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サーチ & ドールズ  6.0

 鋭いモノが、後頭部に当たった衝撃で目を覚ました。

 何かしらの夢を見ていた気がするが、曖昧となって消え失せた内容を思い出すこともなく、俺は目を覚ました。ちょうどチャイムが鳴り、今が、現代文の授業の真っ最中であったことを思い出したのは、スキン頭が特徴の教師が、妙に笑顔で現代文の教科書を振りかざしている瞬間に気づいたその時だ。俺は起きているとアピールするために、無抵抗の意味を込めて両手を挙げた。無抵抗な民間人に対して危害を加えることが許されないのは、世界でも日本でも共通のルールであり、今まさに無抵抗の俺にそれをたたき込むのは教師の風上にも置けない。

 我が愛しい担任教師は、その常識的ルールを無視し。笑顔を崩さずに角を当てる。それはとても痛い。授業をさぼっていたこちらに非がある事は認めるが、暴力には非服従だ。俺はその意味を込めて彼を睨んだ。


 「それはお前が悪い。」


 真面目系眼鏡の友人、明石灯あかしあかりはそう語る。

 そんな現代文の時間を最後に、時刻は放課後へと移っていた。途中掃除やらホームルームなどが挟んではいたものの、何事もなく終わり、そんな話に花を咲かせているところであった。

 教諭に、ありがたいお叱りの言葉を頂戴した後、笑顔で追加の課題を手渡されて愕然としている。そんな俺が吐いた文句を聞き流しての言葉がそれだ。友人が手渡された課題に頭を抱えているというのに、彼はスマホばかりを眺めてろくになだめようとも、手伝おうともしない。…現実は非常なものだ。友人が、自身の友人の窮地を理解していないほどに、虚しいものは無い。

 裏月うらずきウルイといった名前を持つ俺の名前には。兔の類のように、可愛げのある子として育ってほしいという願いがこもっているらしい。実際、難の特色もなく、兔の様にひ弱に育ってきた俺としては、兔に特徴のある習性として寂しくなると死んでしまう。というそれさえも俺にも当てはまるという抗議を声高らかに言いたい。彼の関心のない声に阻まれたことが大変遺憾だ。遺憾の意を示しても届くとは思わないが、せめて、遺憾の意を示してやる。

 

 「俺は悪くない。少なくとも眠気は俺のせいじゃあない。」

 「大方、寝不足になるまでピコピコに明け暮れていたんだろ?」

 「違います。きちんと八時間程度は睡眠に殉じていたよ。それでも、十二時を過ぎると眠気に悩まされるんだ。難儀なことにね。……だから、これは俺の体質なんだよ。俺は、いくら寝ても二度寝しないと体がもたないんだ。健全な男子高校生の生活に向いていないんだよ。」


 このやり取りは何度目になるか。忘れてしまった回数だが、そんなにも日常的に言葉を吐いているのは確かだ。俺の睡眠不足は体質的な問題という言葉に、彼が呆れるのはそれほどまでに珍しくない。天気予報の雨という推測は見事に当たり、外は大雨で帰る気も失せる。……部活動に在籍している身としては、部活動に明け暮れたいところだが、どうやらそうもいかないらしい。陸上部やサッカー部。野球部といった主要な外形の部活は、鬱陶しいほどに元気に廊下を走っている。

 

 「そんなもの。昼休みにもう一度寝ればいいだろう。」

 「それができれば苦労しないんだけどね。…ただ、学校という枠組みは難しくって。印象と言うのは大事なんだよ。……昼休みに友人と話していない奴がどんな目で見られるのか、AAエーエーにはわからない事さ。俺がどれだけ学校生活で苦労をかけているかなんてね。」


 俺は、勝手につけている友人に対しての名称で答える。

 灯がその名前とともに鋭い眼光を向けるのは、彼があまりその名前を気に入っていない証だ。その目のせいで、あまりクラスの連中に誤解を招く時があるAAだが、そんな目を向ける際でも、本気で怒っている時とそうでないときがあるのは、このクラスの中で俺くらいしか知らないだろう。実際ため息を吐いて、彼が口にした言葉は、先ほどの言葉に対する些細な抗議だった。


 「健康的な男子高校生に向いていないのなら、学校生活も儘らないな。ご苦労様。お前のそんなマンボウ以下の生存能力に脱帽を禁じ得ないよ。」

 「学校生活も儘ならないわけじゃあないの。…と言うか、普通の人間レベルですから俺の体力は。ただ体質的に眠気に弱いだけ。RPGだって、麻痺とか睡眠。毒とかに弱いボスとかいるでしょ?俺の弱点が眠気なだけなんだよ。」

 「ピコピコの話は分からん。」

 「ピコピコじゃあなくて、ゲーム。スマホ対応のも今はあるんだから、一回やってみたら?俺のお勧めは、FPS視点じゃあない昔ながらの画面の奴。ドットの。って言った方が正確かな?まあ、そういうやつで面白くて、最近はまっている奴があるんだよね。」

