天使ちゃんマジ天使
古臭く、寂びた建物がある。その中には、たくさんのお菓子が並んでおり、子供達の目には楽園のように映るだろう。だがここは物静かでひっそりとした建物のはずだったのだが、数年前からどうも一定の子供達が出入りするようになり、どことなく騒がしい。だがその騒がしさは心地の良いものだ。
「おーい早くこいよー!」
「ま、待ってよー!」
「気をつけて帰るのですよ」
仲睦まじい兄弟がこの駄菓子屋から出ていく後ろ姿を眺めながら、僕は言葉は送る。
季節は巡り穏やかな春を越え、燦々とした夏を越え、葉が枯れていき、遠くなった空はどこか寂しく思う秋。少し肌寒くなった風を受けながらも、短パンに半袖で走る二人は若いからこそ。僕にも昔そんな時期があったのだと思うと、どことなく儚い。
「さて、君たちもお帰り。日が暮れてきたよ」
その言葉に、残念そうにはぁーいと声を伸ばす子供達を見て僕の頬が緩むのが分かる。
やはり、子供達は元気が一番。こうして肩を落としても、直ぐに「また明日ね」と素直に言葉を送りお互いに清々しい気持ちで別れる。
純粋で、だからこそ無邪気。
本当に愛らしいことである。
「おじいちゃん。また来るね!」
「またドロボークエストの話聞かせてよ!」
「うんうん。分かった。約束するよ」
それだけ言うと子供達は走ってそれぞれの道へ向かった。その背中を見送っては、寒くなった体を温めたいと思い中へ入ることとする。
子供は凄いな。僕は身も心も寒く震えているというのに。
そう考えると自分も歳をとったものだと思い耽るのだ。
「あ、おじいちゃんお帰り」
「ただいま。それと君もお家に帰ろうね」
駄菓子屋の中へ入り暖を取ろうとしたが、暖は既に働いていた。だが私は年中無休で酷使するようなブラックな人ではないので、確かに暖は消していたはずだ。
なら何故暖はついていたのか。この女の子が付けたのだろう。
癖っ毛が目立つ艶のある髪を靡かせ、背中まで届いたそれは無造作にも放ってある。少しは結んだりすればいいのに、この癖っ毛が気に入っているらしい。本人は断じて髪を弄る真似はしなかった。
この時代にはもう珍しくなってしまったセーラー服を着て、崩れたリボンは物悲しい。そんな女の子は僕に言葉にムスッとして口を栗のように変えた。
「もう、いつまでも子供扱いする。もう十七だよ。結婚だって出来ちゃうんだから」
「確かに法律上はそうかもそれないけれど、僕にとってはいつまで経っても子供だよ」
むしろ孫のようなものだ。いや意味としては同じだけど。
僕は炬燵の中へ身を投じ、はふぅと息を吐いた。
「炬燵はあったかいね」
「だねー。人類の生み出した堕落兵器に違いない」
遠くでストーブに当たっていた女の子も炬燵の中へ。放っておかれてしまったストーブは今時では珍しい灯油を入れて動くタイプ。女の子の気持ちが炬燵へと向かってしまったので、ふてくされた様にストーブの燃料が尽きた。
「そうそう、貸してもらったドロボークエストやっぱり勝てないよ、あのボス。本当におじいちゃんは勝てたの?」
「だからお帰りって……。うん、もういいや」
平然と蜜柑の皮を剥き始め、口に入れた女の子を見ては清く諦める。女子高生というのは付き合いで夜に帰るのも当たり前だと聞くし、そう思うと夕方はまだまだ彼女たちにとっては明るいのだろう。
それと、わかるとは思うけど僕はこの子のおじいちゃんではない。ずっと独身で、結婚したこともなければ子供もいなく、生きていた家族は皆他界してしまった。取り残された僕は趣味もなく、なんとなくこの駄菓子屋の経営権を得てひっそりやっているがこれが趣味と言えば趣味なのかもしれない。
一人でのんびり老後の生活を送る僕はこの女の子がまだ幼い頃に出会い、その頃からおじいちゃんと慕われた。この女の子も近所で顔の広い子だったらしく、客が一切いないこの店に一定の子供たちが通う様になったのもこの子のおかげか。
子供たちは皆おじいちゃんと親しみをもってくれるが、それは僕も同じでみんなを実の子供の様に大切にしている。
こうして振り返っていると本当に長く生きているものだとしみじみする。
「おじいちゃん?」
その一言で思考の海から引き上げられた。
