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「あの大遠征の時に連れて来られた捕虜の多くは、病なり怪我なり、慣れない都での生活でほとんどが死んだらしい。こうして異民族の捕虜で生きている方が珍しいからな。お前が都で見かけないのも無理ないさ」
王賢の言葉に李高はうなる。
「そんなもんか? 俺は下っ端だからよく知らないのだがな。文官のお前の方が、噂やそういった事情には詳しいみたいだな」
「下っ端ってお前、将軍に目を掛けられているくせに何を言うか」
「お前だって大臣直々に目を掛けられているだろう」
「あれは大臣閣下主催の詩会に誘われただけだ」
「それだってお前にとって大きな出世じゃないのか」
「それはまあ、おれの詩の才能が認められたと言えなくもないが」
「だろう? お前のような若さで詩会に招かれるなど滅多にないことじゃないか」
「お前だっておれと同い年じゃないか。それをそっくりそのままお前に返してやるよ」
こういった気安いやり取りも王賢相手だからこそ出来ることだ。いくら気を遣わない李高であっても、宮廷で同じ武官相手ではこうはいかない。特に蓮丹将軍に目を掛けられている分、李高を目の敵にする武官は多い。どうしてあんな奴が、というやっかみと嫉妬とが入り混じった視線に晒されるのは慣れたものの、こうして心を許せる相手は少ない。そういった意味でも王賢は心許せる数少ない友人だと李高は考えている。
王賢は深緑の杯の酒を飲み干し、おもむろに立ち上がる。
「ちと席を外すぞ」
李高は露台から庭を挟んだ屋敷の奥を指差す。
「わかっていると思うが、厠は通路を左手に行ったところだ。飲み過ぎて途中で吐くなよ」
からかい半分で言い添える。王賢はむっとして答える。
「まだそれほど飲んじゃいないさ。お前こそ料理を食べ過ぎるなよ。おれの分もちゃんと残して置けよ」
李高は蒸し米の団子を口に運ぶ。口を動かしながら、王賢に向かって手を振る。
「わかっている。お前の分も少しは残しておいてやるさ」
「きっとだぞ」
そう言い置いて王賢は露台を下りて行った。胡夜は舞を舞い、楽人たちは音楽を奏で続けている。霞む夜空には明るい月が掛かり、青白い光が甘い香りを放つ庭の花木や池や露台を照らしていた。
*
少年から青年に成長し科挙試験に合格した彼は、都で宮廷に入り官吏の仕事に取り組んだ。両親の期待に応えようと、精一杯仕事に励んだ。あの桃の古木のある故郷の屋敷に戻ることも無く、家族の様子を思い出す暇も無く、春の華やぎが何度も目の前を通り過ぎていくのを見送った。
都に来て十回目の春が通り過ぎた頃、青年に便りが届いた。両親や兄達、親類の者が流行病にかかり亡くなったと。故郷の屋敷も庭も人の手に渡り、見る影もないほど荒れ果ててしまったと。そしてあの桃の古木も根が腐って枯れてしまったと。便りをくれたのは、父親がかつて春の日に桃の詩会に招いた文人からだった。そしてその最後には、地方官吏の自分を都の高官に推薦してくれるよう、その旨が書かれ締めくくられていた。