誘惑に負けず。
波をすり抜け、陽を浴びよ。
いざ、行かん。
ドアを開けると広大なお花畑。所狭しとガーデニング本のみなさんがお世話をしていました。
次のドアへは、この中を進まねばなりません。
「何色の花が好きだい?」「ほら、これなんていい形だろ?」「匂ってみてよ、どお?」
押し寄せる花の嵐。
「いや、あのっ、私、サボテンも枯らしてしまうのでっ!」
囲まれて困っている所に救いの手が。
「私たちがお相手します!」
恋愛本のみなさん!!
「この花の花言葉は何かしら?」「好きな子にプレゼントしたいんだけど」「バックに花を背負いたいんだけど」
助かりました。そそくさと逃れましょう。
あー、怖かった。気を取り直して次へ行きましょう。
小さくて可愛らしいドアです。これは安心できそうです。
「あー」「うー」「だー」
はうっ、育児書のみなさんがハイハイで突進してきます。
「決して苦手というわけではないのですが、私、子育てした事がありませんっ!」
囲まれても、無下にできません。
「私たちがお相手いたします!」
おお、絵本のみなさん!!
「昔々あるところに」「昔々綺麗なお姫様が」「昔々羊飼いの少年が」
助かりましたが、全部、昔なんですね。
ふぅ、次の部屋も囲まれてしまうのでしょうか。
調えられた文様と鍵付きのドアです。ノブを回すと簡単に開きました。
「一面の雪って綺麗だろう?」「サファイアとルビーの違いってわかるかい?」「テトロドトキシンは結構どこにでもあるんだよ」
し、自然科学のみなさん。
「私、詳しいことは何一つ理解できなせんっ! 勉強不足ですみません!」
右耳から左耳へ通り抜けていきます。やっぱり困りました。
「私達が相手になろうではないか!」
きゃあ、ミステリ小説のみなさん!!
「無味無臭の毒の存在を否定するのはいかがか」「存在の証明さえあればよいのでは」「密室こそ腕の見せ所ではないか」
助かるには助かりましたが、どこまでも平行線の会話を放っておいて良いのでしょうか。
うん。先に進みましょう。立ち止まらずに前へ。
ギー。重いドアです。なんだか殺風景な部屋です。
「よく来たね! 鎌倉は好きかい?」「江戸の方がオシャレだよ!」「幕末が一番人気だよ!」
ああ、日本史のみなさん。
「あっ、申し訳ありません。私、どの時代も疎くて。何が何やらでっ!」
また、囲まれてしまいました。
「我らがお相手しよう!」
時代小説のみなさん!!
「この人物を主役にしようと思ってるんだが」「この噂は本当かい?」「時代考証を確認してくれたまえ」
助かりました。今のうちに逃げましょう。
なかなかな推しでした。この先が不安です。
真っ白な美しいレリーフのドアです。どことなく気品あふれています。
「ぜひ、散歩てらマーケットにでも」「今では街全体が世界遺産なんですよ」「王宮を見学しますか?」
まさかの、西洋史のみなさん。
「えーっと、私、堅苦しいことは逃げてきたものでっ!」
民族衣装というのでしょうか。可愛らしいお洋服です。ちょっと魅かれます。
「俺たちが相手になろう!」
ライトノベルのみなさん!!
「こういう世界観で行きたいんだが」「貴族社会について教えてくれ」「衛兵の交代を生で見たい!」
みなさん目がキラキラしてます。私も後ろ髪引かれますが退散しましょう。
いよいよです。
堂々と最後の扉と書いてあります。
このドアの向こう側に輝かしい世界が待っています。
でも、分厚いのか、押しても重すぎてうんともすんともいいません。
「我らに任せてもらおう!」
あなた方は!
伝説の、広辞苑さんと六法全書さん!!
さすがのお力です。
こうして私小説は、光の当たる場へ出るのです。
感謝します。