4番目の病室
えっ、なに、食欲があるか?
う~ん、いつもと同じかな。
うん、うん。食べてるよ。食べてる。
で、今日はどうするの?
……
また、あの話を聞きたい?
もう、あの話はもう何度も話してるじゃない。何でそんなに聞きたがるかなぁ。
大切な話だから聞きたい?はいはい、分かったわ。話すわ、話すわよ。
あれは私が子供の頃の話よ。私は風邪を拗らせて入院したの。おんなじ病棟に茜ちゃんっていう女の子がいてね、同い年だったからすぐに仲良くなったわ。よく二人で病棟で遊んだものよ。そして、あの日、あの出来事が起きたの……
「301……302……303……305
なあ、不思議やろ?4番目の部屋があらへんのや」
と、茜ちゃんは言ったわ。
「この病院の大人はアホや。まともに数も数えれへん。303の次は304やないかい」
茜ちゃんはプンスカと怒っていた。
「うちが間違いを直したったる思うてな」
茜ちゃんはそう言うとポケットからボール紙を取り出したわ。そこにはサインペンで「304」と書かれていた。
「ほいでな、これをこーしてな」
茜ちゃんは持ってきた椅子に立ち、背伸びしてお手製の部屋札をホルダーに取り付けた。
「どや、これで304の出来上がりや」
椅子から飛び降りてパチンパチンと手を叩き、茜ちゃんは満足そうに胸を張ってたっけ。
「うちらの専用の病室や!」
茜ちゃんはそう言うとそのまま304に入っていったわ。私もね、すぐにそれに続こうとしたの。その時よ
「何をしているんですか!」
鋭い声が私を呼び止めたわ。恐る恐る振り返ると、それは私たちが苦手としていた看護師さんだった。
この看護師さんは私たちを見つけると怒ったような声であれはダメ、これはダメと命令するの。だから、その看護師に呼び止められた私は声も出せずに固まるだけだった。
看護師さんは私をジロジロ見ながら近づいてきたわ。きっと、なにかまたいたずらをしたのだろうと思ったのね。まあ、当たってる訳だけど……
私は蛇に睨まれた蛙のように黙りこくった。と、看護師さんが部屋札の異常に気がついたわ。部屋札と私を交互に何度も見返してね、そして、やおら茜ちゃんお手製の部屋札をむしりとり、怒鳴ったの。もう、凄く恐かったのを今でも覚えている。
「こんないたずらをしちゃダメでしょ!」
私はろくな言い訳もできずにただ首をすくめるだけだったわ。もしも、茜ちゃんがいれば得意の関西弁で反論してくれるだろうにと思いながらね。
「茜ちゃん……」
看護師さんが立ち去ってから私はそっと304、本当は303の部屋を覗いた。でも……
でも、茜ちゃんはどこにもいなかったの。
いないなんてあり得ない。そこは三階で、出入り口は、今まで私が立っていた扉一つきりだったもの。もちろんその扉を誰も通り抜けてなんかいない。
「茜ちゃん、どこ?」
私は茜ちゃんの名を呼んだわ。でも、返事はなかった。ベッドの下にもクローザーの中にもいない。茜ちゃんは忽然と姿を消してしまったのよ。
その日、行方不明になった茜ちゃんの捜索で病院は大騒ぎになったわ。私は何度も何度も大人たちに問いただされたけど、茜ちゃんは303の部屋に入り、忽然と姿を消したとしか答えようがなかったわ。私は泣きながらその事を訴えたけど、誰も信じちゃくれなかった。
えっ、信じてるって?
嘘、おっしゃい。もしも、信じてるならすぐにここから出してよ。
……
ほら、出来ないじゃない。もう、バカにすんじゃないわよ。
いいわ。慣れてるから。気になんかしないわ。あなたたちが信じようと信じまいが私は一向にかまわない。でも……
でも、私は信じてる。
茜ちゃんは303ではなく、この世に存在しない304に閉じ込められてるって。あの時からずっと一人ぼっちで閉じ込められてるのよ。
可哀想よね。
ね、可哀想だと思わない?
えっ?思うって?
嘘つくんじゃないわよ!
出てってちょうだい!
さあ、今すぐ。
もう、うんざり
ほんと、私は、あんたたちの、その、僕は何でも知ってるさって目が大嫌いなのよ!
ああ、ああ、とっとと私の部屋から出ていけ!
さっき、茜ちゃんのことを可哀想っていったけど、私も茜ちゃんと何も変わらないわ。
一生、ベッドにくくりつけられて、あんたたちに毎日毎日おんなじ話をしなきゃなんないんだからさ!
2019/07/10 初稿