睡眠だいじ。
睡眠は人類の最も重要な三大欲求の一つである。睡眠欲、食欲、性欲。それは誰もが知ることで、魔王として生きるようになってからも、それは変わることはない。
「……っく……ふぁ……」
眼が覚める。時刻は午前七時頃。時計を確認せずとも自分がこの時間に起きることは体が覚えていてくれる。夜九時に睡眠。朝七時起床。それが僕の生活スタイル。少し寝すぎなような気もするけど、欲求には逆らえないし、誰も文句を言ってくる子もいないから変えようとは思えなかった。
眼を擦りながらも映すのは、ふかふかのベッドにそのカーテン。上品な花達に綺麗に整理された本棚。間違いなくここは僕の部屋だ。そして真横には背凭れのある椅子に、そこに掛けるお嬢さん。
「おはようございます、魔王さま」
ニコっと微笑んでくるその顔は毎朝の目覚まし時計変わりのようなものだった。
魔王になってはや二十年。その間、毎朝見続けていた陽だまり。朝日を浴びるよりずっと健康になりそうだと思う。
「おはよう、ロア」
艶やかなピンク色の髪が腰まで伸び、それでいて片目を覆うように被さり、頭には特徴的な小さな二つの角。年相応に膨らみこそ持つも、少しばかり慎ましい胸。そしてランギロア海のような美しい澄んだ瞳。僕がまだ人間だった時代なら、絶世の美女とまで呼ばれる女優やアイドルですら裸足で逃げ出すような美貌を兼ね備える彼女。ロアはその言葉に頬を緩ませた。
「お目覚めの気分はいかがですか?」
「最高の気分。美人さんの笑顔はいつ見ても飽きることはないね」
「まぁ、お口がお上手なんですから」
いやいや本音だよ。と続けてもよかったが朝から美人を口説くのもどうかと思い慎んだ。
彼女は僕が起きて頭を働かせるようになったのを確認すると立ち上がりカーテンを開いた。今日も清々しい晴天だ。
「素晴らしいお天気ですね」
「うん、ここ最近ずっと良い天気だからね。庭のお花たちも綺麗に咲くよ」
最初は暇つぶしで植えてみた花の種だが、これがまあ美しく咲いていた。それがきっかけで、すっかり家庭菜園や庭師のようなガーディニングが趣味になってしまった。ちゃんと庭師の子はいるんだけど、最初は反対された。
「魔王様のお手を煩わせる訳にはいきません!」と。
でも何度もお願いするうちに渋々ながら頷いてくれて、今では二人で庭に手を加えている。
今日も良い一日になりそうだ。とノビをして着替えようと寝間着を脱ごうとして、止まる。
「あの、ロア?僕着替えたいんだけど」
「はい。お手伝いさせていただきます♪」
「いや一人で出来るから」
「はい。お手伝いさせていただきます♪」
「だからその」
「はい。お手伝いさせていただきます♪」
「・・・よろしくお願いします」
魔王としての生活も、ロアの対応もだいぶ慣れたと思っていたけど。
未だ、これだけは慣れないと項垂れた。