「ん、ああ。ごめんね。ドロボークエストだけど本当に勝てたんだよ。当時は英雄扱いだったからね」
遅れながらも返事をする。
いかんな、歳をとるとこう言う事が多々あって。
「本当?牛王もエドーも倒せたけどソーマだけは勝てないな」
そう言ってまた一粒蜜柑を口へ。
僕から言わせたら牛王やエドーを倒せただけ凄いと思う。最近のゲームはどれも老若男女楽しめるように簡単に出来ているが、そんな時代の子供がドロボークエストをクリアできることが拍手もの。
ドロボークエストとは僕が子供の頃に流行ったゲームである。
『やつは大切なものを盗んでいきました。あなたの時間です』をキャッチフレーズにずっと遊びたくなってしまうRPGとして売り出された。
主人公は愉快なドロボーでいろんな宝石や芸術品盗む悪党なのだが、冒険の途中に魔王たちと関係を持ってしまい、魔王の持つお宝を盗むのが最終目的として戦いになるというファンタジー作品。
キャッチフレーズの通り長く愛され続けて今では最新作ドロボークエストXIも発売が決定されている。そんな愛されたシリーズなのだが、いかんせんその難易度の鬼畜さに今では簡単なお手軽ゲームだ。特に1〜3は攻略不可能とまで言われており、クリアしたプレイヤーは全プレイヤーの一割だったため、クリアした者は英雄だ。
牛王は1のラスボスで、牛のような見た目の化け物。世界の半分をやろうと言うやつ。
エドーは2のラスボス。見た目は完全に人間なのにも関わらず、超人的な強さで勇者たち四人と戦ってやっと互角という江戸っ子。その正体は江戸時代からやってきたとある人物で、未来を変える為にやってきて主人公と戦っていたと言う驚きの展開。
愛した女性は理不尽な死に方をするという未来を知ってしまったエドーは愛する者のために牛王の遺体から力を得ていたという設定には初代をやっていたファンからも大人気。
ソーマは最も強いと言われていたか。AIを搭載した人造人間。彼が戦うのは全て未来のため。人間たちが愚か故に起こるネットなどでの無意味な中傷に終わらぬ戦争、価値観の相違によって始まる争いなどを全て無くし統制する為に造られ、主人公たちと機械が作る正しい未来か、人間が作る間違った未来かを選べと言われるシーンは今でも印象に残っている。
そんなこんなで僕は魅力的な魔王たちに惹かれて、勇者より魔王主人公でやってみたいと何度願ったことかと昔を思う。
ちなみにソーマのエンディングまで行った僕としては実はエンディングが二種類あって進め方によって結末が変わることを知っているので、女の子はどちらのエンディングなのか楽しみでもある。
幼い頃のゲームへの青春を思い出しつい頰が緩んだ。
「気長にやるといいですよ」
今できるアドバイスはこれくらいである。
ゲームは楽しまなければならない。
「うん、このお店みたく気長にやるねー」
女の子は二個目の蜜柑の皮を剥き出した。
「でもさ、やっぱりいいの?趣味とかないのかな、おじいちゃんは。このまま駄菓子屋をしてても暇じゃない?」
「いいのですよ。十分人生は楽しみました。あと死んでも余裕のあるの貯金はありますしそれに、私が駄菓子屋を止めてしまったら一体誰が続けるというのですか」
「そっか。そういえば、ここが最後の駄菓子屋なんだっけ」
女の子は悲痛な顔をする。
蜜柑が酸っぱかったのだろう。
女の子が言う通り、ここが最後の駄菓子屋である。全国で最後の一軒。時代は流れて技術が進み、もう駄菓子屋という店は必要がなくなってしまった。
スーパーでもコンビニでも。どこでも手に入るお菓子。駄菓子は安くて子供達にはありがたいだろうけど、やはり若者はポテチやチョコなど油を多く含んだものを食べるし、なにより利益が全くないのだ。
どこもかしこも経営が限界を迎え店を畳み、気づいたらここが最後だった。
自分は子供の頃からここに良くやってきていたので、畳まれるのが惜しく思い買い取り。そこからはなんの利益にもならない経営をスタート。未だズルズルと引きずっている。
やはり悲しくなってしまうものだ。こういうのは。
そんな店だが、女の子が連れてきてくれた子供達、それと駄菓子の味を忘れられないマニアたちがたまに足を運んできてくれるだけでそれだけ。
近所の大人たちからも腫れ物扱いされている。崩して家を建てさせろとかどうこう。