 「俺は興味も分かん。そんなことよりも勉強に励んだらどうだ?現代文の成績が悪い上に、日頃からタマゴ先生に目を付けられているのはさすがに笑えんだろう?」


 タマゴ先生とは、先ほど俺に対して教育的体罰を施した先生の名称だ。堅物キャラと言った外見とは裏腹に、時にユーモラスに答える彼は、生徒の中でも人気が高くさらにその授業は他の先生とは比べにならないほどに分かりやすい。

 

 「笑えない。…かな?」

 「少なくとも、シャーペンをぐるぐる回している暇があるのなら、もっとやるべきことがあると俺は思うな。早く終わらせて、健全な男子高校生として、部活動に励んだ方が俺はいいと思うが。」

 「まあ、この天気だからね。部活動らしい部活動ができるとは思えないけど。」


 彼の言っているほとんどは正論であるのだが、それでも、言い返したい言葉はある。……だがしかし、この手を動かさなければ進まないのも確かであるから。…俺は彼の言う通りに手を動かすことにした。

 二年生の教室に当たるこの場所は、校舎の一階にあって、ただでさえ激しい地面に落ちる雨粒の音がつぶさに聞こえる。ドラムの様に打ち鳴らされるそれは、時折集中力を乱して俺の勉学の邪魔をする。しかし腕を止めると隣の監視委員に何か言われそうなのでその手は止めずに、一時間ほどでその宿題を終わらせた。優秀な監視委員の指導のおかげだ。

 終わった。と一言吐いて背を伸ばすと、AAは身支度を終えていて、先に行くと答えた。席を立つ徐に席を立つ彼に、ここまで待っていたのだから、もう少しぐらい待てないのか?と不満気を隠さずにそう言うと、AAはため息を吐いた。どうやら待ってくれるらしい。

 

 「やはり、持つべきものは友達だね。」

 「いいから早く行くぞ。……ああそうだ。今日。弟。来ないから。」


 AAの弟さんは俺たちと一個下の学年であり、中学校時代からの知り合いだ。おっとりした性格で、小柄な彼は、目の前の友人が背を知事ませた姿。と表現できるほどには兄弟らしい。唯一、この兄の欠けている視力が優れている点が、彼らが似ていない点であろうか。…それほどまでに、彼らは、この兄あっての弟さんらしいかった。


 「珍しいね。…何かあったの?」

 「何かあったわけじゃあないけどな。…まあ、何事もなければいいのだが。」

 「?」

 「なんでもねえよ。」

 「変なAA。」

 「…そのあだ名はやめろ。」

 「じゃあ、A´(エーダッシュ)」


 ダッシュに省略の意味があるとは思わないけど。と付け加えると、彼は何も変わっていないと少し怒った。あまり言いすぎると、本格的に叱られそうだから、俺はその略称を訂正して名前をいった。


 「灯は、何でこの略称が嫌いなの?」

 「…個人的な理由で嫌っているんだよ。」

 「個人的な理由で、か。……っていうか、この略称を最初に考えたの俺でしょ?まさか、俺との間に何かがあった?俺の知らない間に、第二の俺が、灯に何かしたのか?…くっ…どおりで、右目が疼くはずだぜ。…いやでも、この場合は、左手が疼いた方が一般的なのか…。そうだな。一般的にはどちらの方が正しいのか街頭アンケート取らなきゃね。」

 「急に中二病を発症するな。そしてなんだその冷静なマーケティング力は。…そんなんじゃあねえから。お前が原因なんて自己陶酔なことを言うな。……個人的な問題なんだよ。…深くな。」

 「?自己陶酔を自己の悪い理由として使う人。…初めて見た気がする。」

 「……自己評価ができていないって意味じゃあないのか?」

 「…さあ?こればかりは国語辞典先生に頼まなきゃあなんとも言えないね。だって、俺の現代文の成績はあれだよ?わかるわけないじゃん。」

 

 彼は飽きれているように吐息を吐いた。

 分からないくせによくもまあそんな言葉が吐けるものだ。と言った感じのため息だ。確かに国語の成績は悪いくせに、饒舌に話を騙っているのは、本人でさえ自覚しているところだ。


 「お前はほんと。……そう言うところがうらやましいよ。」


 彼は、雨の降りしきる廊下を歩きながら、そう言った。



 俺と灯が所属する部活動は、山岳部。と呼ばれている山系の部活動だ。

 部活動内容は簡単。夏に山に登り動植物を採ってきたり、山にこもったり。まあ、山岳活動を旨とした部活。と言った方がおおむね正しい。

 …だが、毎日このような部活動に明け暮れている訳では無く、冬はもちろん部活動自体がないわけで。四階の部室に溜まることが主な部活動内容となる。言わば、取って付けたような部活動内容の文化部だ。登山シーズンである夏以外をこうしてだらけて過ごしている時点で、青春の面影は見当たらない。大体内容からして青春から遠のいている。


