橙厭 dai-ya
「轟轟轟轟轟、轟轟轟、轟、轟轟轟、轟轟、轟」
「きゃはははははははは、はははははは、は」
「てん」「てん、てん、てん」
「てんてん」
「てん、点、点々、てん」
「点」「点」
「点」
「点」
たいに囂しいのです。木が、そのように人語めかして呻くので。
家人が留守のあいだ、たいてい僕は庭木の言葉に耳を貸している…、
…でも、そのようなコトを真顔でいうとキミ悪がられるでしょうし、下手をすると、またぞろ入院だなんだと本当に囂しい大騒ぎになるから、まあ一人のヒミツに留めている。
…そいつはオレンジ色の実をつける木で、だから順当に考えたらオレンジの木となりそうなモノなんだけれど、どうにも柑橘類とは異なりそうな気がするのです。
僕はそれを、死にゆく者の怨みを吸い蓄えた、妖物なんじゃないかと考えているのです。
そのように突拍子もないコトを考える理由は一つ有って、これはもう既に自分のなかで風化した思い出なのだけれど、あの木の枝で僕の兄が首を吊っ
「点」「轟」
「きゃははははは」
「痕」
「血」
べもない留守のあいだ、祖父はまた例の考えごとをしていたようでした。庭木の前で車椅子が倒れて、その傍らで凍った滝が放り出されたみたいに所在なくしている人体。それが祖父なのです。白髪が逆立ったまんま、表情はない。家庭用の電子血圧計で一応の変動を確認してみますが、普段と大差もない値。脈もそれに倣いました…、
…生体反応は一定で凪いだ海のようなのですから、精神の野に突風が吹いたというところなんでしょう。このごろ、トミにこうした発作が増えてきた。
それにしても、人はなぜ悲しい出来事に固執してしまうのでしょうか。まるで、それこそが掛けがえない自我であるかのように。血色の宝石や結晶であるかのように。
たとえば老いて自身の年齢すらもオボロな祖父。彼は敢えて針のむしろに座すように、輪廻を見つめ続けているのです。
いま現在ではなく、美しい思い出でもなく、若い頃の輪廻のなかで喘いでいる。
ふたごのお兄さんに死なれてしまった体験に、ドップリ浸るんです。
あの庭木で起こったことを、いつまでも、いつまでも、反芻するのです。
くだんの木の前でクギヅケになりながら…、
…なんという果敢ない煉獄でしょうか。
ともあれ、勿論、午後からのデイサービスは休ませたほうが良いでしょう。
祖父の白頭を撫でつけてから、彼のからだを車椅子に再度すわらせてやり、そうして。
デイの事業所に電話を掛けたのですよねするとあの女が電話に出て人間の言葉で喋る鼠鼠のネズミ鼠ネズミ螺子の外れたねず鼠ねネズに腐った
「きゃはは轟轟々点赤あか血の点々てん」
「鼠」
ぶん狂人
た 狂人なんじゃないかなと思う。ストーカーですとかね。私は介護福祉士の仕事に就いているのですけど、ひとりで事業所の留守番をしている決まった時間に、毎日、毎日。
…変なオジイサンの声で電話がかかってくるんですよね。内容は全く意味不明で。木がどうとか午後のデイは休むとかネズミのくせに人の言葉を喋るなとか。
…勿論、こわいですからね。ストーカー殺人なんて有り触れた時代ですから。獣の世紀ね、まさに。…いえ、それで警察にも相談しましたし、所長さんにも。
…だけど犯人は用意周到なのか、こちらが身構えているとパタッと音沙汰が止むんですね。それは寸分の狂いもないくらいです。ひょっとして、人間ワザじゃないんじゃないかって思うくらい。
…そう言えばね、私の故郷では、人の言葉を話す木霊の話が伝わっているんですね。木霊って、木のオバケ。あら、急にヘンなこと言ってスミマセン。ほら、あそこの木を見ていたら…、
…ほらね、あそこの寂れた空き家の庭。橙いろした実のなる木があるでしょ。なんの種類の木かしらね。ヘンテコな感じですよね。あんまし見たこともないタイプの木。ちょっと不気味な感じもしますよね。
ぶ ん狂人なんじゃないかなと思う見たこともないタイプの木。ちょっと不気味な感じもしますよね。
え、見えない、分からない、おかしいなあ、私にだけ見えるんじゃあ私がたぶん狂人なんじゃないかなと思う。「きゃは」
「点」
「轟々点赤ぶん狂人なんじゃないかな」
「血」