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ミクロコスモス紀行  作者: 日野山 丞
世界の扉を開ける出会い
3/7

「俺より医者でしょう、こりゃあ」

「さっきまで普通に歩いて喋っていたんだぞ」

「お嬢に会って気が抜けたんでしょうよ。熱もあるな、これは?」

「僕の素人治療だ。いや、治療とも言えないが」

「やらぬ善よりやる偽善ってね」

「いいから早く背を貸せ!」

「いや、こっちのが早い」

 上背のあるロナルドにとって人間を背負って運ぶのはそう難しいことではない、しかし意識のない人間を背負うまでがなかなか厄介なのだ。

 見たところ幸い青年はロナルドよりも幾分か小さい。片腕をとると己の首に回させ、背と膝裏を支えるようにしてそのまま抱え上げる。横抱き、という運びかたを非難するようにロナルドの腕の中で呻く青年にマントのフードを目深に被せたアレックスはまとめた荷物を抱え上げる。

「さすがだ」

「ええ、そりゃどうも」

「ブーツはどうしてやろうか」

「この怪我からして片方はもう使い物にならないでしょうね。兄さんにゃ悪いが捨て置いてこのまま裸足で運んじまいましょう」

 胸元でモゴモゴとこもった声が聞こえているがそれを言葉として受け取ることはできなかった。ブーツを捨てていく事への抗議か、熱にうなされているのか、どちらにせよロナルドは聞き入れるつもりはない。身動ぎする青年を抱えなおし傍らのアレックスを見下ろした。

「お嬢、悪いけど先に戻って医者を呼んでおいてくれませんかね。さすがに男一人抱えて走って戻れそうにないんで」

「お嬢と呼ぶな。医者なら戻ったときにエミリーに頼んでおいた。が、伝えた症状より随分と悪いみたいだ、きちんと薬を用意してもらえるよう改めて頼んでおく」

「湯と着替えも用意しておいてやったほうがいい。この兄さん、どこからどう見ても大陸の人間だから目立つんで」

「父上の服を借りるか」

「あー、俺のを貸しましょう」

「助かる。旅の人、お前の荷物は先に持っていくが誰も盗りはしない、安心してくれ」

 マントのフードの上から優しく青年の頭を撫でたアレックスは、先ほど青年に見せた表情とは違い柔らかな笑みをたたえていたが、はたして両目を閉じている青年にそれが伝わっただろうか。村への道を再び駆けもどって行く彼女の背中が見えなくなったところで、ロナルドはそっと青年を地面に下ろした。

「傷口を確認させてもらいますよ」

 足元へと回り込むとその場にしゃがみこみ、青年の脚に巻かれているスカーフをゆっくりとほどいていく。傷口を覆うように張り付けられた薬草を丁寧に剥がすと指先で傷口をなぞる。声もなく喉を反らす青年の太腿に片膝を乗せ、悶える体を押さえ込んだ。

「ちょいと痛みますが、我慢できますよね」

「そういうことは、先に言ってくれ」

「喋れる元気があるなら結構」

 宙を掻くように怪我をしていない脚が暴れるのを尻目にロナルドは青年の傷口を指先で何度もなぞった。上から下へ、下から上へと指先が移動する度にもがく脚は次第におとなしくなり、川辺の石を掴んでいた青年の両手からも力が抜けていく。心なしか呼吸も穏やかになった青年は重いまぶたを持ち上げ、何度か瞬きをした後再び両目を閉じた。

「何をした」

「何をって、少しばかり楽にしてやろうかと思いましてね」

「君は、治癒師か?」

「本職ってほどじゃあないからな、そう名乗ったことはありません」

 現に、青年の脚から傷が消えたわけではない。ロナルドにできることはせいぜい毒の回り、症状の進行を遅らせる程度の事だ。痛みを和らげ、熱を下げてやる以上のことはできなかった。

 多くの人間は使える魔術に得手、不得手がある。何か一つに特化した者が多い中、ロナルドは特出して何かが得意というタイプではなかった。知識としてある程度の心得があればある一定の精度であらゆる魔術が使える貴重な──アレックス曰く、器用貧乏な──人間だ。

「治癒師を名乗れるならそうありたいですがね。さて、まだ万全って訳じゃないだろうが、兄さんには道中いろいろ聞かせていただきますよ」

「身元を疑う気持ちもわかるよ、でもただの旅の者だ、怪しい者ではない」

「別に疑ってる訳でもないですけどね。持ち上げますよ」

「もう自分で歩けるから」

「強がりはよしときな、こっちとしては病人としておとなしく運ばれてくれた方が都合がいいんでね」

 青年が上体を起こすのを背を支えて助けたロナルドは、再び傷口を覆うように薬草を張り付けると元通りになるようにアレックスのスカーフで縛る。そのまま足首のあたりを支え、爪先を掴んで青年の足を軽く回して調子を確かめた。痛みがあるような反応を見ると一つ息を吐く。神経系まで蝕まれていない証拠だ、安堵のため息だった。

 抱えあげようと膝裏へ腕を差し込もうとすると青年はしばらく自分で立ち上がれる、と抵抗をしていたが

それもすぐに止み、ロナルドの腕の中へとその身を投げ出した。

「ルネみたいだな、君は」

「誰だか知りませんが、褒め言葉として受け取っておきますよ」

「褒め言葉だ、ルネほどいい奴はいない」

「そりゃどうも」

 持ち上げると諦めきったのか、はたまたもう自力で歩くことは難しいと判断したのか、青年はおとなしくその腕の中へとおさまっている。そのまま歩きだしてもルネが、ルネは、とうわ言のように繰り返す青年にロナルドはフードを被りなおすようにと注意した。黒い巻き毛が珍しいわけではない、太陽に愛されたその顔立ちを少しでも隠させるためだ。


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