことを生きがいとしているお前とは違い、俺はこれが生きがいなのである。生きがいを手放すことは出来ないし、他のモノに置き換えることもできない。ゆえにこれは暇な時間に、暇潰しとして利用させていただく。……そんな意味をずらりと並べて、等回しに嫌味と思わせることが成功した俺は、彼の手の施しようがないというかをに満足をして、あまりない身支度を整えた。


 「今度は赤点とるなよ。」

 

 グサッとくる言葉。

 確かに、それだけは勘弁だ。だが、それを夏休み寸前の今頃に言ってほしくはなかった。出来れば六月ごろに……いや、思い出してみれば、五月ごろから言っていたなこの友人は。ずいぶんと心臓を刺してくるその言葉を、軽いモノだと認識していたのは…、俺のせいだろうな。


 「灯は俺に恨みでも持っているの?」

 「?何故恨みになるんだ?」

 「……その分かっていない態度がやっぱり優等生だね。」

 「意味が分からん。」

 「プっ!本当にわかんない顔している。」

 

 本当に訳が分からないという意味な顔だ。

 こればかりは経験者しか分からないだろうが、あいにく、この部屋にいる人間で、そんな気持ちが分かる人間なんていない。何せ、飄々としている依馬で会え、テストで遊ぶ癖に赤点を取ることはない。分かって遊ぶ変態と秀才にはわからぬ、劣等生の悩みだ。とりあえず、噴き出した依馬にはゲンコツをプレゼントしようと考えたが、後からの仕返しを考え手拳を収めた。……こいつは、灯とは別のベクトルで怖いからな。文字通り何をするか分からないレベルだ。…具体的に言えば、地下室に閉じ込められて七日間実験タイムはありそうで怖い。

 俺は、彼のからかいに対して何もせずに、しかして抗議の目だけは忘れずに部室を去った。早い帰りだと抜かした依馬に対して、今日は用事があると言葉を吐くと、彼は、少し驚いた顔をして、……そしてなぜだか意味ありげな顔をする。隠す気のないそれは、どうやら俺に何か言いたげなそれであったけど。


 「やばっ。傘。」

 「健全な男子高校生なら、制服を犠牲にして走るといいね。……まあ、コンビニに行けば何本くらいかは売っているでしょ。」

 「…了解。健全な男子高校生として、苦行に乗り出しますよっと。」


 俺は、その意味ありげな表情を無視して、学習室を出た。





 _________





 「死ね。」


 背中に衝撃が走る。

 俺の後輩。篠木しのぎミヤは、会談にてすれ違った自身の先輩に対して、あろうことか蹴りを入れてきた。それは確かな重みをもって、俺の体制を揺らすことには成功したものの、多少慣れていることもあり、どうにか踏みとどまる。…彼女の突然の奇行は、今に始まった事ではないので、彼女の些細な殺気を、些細な事として受け止め。苦笑いの奥に、少しの怒りをにじませながら俺は言う。


 「人に死ねとか言っちゃあいけないよ?…っていうか蹴るもんでもないんだけどね。…正直、お兄ちゃんどっち先に言うか迷ったんだけど?」

 「兄貴じゃあないくせに兄貴面するな。……お前なんかクズで十分だ。」

 「おいツンデレちゃん。クズはないだろ。クズは。……ったく。…んで?何用でありますか?」

 「……お前、傘持っているか?」


 ……。なるほど、たかる気ですな。

 しかし生憎、今日はそれを忘れてしまい困っているのはこちらも同じだ。故に、正直に無いと断言したいところではあるが。……しかし、こいつが俺の言葉を信用するとは思えない。……昔は少し可愛げがあったことは知っているが、今はグレてこんな感じだからね。


 「ない。」

 「そう。…あげる。」


 彼女はそういうと、一本の折りたたみ傘を渡す。

 和傘をモチーフにした文様のそれは、彼女が愛用している傘の一つだ。…あゝなるほど、先ほどの話を聞いていたのだろう。時折、こんな優しさを滲ませるから、俺は彼女をツンデレと呼称している。俺は先ほどの怒りも忘れ、ただ純粋にありがとうと言った。

 