 「おっはー。」

 「灯くん。遅かったね。…あれ?なんでロリコンがいるの?」

 「ロリコンとは失礼な。俺は、同学生対象だからロリコンじゃあないんだよ。一般的なんだよ。」

 「…うわぁ…。」

 「そっちから振っておいて、何でそんな顔するんだよ…。露骨すぎるわ。ってあれ?いないんだ。部長殿。」

 

 四階。視聴覚室の隣にある学習室。

 そこが、俺たちの部活動部屋だ。学習室とはいっても、授業やその他活動であまり使われないこの部屋は、サバイ部専用の部室と化している。だからこそ、お湯を沸かせるポットが常設してあるし、部員専用のマグカップまで各個人が持ってきたそれが、隠されることもなく棚に置いてある。

 さらに言えば、部室とは名ばかりの各個人の趣味部屋としても確立しており、窓際の部長スペースには、部長自らの趣味であるモデルガンが数丁飾ってあるほどだ。担当教諭は何をしているといつも思うわけであるが、山岳部担当顧問は、我がクラス担当教諭でもあるタマゴ先生。この現状を見て彼は、何と了承の胸を部長様に答えた。……一担当教諭としてどうなのだろうか?まあ、そんなことを言う俺も、自スペースに私物を持ち込んでいるのだけれども。

 …だから、人の事が言えるわけではない。

 唯一の救いは、山岳部らしいリュックや装備品が壁に掛けられているところだろう。総重量役十キロのこの装備は、健康的な体ず栗を目指すという部長の元、山登りに適さない装備も含めてのそれだ。


 「それで?部長様はいつ帰ってくるのかな?」

 「知らん。俺たちも、見たとおり今来たばかりだからな。」

 「あっそう。じゃあ、彼が来たら言っておいてくれ。生徒会長様が呼んでいる…ってね。」

 「わかった。」

 「じゃあね、ロリコン。灯くん。」

 「ファック!女狐!!」


 中指を立て、声を荒げる。

 その女狐は、同学生のうちの一人で我が部長と同様に生徒会に属している。生徒会書記を任命している滋野目真衣しのめまいは、その可愛らしい様相とは裏腹に、人を貶めるのを好む。その被害者は、大抵俺になるのだが、他人にその姿を見せない為か。彼女の印象は、俺と周辺の人とで違う。誰に対して燃やさすく、優秀な生徒会書記という側面だけが大々的な彼女は、嫌味ばかりを吐くうるさいJKと言う俺の認識とは食い違っている。


 「ロリコン。…だそうだが?」

 「ロリコンの定義を話し合いたいね。……まったく!中指だけじゃあ足りないから、親指もつけておこう!!!」


 そんな天敵に対して首元に親指を添えて、心の内を示していると、すれ違うように部長が部屋に入ってきた。左側のわざわざ遠い階段からここまで来たらしい彼は、何気ない顔で居室に入ってきた。大分疲れたような顔と、いつものようにある目の隈は、彼が睡眠を怠っている証だ。……大方、趣味に睡眠時間を回していたのだろう。彼は、俺の心の叫びである親指を見ると、何を思ったかこういった。


 「……?何?戦争?」

 「あれ?女狐に呼び止められなかったの?」

 「普段のあいさつぐらいだったよ?……それよりも、そのジェスチャーは?」

 「いやいや、先ほどの女狐にね。……いや、だから宣戦布告じゃあないから、何嬉しそうな顔をしているんだよ。」

 「……いやあ、それはさぁ。極上なおもちゃが目の前にいるんだから。理系としては。科学者の心でかまいたくならない?しかも、そんなことされたらさぁ。それって了承の意。…でしょ?ちょうどよかった。今ね、心理学の実験にはまっていてさ。」

 「……今すぐ全国の科学者に土下座してから、理系に対しても、謝罪文を書いてもらった方がいいね。ってか、……心理学?この前は、哲学と仏教にはまっていなかった?」

 「その話はひと段落したよ。とても有意義な時間を作れて感服したさ。」


 感動に打ち震えているのか、目をつぶり自分の世界に入っている我が部長。双月依馬そうつきえま。かなりの変人として校内でも有名で、その知名度は生徒会の面々おなかでも随一を誇る。…主に悪い面なのだが。

 私物化されている学習室内の現状も、その中に含まれる。一部の教師が大抵なのだが、何故だか現状が改善されることはない。こちらとしても不利益になることはないので、現状を解決しようとするものはほとんど誰もいないのが現状だ。


 「んじゃあ。部活動に励もうか。」


 そう言って彼は、後ろの扉を閉めた。

 

 


 

 

 

 

 





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