そうされると逆に熱くなってしまい意地でも畳まないと決心している。
この店がなくなるのは僕が死んだときだ。
「うん、私も少し寂しいかな。店がなくなるのは。だからもうちょっとだけ長生きしてね」
「もういつでも逝く準備は出来てるよ。長生きなんてするもんじゃない」
「もー、すぐそう言うこと言うんだから……」
「帰るのです?」
「うん、長々とごめんね。また明日来るから」
鞄を持って玄関で靴を履く女の子。
彼女はまた明日と手を振っては家へと帰っていった。空を見れば夕景も閉じていき夜の暗い空へとなっていた。女の子は女子高生でも暗くなったら帰るいい子のようだった。
さて、自分も中に入るか。と踵を返すと、不意に服を摘まれた。
誰だと思って振り返るとそこには、小さな可憐な美しい少女。花のようにそこに鮮明に咲いていた。一体いつから近くにいたのか。全く気がつかなかったことに衰えを感じながらも声をかける。
「どうしたんですか、お嬢さん。お外はもう暗いからお帰り。あ、それとも迷子かな?」
莞爾として小さなお嬢さんに話しをかけた。
すると、ぴょこん!と背中の羽が動いた。その瞬間、羽?と疑問にも思ったが最近の若い子の服は凄いと聞くしその系統だと思い納得。
「やっと、やっと見つけました!」
「お、お嬢さん?」
「うわぁぁあん!やったよぉぉお!」
目を見開いたと思うと大粒の涙をいっぱいに溜めてその場に泣き崩れてしまった。
僕は周囲を見回して人がいないことを確認すると一息。こんな姿見られたらジジイが幼女を泣かせたと悪い評判が付いてしまう。
一向に泣き止まないお嬢さんを見て、このままでも不味いと思って提案をする。
「とりあえず、落ち着くまで入る?空も暗くなってきたし」
お嬢さんはこくんと頷くと涙を拭った。
「いやぁ良かったです本当に!あのファッキンクソゴッドの嫌がらせとしか思えない過酷な旅をついに私は終わらせることができるのです!」
いまとんでもない言葉が聞こえた気がして辺りを見回す。僕とお嬢さんしかいなかった。えぇ……。
「あとはあなた様をあっちの世界に飛ばしたら私のお仕事は終了です。さぁ行きましょう直ぐいきましょう即いきましょう!」
「はい落ち着いて。どうどう」
目を輝かせて身を乗り出すお嬢さんに待ったをかける。
一体なんの話しをしているのか見当がつかない。
「ああすみません。取り乱しました」
へにゃぁーと緩みきった笑顔で謝罪するお嬢さん。
彼女はこほん、と咳払いをして嬉々として語るのだ。
「私は天使。名前らしい名前もないので天使様か天使ちゃんとお呼びください。ちなみに『天使ちゃんマジ天使!』と呼ばれ続けアニメヒロイン代表の座を狙っているので、そこんとこ宜しくお願いします!」
ぺこり。と頭を下げる。
そしてこちらも「あ、どうも」とぺこり。
天使、彼女はそう名乗った。それにアニメのどうこうと言っていたのでこの子のことがだんだん分かった気がする。これはアレだ。アニメとか創作物のキャラに憧れて真似をしてしまったり、将来の夢はプルキュアと語る少女たちと同じなのだ。
そう思うとなんだか微笑ましく思う。
「僕はーーー」
「あー!あー!大丈夫です、お名前も経歴も全部伺っていますので」
こちらも自己紹介をと思い名乗ろうとすると阻まれてしまった。
それに僕のことを知っているらしい。きっとまた女の子の知り合いとかだろう。それより経営なんて難しい言葉を良く知っていたねーと頭を撫でる。
「おお?これがナデナデですか。よくヒロインはこんなので落ちますが嬉しいというより犬の気持ちになったようですね」
目を細めて頭を委ねる姿を見て犬のようだと思ってしまう。髪も多いしさらにその印象を受ける。
「さて、では早速本題に入りましょう!と言いたいんですけど一つ言ってもらいたいことがあるんですよ」
真剣な顔になったと思えば直ぐにモジモジと恥ずかしそうな顔をする。
はて、一体なにを言えば。と考えると一つ、思い当たる節があった。
「ああ、言えばいいのかな?」
「お願いします!」
目を輝かせて炬燵から身を乗り出す天使ちゃんを見て僕は苦笑しながら言った。
「天使ちゃんマジ天使」
「はい!」
その笑顔は春が訪れたような錯覚を受けた。