残るは王のみ
空は漆黒の闇に包まれ、無差別に雷を降らせる。辺りの樹木は落雷の影響で半分に割れてしまっていたり、ただの炭とかしてしまったり。
空気は淀み瘴気が満ちている。人間なら立ち入った途端に気分を害し、血を吐き出すものが溢れかえるだろう。そんな場所に誰も好き好んで住み暮らす者なんていない。だが、そんな場所に一軒の豪宮がそびえ立っていた。
禍々しい雰囲気を纏い、一目視界に入れば身の毛がよだち背中が凍る。
まるで、その豪宮のみが違う世界から連れてきたような不思議な感覚すら受ける建物は、何十年と何百年と、いや。世界が生まれたその時から佇でいるようだった。
そんな豪宮はいつしか『魔王城』と呼ばれた。事実、この城には様々な悪魔に異質な怪異的存在が集まっているのだ。そんな化け物たちはたった一人の王の為に集まり、力を、矜持を、命を託す。
その王は、魔王と呼ばれた。
今こうして集まっている者たちは八番目。魔王が現れ、それに付き従う者たちは全員。魔王の眷属の八代目なのである。
メンバーはやはり魑魅魍魎。
魔人、悪魔、ドラゴン、堕天使。えとせとらえとせとら。
そうして皆がこの城に集まったはいいが、誰一人と魔王とまだ出会ったことがない。前魔王の存在こそ知るも、やはりこの目で見たことはないのである。
だが、この世界の魔王と眷属なんてそんなもの。ただいつの間にかこの世に現れ、魔王と共にするためだけに生まれてくるのだから。
運命。いや、
必然だった。
そんな天啓に従った者たちは、ただ一人の存在を待ち続ける。
偉大であろうその方を。
「・・・」
そんな魔王城の一室。無数の本が無造作に積まれ、足場もなく埋められている。そんな捨てられている本たちは全て、禁忌レベルの封じられたはずの魔道書だった。
中には神が造りだした物や、悪魔が生んだ代物までも。どれも、一般の魔法使いや、魔物に人間。知識を持たぬ者なら魔神レベルですら廃人にするような悍ましい作品物。
そんな魔道書を無数に開き、平然と目を通している人物がいる。
アメジストのように、どこか暗く魅惑的で蠱惑的な紫一色の髪を横に束ね、纏めきれなかった髪はストレートロングに垂らす。どうやって出来たのかは分からないが、黒で染められた薔薇を元にサイドテールにしているのだ。
本の内容を映す瞳は、琥珀のようで、どこまでも見透されていているようだった。純黒のゴシック衣装に身を包み膨らんだロングスカートを揺らす。
どこまでも掴めない、得体の知れないオーラを持つ彼女はおとぎ話から出てきた少女のようだ。
彼女は一通り本を読むと、閉じて次の本を捲った。
「なぁ、いつまで引きこもってるつもりだ?黒魔女さんよ」
その言葉にチラリと目を向けると、また本に視線を戻す。
「おい」
そう、彼女は黒魔女さん。魔王の眷属、全ての魔術を司る姫。
別名、『深淵の魔女』その人である。
「煩いわね、集中できないでしょ?」
目の前で暇そうに本を開いては、中身が読めず投げて放っておく彼を見て鬱陶しく思う。
彼女は嫌々ながらも彼と話をすることにした。
「だから俺様が引きこもりの姫を外の世界へ連れ出そうとしているんじゃねーか。読書なんかよりずっと楽しい。それに優男が麗しい姫を連れ出すなんてロマンチックじゃん?」
「そうね、ロマンチックね。その優男が獣臭い狼男じゃなければ」
そいつは言わねーお約束よ。と笑う彼の見た目は彼女の言う通り狼男である。
雄々しい毛に身を任せ鋭い爪に、岩すら噛み砕く牙を覗かせる。黒の毛と、混じった灰色の毛が特徴的だろうか。それと、狼なのに二足歩行するのが印象的だ。
