敗因
続バッドフライデー。
「ころしたくなった」
僕の友人が物騒だ。
休み時間、ふらりとどこかに消えたと思ったら帰ってきて第一声がこれだった。
こわい。顔も怖い。
「どこいってたんだよ」
「井坂さんとこ」
深いため息をつきながら席につく憩。次は自習だ、そんなに真面目にやらなくてもなんとかなる。
後ろの席の憩に体を向けるように体制を変えた。
肘をついて再度ため息をつく。
「顔見にいったんだけど、いつもあの女ベタベタしてんだよね…むかつく。殺したくなった」
理不尽なヤキモチだ。可哀想なお友達。
恨まれたお友達があまりに不憫で、なだめようと憩の肩を叩く。
「まあまあ。恋人同士になったんだからいいじゃん。すんげびっくりしたけど」
「運命だから。俺はわかってたよ、恋人になれるって」
途端蕩けるようにのたまう。誰でも首絞められて殺されかければイエスって言うだろうなあ、と事情を知る僕は苦笑い。
ごめんな井坂さん、僕でもこいつは止められない。
そもそも、憩がこんなに執着することのほうが珍しいわけで。
小学校からの付き合いで、もともと大人しくて静かなやつだった。
穏やかで誰にでも優しい、乱暴じゃないから女子からの人気もあった。
僕は当時気弱でいじめられっ子だったから、優しい憩を拠り所にしていた。
仲間外れにされがちな僕のことも倦厭せずにいてくれる。
いじめっこたちも憩には何故か手を出さなかった。
「憩くんは本当にやさしいな」
そう言っても憩は小さく笑って、そんなことないよと否定するだけだった。
中学に上がって、いじめられることもなくなった頃。
相変わらず憩と一緒にいることが多くて、わかったことがある。
憩は、何にも興味がない。
常に本を読んでいたけど一貫性はなくて、暇つぶしに読んでいるだけ。
嫌いな食べ物はないけど好きなものもない。
趣味も、何もない。
「憩はなんで僕と友達になってくれたんだ?」
いじめられていた僕と関わることは厄介でしかなかったろうに。
ずっと気になっていたことを聞いたことがある。
「さあ」
本を読みながらの返事はそれだけだった。
「自分もいじめられるかもって、怖くなかった?」
なおも聞くと、視線だけこちらへ向けて目を細めた。
「別に。いじめられてたし」
「え?」
「靴隠されたりとか教科書破かれてたりとか、結構普通にあったよ」
「え…」
初耳だった。そんな素振りも見せたことなかったのに。
目を丸くする僕を面白そうに笑って、また本に目を戻した。
「まあ別に、瑛二のせいじゃないよ。元々浮いてたからね、瑛二とつるむから余計に拍車はかかったけど」
「…辛くなかったの」
「どうして?」
「ひどいことをされたら、悲しいし辛いだろ」
「うーん」
真面目に問いかける僕に小さく唸ってから、
「どうでもいいかなあ」
とだけ答えた。
「大体、勘違いしてるでしょ。俺は優しくもなんともない、つるんではいたけどいじめられてた瑛二を助けたことはないし、かばったこともないよ」
読みかけのページの右端の角を折って、ぱたんと本を閉じる。
悪戯に笑って、僕を覗きこんだ。
「見てみぬふりだよ。これって、友達って言える?俺って本当に友達なのかな?」
「……」
からかわれている。
ため息をついた。確かにそうだった。
僕が一方的に寄っていっただけで、憩は別に何もしていない。
歩み寄ることも、突き放しもしていない。
興味がなかったんだろう。
ちょっとショックではあるけど、しょうがないことだった。
「…どっちでもいい、もう。そういう性格だから僕は救われたとこあるし」
「ふうん、そう」
途端につまらなそうになったのを、よく覚えている。
―――そんな憩が、同級生の女の子に執着するなんて。
意外も意外、気持ち悪いほどに。
しかも相手は、これといって美人とか可愛いとかいうタイプではなく、常に眠そうなやる気ない感じの子だった。
クラスも同じじゃないし、接点があるようには思えない。
あんな、ええと、犯罪まがい…違う、猟奇的…?な、アプローチをするなんて。
「なあ憩、井坂さんのどこが好き?」
「全部」
試しに聞いてみたら即答で、なおかつなんにも読み取れない返事をされた。
ただすごい良い笑顔。何この人、ほんとにあの憩クン?
「ハシビロコウっぽいよね。感情読めないでしょ?すっごい可愛い、だから引きずり出したいんだよね…
笑顔以外の表情全部」
キラキラした目で、好きな子を世の女の子はあまり喜ばないであろう動物に例えながら、最後には末恐ろしいことをはっきり言った。
敗因はそのポーカーフェイスみたいです。井坂さん、ガンバレ。
もう僕には止められない。
善良なお友達、瑛二くん。
たびたび登場願うと思います。