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アレックスは一人ため息をついた。人を一人探すことがこんなにも大変な事だとは思ってもいなかったのだ。客人の探している同行者も客人を“探している”という状況がいただけなかった。
まず彼女がおこなったのは、麓の街の宿屋を訪ね回ることだった。経路がどうであれ、長旅をしてきているのならば荷物も少なくないはずだ。路銀は預けているというアレハンドロの言葉からして、大きな荷物もその男に預けているのではないだろうか。そんな大荷物を抱えて何日も行方のわからない人を探すことはない、おそらくどこかに宿を取って拠点にしているはずだと。
「まさか、宿へ荷物を預けて山狩りにいってしまうとはな」
拠点として使われている宿はアレックスが思っていたよりも早く見つかった。見つかったのだが、宿を取っている本人はアレハンドロが怪我をして山へ登ったと聞き血相を変えて飛び出していってしまったという。
宿の付近で聞き込みをしたが、数日分の食料を買い込むと最低限の荷物を持って街を出るところを見た、という情報を最後にその後の行方を誰も知らないようだった。
「フランス訛りの大男? 右目のあたりに傷のある男かい?」
「そう聞いています」
「まだ戻ってはいないようだね、見かけたらすぐに知らせてあげよう」
「ありがとうございます、早く見つかるといいのですが」
「ただなぁ、旅慣れしているようだったし、おそらく軍人さんだろう? あの感じじゃあ目的を達成するまで戻ったりしないんじゃないかと思うよ」
とはいえ、そろそろ食料も尽きる頃じゃないか、店主の言葉にそれならば宿屋で待ち伏せをしているのが一番確実そうだとアレックスは口元に手を当て低く唸った。
しかし、まず屋敷で待っているアレハンドロに宿屋の特定はできていると知らせてやった方がいいのではないか。おそらく誰よりも心配しているだろう、怪我の具合も確認しなければ、彼女は空を仰いだ。
「今日の朝方には一度帰ると約束しているしな」
有益な情報はあまり得られなかったが、少なくとも彼らの所持している荷物や馬などはすべて見つかったのだ。怪我人を屋敷で預かっていると伝言を宿屋の店主に残し、男が戻ったら屋敷まで使いを走らせるようにと頼んで少しの金を握らせるとアレックスは街をあとにした。
屋敷まで戻る道すがらどこかに人の気配がないかと気を配っていたが、彼女の目の届く範囲にはいないようだ。三日もたっている、まだ山にいるともかぎらないだろう。
「明日は港の方へ行ってみるか……」
麓の街までなら一人で出向くことはできるだろうが、港までとなれば話が違う。漁業や貿易で栄えている小規模な都市といってもいい豊かな街だ。当然広さも人の多さも違う。
そこで人探しとなると骨が折れるな、ため息をつきながらアレックスが屋敷のドアをあければ言い争うような声に帰宅を歓迎された。またやっているのか、別の色合いのため息をついたところで、ロナルドが神妙な面持ちで廊下に出てくるではないか。何が男同士の方がやりやすいもんなんですよ、だろうか。アレックスは顔をしかめた。
「あまり客人をからかうな、怪我人だぞ」
「怪我人だからこそ労ってんですよ、俺は。それで、何か進展はありました?」
「泊まっている宿は特定できた」
「なんだ、ならもう見つかったも同然じゃないですか」
「そう簡単にはいかないから一人で帰って来たんだとは思わないか?」
返事の変わりに肩をすくめたロナルドは戸口に立っているアレックスの方へ歩みよると、その手から荷物を取り上げた。詳しい話は部屋で聞きましょう。短い付き合いでもない、ロナルドの言わんとするところはすぐ理解できる。二階へと足を向けるロナルドの後を追い、アレックスはむっつりと唇を閉ざしたまま屋敷の奥へと歩を進めた。
さて、何から説明したものか。屋敷のなかを歩きながらアレックスは再び頭の中を整理する。話す順序は決まっていた。宿の特定を済ませたこと、本人はアレハンドロを探しに行ってしまったこと、その行き先はわかっていないこと、明日は港の方まで足を伸ばそうと思っていること。
ロナルドに助力を求めたいこともいくつかあった。港へ聞き込みに行く人間と麓の街に残り宿屋で探し人を待つ人間が必要だった。最低でも四人だ、贅沢を言うならば聞き込みに行くのにもう三人はほしいところだ。
「宿をおさえたなら、そこで待ち伏せするのが一番じゃないですかね」
「僕もそう思う。だが、なんと言えばいいのか」
「ざっくりとでいいですよ、ざっくりとで」
「行動力の化身のような男を見つけるのは相当骨が折れそうだぞ」
アレックスの私室のテーブルを挟んで向かい合わせに座った二人は麓の街の地図を広げた。あちらへ、こちらへと、地図の上をアレックスの指が走り、別紙にメモを取りながらロナルドが所々で口を挟む。十分もすればアレハンドロに報告する詳細も決まってくるだろう。
とにかく、彼の探す“ルネ”は麓の街にはいないのだ。顎に手を当てたまま黙りこんだロナルドも事の厄介さに眉を寄せる。
「つまりなんですか、こっちも山狩りをするか、少しの可能性を信じて港の方も一回りするか、いつ戻るともわからない宿屋で粘るかってことですか?」
「そういうことになるな」
「人手が足りないにも程がある」
「それで、少し考えたんだが」
「はいはい」
「彼を宿屋に残して僕たちは港へ出向くのはどうか、と」
「あー、俺は反対ですね」
む、とアレックスの眉が寄る。またお前は過保護な事を、と言葉がなくとも伝わってくるその顔を見てロナルドは苦笑いを浮かべた。
「説明するより見てもらった方が話が早い」
ドアの外を指差したロナルドはそのまま部屋を出て行った。見てもらった方が早い、とはおそらくアレハンドロの様子をであろう。
階段を降りて廊下を進むと、アレハンドロとエミリーの話す声が聞こえてきた。和やかな談笑は客人が不自由なく屋敷の中でリラックスできている証拠だろうか。少し誇らしげな表情でアレックスは客室の扉を開いた。階段を降りる途中でロナルドに言われた通りに、ノックをせずなるべく静かに薄く、中が覗けるほんの少しの隙間だけ。
「これは、珍しいな」
ノックもせず客室へ入るなど、と渋い顔をして見せたアレックスだったが、その光景にぱちりと瞬きをして帰宅の挨拶よりも先に感想が口をついて出た。
薄く開いた扉の隙間から見えるのは、二人の間を飛び交う小さな光。いや、光と呼ぶにはあまりにも淡く、儚いそれが何かアレックスにはすぐにわかった。目をこらして見つめればその姿はよりいっそうはっきりと見てとれる。
「ピクシーがこんなに無邪気に人に近付いているところなんて初めて見た。まるでおとぎ話のようだ、あれは何をしているんだろう」
「寝癖をなおしてやってるんでしょうね」
「なんて愛らしい」
思わず口元を覆ったアレックスは年相応の少女らしい笑顔を浮かべていた。普段はあまり人に近付かない妖精の類いが人の世話をやいているのは絵本の中の世界で、現実に見ることは非常に少ない。
比較的に人間に対して敵意を持つものが少ないが警戒心の強いピクシーを複数その目で見られた事だけでも彼女にとっては珍しい出来事なのだ。
「これは」
「なんとなくわかって頂けましたか」
「もしかして、彼も“見えない”人間なのか?」