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「それは嫌味か、李高。おれが褒めるのがそんなに珍しいのか?」
王賢は不機嫌に目を向く。李高は曖昧に笑う。
「そうは言っていない。ただ粗忽者である俺とは違い、王賢の目に適うのはよほどの舞であるのだろうな、と思ってな。俺には舞の良し悪しはさっぱりわからないからな」
「それはそれは素晴らしいに決まっているだろう。おれは生まれてこの方、こんなに素晴らしい舞を見たのは初めてだというのに。宮中でさえこのような素晴らしい舞を舞う女はごく一握りだ」
熱く語る王賢に、李高は視線を踊り手へと向ける。二人のやり取りのを聞いてか聞かずか、胡夜と呼ばれた少女は無言で一礼する。嬉しそうな様子も見せず、能面のような虚ろな白い顔と人形のようなぎこちない動作でいる様子は、まるで精巧につくられた作り物のようにも見える。
「そうなのか?」
「お前の目は節穴か。その頭はザルか。お前も芸術を愛する人並みの心があれば、この舞がどんなに素晴らしいかわかるだろう」
「いや、さっぱりわからん」
李高は苦笑して頭をかく。王賢の顔が赤みを帯びていく。
「この馬鹿者! お前にはこの舞の価値が本気でわからないのか?」
「そうは言われてもな」
李高は曖昧に笑っている。王賢は溜息を吐く。
「まったく、犬に論語とはこのことだ。どうしてお前のところにこんなに宮廷で噂になっている踊り子がいるのか訳がわからん」
ぽろりと口にした王賢の言葉に、李高は妙な引っ掛かりを覚える。
「噂?」
北方から帰って来たばかりの李高に宮廷の噂など知らない。この踊り子とだって数日前に北方から帰って来た時に初めて会った。将軍から引き取るように命令されたためにこの屋敷で面倒を見ているだけだ。使用人の一人として屋敷の仕事をさせ、舞が上手いというので舞わせてみただけのことだ。
「胡夜は将軍からお預かりしたんだが。胡夜がどうかしたのか? その噂とはどんな噂なんだ?」
素朴な疑問から李高は王賢に問う。
「それは」
王賢はもったいぶった口ぶりだったが、その目には強い好奇心の色が見える。話したくて仕方がないといった様子だ。李高は目で楽人に合図をする。楽人が話し声をかき消すように胡弓を弾き始める。王賢は噂の本人を前にひそひそと小声でささやく。
「これは宮廷で聞いた話なんだがな」
次の曲が始まった。王賢の話の邪魔にならないほどの静かな音に合わせて胡夜は再び舞を舞い始めた。