 「お前のはあるのか?」

 「あるよ。…だからこうしているんでしょ?くそ野郎。」


 くそ野郎は余計だが。


 「ありがとう。」

 「二階言うな。鬱陶しい。」


 ありがたく頂戴し、無駄な浪費もせずに済んだことに感謝押して、俺は用事を済ませることにした。


 「なあ、兄。」


 懐かしい言葉で、彼女は吐く。


 「また、行くのか?」

 「ん?…あゝ。行くよ。そのために傘を所望していたんだが、お前がいて本当に助かった。…ありがとうな?」

 「……うるさい。…馬鹿野郎。」

 「悪態をつくのも俺だけにしろよ?かわいい顔が台無しだ。」

 「余計な世話だ。」


 そんな愚痴を聞き流して。

 俺は、雨に身を投じたのである。








 __________________

 

 





 相変わらず急な斜面を意気揚々と上り、その場所に到着する。

 そこは花の咲き溢れる平地だった。一面、自然に作られたそこは俺のお気に入りの場所であり、花を手向ける場所でもある。花を手向ける理由?そんなのは決まっているだろう?…そこには大切な人が眠っている。…いや、正確には。大切な人が残したものが眠っている。


 花束を抱えていた。


 人の造形が欠けてしまった彼女は、もういない。四年前のあの日を最後に、彼女は死んだ。だからこそこうして花を手向けている。紅い花が咲き誇るその場所で、俺はいつものように簡素な積石へそれを置いた。雨風が花々を揺らすたびに、彼女が残したものの意味を言葉に吐く。私は刻まれて、きっとここにいたのだ。そんな意味を。理解して、かみ砕いて。彼女の意味を心に受ける。彼女が最後に何を言いたかったのか今でも分からない。ただ、確実なことは、彼女が残した証明だけだ。


 降りしきる雨は上がることはなかった。

 未だにこの日だけは、雨が降り続いている気がする。晴れる事は毛頭ないとは俺の信条で、お天道様には関係のない話だが、俺一人の信条のためにここまでしてくれていると考えると。まあ、悪い気はしない。依馬ならば、科学的根拠がないと言って、確率論で否定するのだろうな。


 「今日も相変わらずの日常だったんだ。お前が過ごしていたそれが、本当にどんなものなのかわからなかったけど、…お前が終始幸せだったのか分からないけど。それでも俺は、幸福に生きているよ。…多分、お前よりな。」


 忘れられないから、このつながりは呪いに近い。自分は彼女が好きで、忘れられないからこうして続いている。呪いのように溜まったこの膿が消える事はない。なぜなら知ってしまったからだ。…彼女のその意味を、彼女がどんなことをしていたか。彼女が残した古ぼけた証明が、それを直に伝える。彼女は少なくとも、俺のような人ではなかった。

 彼女は、結局はどこにもいないのだろう。死体さえない彼女は、死んでいるくせにその証明がない。生きていた痕跡さえ消えていた。誰がそんなことをしたのかは知らないが、彼女がいた現状は想像に難くない。彼女が残していた証明は、……いわゆるドックタグだ。

 名前と血液型だけが書かれたそれは、いわゆる戦場での身分証明書。彼女が笑いながら吐いていた片方の腕がない理由だって、多分そういう事なのだろう。俺は知らずに、彼女の話を流していたのである。彼女が片腕の損失の理由を、事故に巻き込まれた。と言う説明を。…本当の事故かもしれない。だけど、それを証明することは出来ない。


 ……後の祭りだ。

 

 今頃になって、こんなにもあの日の出来事が頭をよぎり、深く考える。彼女がいたのは、戦場だったとしても、彼女が死んだ理由が何だとしても。彼女が、俺を騙し続けていたとしても。

 

 「ああ。誰が言う前もなく。言葉にすることも馬鹿ばかしいほどに。俺はお前が。」


 雨が簡素な墓標を濡らす。

 言葉の一言一言が、雨音に消される。こんな日でなければ、こんな言葉は吐けない。本人さえいないというのに、俺はその一言だけはどうしても言えなかったから。……俺は雨の日が好きだ。憂鬱になる時もあるにはあるが、この日の雨だけは音をかき消してくれる。


 「好きだったよ。エーデル」


 未だに、忘れられないのだ。


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