「いいから外出ようぜ。ここは黴臭いし、おっかねえ本が多すぎだ。お遊びする場所はいくらでもある」
「黴臭さより獣臭さの方が私は嫌。本はあなたの専門分野じゃないでしょう?文字読めないでしょうし」
この狼男が本を捲ってもなんの影響がないのは、ただ単に読めないだけ。
人間でも、読めなくても本の方が無理やり脳に知識を植えていくのだが、この狼男は思考まで野生的なので本が読み取れないのだ。
全、魔術本の敗北である。創作した神も悪魔も悔しくて仕方がないだろう。
「それに、私は別に暇を潰している訳じゃない」
「なんだ?友達がいないから本が友達みたいなもんじゃないのか?」
「張っ倒すわよ。それに友達なんて必要ない。疲れるし、いちいち思考を読む苦労だってしないわ」
「出来たことないのになんで苦労を知っているのか」
ふん。と無視をして黒魔女は続ける。
「私には魔王様さえ居ればそれでいい。私の身も心も全て魔王様のためのもの。全てを捧げるわ。だからこうして本を読んでいるのも暇潰しじゃなくて、役に立つための知識を付けているだけよ」
頬を染めて身を抱くようにする黒魔女。
その姿を見て狼男は肩を竦めた。
「まったく。会ったこともない奴にどうしてそこまで心酔的になるのか」
「あら、じゃあ貴方は魔王様の為に生きないの?」
「バカ言え。俺は魔王様の番犬となる男だ。邪魔者は容赦なく噛み砕く」
「ふふ、わんちゃん扱いは嫌じゃなかったかしら?」
「ああ嫌だね。だが魔王様の犬になれるなら本望よ」
そう言って鼻を鳴らす狼男に、ふっと笑う黒魔女。
きっと、これは歪なのだろう。どこか、おかしいのだろう。会ったこともない人の為に自分の全てを捧げることなんて正常なやつならあり得ないと首を振るだろう。
だが、ここは魔王城であり、存在する者たちは全てその眷属。全ては魔王様の為に生まれ、愛し、捧げる者なのである。だからこそ、彼、彼女たちにとってはこれが正常で、普通。
ある意味、生き甲斐だ。
「お互いに思想は一緒ね。だったら邪魔をしないで」
笑った彼女は直ぐに表情を元に戻し、視線を本へと向かわせた。
それを見て狼男は頭を掻いて吐き出した。
「なぁ、畢竟。黒魔女さんは何の本を読んでいるんだ?」
その言葉に黒魔女は妖艶な笑みを浮かべた。
「おまじないよ。魔王様が無事この城まで辿り着いて、私たちに生きる希望となってくれる為に占いの魔術書を読んでいるわ。きっと、素晴らしい人が来てくれるから」
「………そいつは、邪魔できねーな」
ため息を吐いてどこかへ向かう狼男の背中を見つめては、黒魔女は視線を本へ戻した。
思考が全て魔術書の内容を見ることに集中しようとすると、またもや邪魔される。
「なぁ黒魔女さん」
「なに?」
流石にイラっと来た黒魔女は言葉を強くして聞き返すが、狼男からの次の言葉に怒りは冷めた。
「他にどんな魔術書があればいい?」
表情を見られまいと背中で語る狼男はやはり、忠犬だろう。
恥ずかしくも、主人の為に尽くそうとするわんちゃんに。
「そうね。じゃああっちの本と四階の上から二番目の棚の本を全て持ってきて。私じゃ取れないから」
「あいよ。ったく仕方がねーな」
今度こそ向かい出す背中を見つめる黒魔女さん。
彼も不器用ね。と呟いては思考を海へと舵を取った。
もう眷属たちは集まった。後は最後の魔王様だけ。
私という魔術姫枠。狼男の番犬枠。魔神王の門番枠に、サタンの歪枠。全てを語るには一日かかってしまいそうだ。
最後に大魔法枠、魔王様の存在で完成。
黒魔女さんは目の前まで近づいた運命の時を愛おしく想いながら、ページを捲った。