第三話 「ローブの見知らぬ男」
「“世界最強”って、マジか……」
異世界転移者である祐輔の目の前に現れた時点で、この少女が少なくとも一般農民ではないことはわかっていた。先ほども何気なく“私の屋敷”と言っていたことから、貴族か良い所のお嬢さんであることは明白だったからだ。
「……それにしても、展開速すぎるだろこれは」
いきなり頂点に君臨する者に会うとは、流石の祐輔も予想外だった。
「まぁ、末裔って言っても、本家とはあまり仲良くないんだけどね……」
「女の子でも、剣術の訓練はさせられるんだな」
「まぁね。一応、本家にはもっと優秀な人材がたくさんがいるから、私の出番はないんだけど」
「そうか……。――ってか、早く移動しようぜ?もう魔獣とは戦いたくない」
「戦ったのは私なんだけど……。そうね、さっさと“火竜”を呼んでこの森から出ましょうか」
「え、火竜いるの!?」
「うん。そろそろ上空に着いてるはず」
そう言うと少女は、指笛をピーっと吹く。まさにファンタジーなどでよくある光景を目の当たりにした祐輔は、胸の高鳴りに自然と顔を緩める。それとは対照的に、少女は指笛を何度か鳴らしたところで顔を顰めた。
「……おかしい」
「どうしたんだ?」
「……火竜が全く応答しない」
「まだ近くに来てないんじゃないか?」
「それでも、ウチの火竜は主人の指笛を聞いたら咆哮を上げるように教育されてるの。聴覚だって人の何十倍も鋭いから、たとえ近くに来てなくても聞こえてないっていうことはあり得ないし……」
少女は先程の凛とした表情とは打って変わって、今は不安の色を隠せないでいた。どうやら、彼女にとって“火竜”が音沙汰無いことは、かなり予想外な出来事らしい。
祐輔も、少女に影響されて不安の気持ちを募らせる。少しだけ場の空気が重くなるのを感じた。祐輔はそれを振り払うように明るく口を開く。
「……そのうち火竜もしれっと来るさ。今はとりあえず出口の方向へ進もうぜ?」
「……そうね。ここに居ても仕方ないし」
祐輔を見る少女の表情に、僅かに光が差す。それを見た祐輔も、不安が少し拭えた気がした。仕切り直しと言わんばかりに、彼はさらに己の気分を上げつつ出口の方へと歩き出す。
「よーし、それじゃあさっさと火竜が来ることを信じて、進もーう!」
「……ふふ、どうしたの急に? さっきはあんなに不安な顔してたのに」
「それはアンタもだろ? こんな暗い森で、気分まで暗くしてちゃ、そのうち木と同化して見えなくなると思ってさ! どうせならテンションあげて行こうかなーって。せっかく異世界へ召喚されたことだし、考えてみりゃ、異世界の美少女との遭遇イベントを無事に通過できた俺にとって、この森林にもはや敵はいない!」
ファンタジー世界において、序章では主に一つの場所で一つのイベントしか起こらない。ならば、この森林でこれ以上のイベントが起こることは考えにくい、そう祐輔は考えた。
「……えと、最後の方は何を言っているのかよくわからなかったけど、アナタが元気づけようとしてくれていることはわかった」
「へへ。ま、困ったときはお互い様ってな!」
「なんだか、アナタって不思議ね。何も根拠がないのに、アナタの言葉を聞くとなんだか安心しちゃう。あと、アンタじゃなくて、リリア。リリア・ローズよ。正式な名前はもっと長いけど、それはまた今度ね」
「へぇ、リリアって言うのか。俺の名前は橘祐輔。“ゆうすけ”って呼んでくれていいぜ?」
「ん、わかった。よろしくね? ユースケ」
「あ、えと……は、はい」
平然と下の名前で呼ぶリリアに、自分で言っておきながら思わず顔を赤くしてしまう祐輔であった。そんなことはいざ知らず、リリアは颯爽と歩みを進め始める。遅れをとるまいと祐輔も慌てて少女の後ろを歩き出した。しかし、
「おやおやおや、“預言書”だとここに居るのは一人って書いてあったんですけどネ」
……またしても、後方から聞こえてきたここへ来て三回目の日本語に、思わず立ち止まる。振り返ってみると、数メートル奥の暗闇に、ローブをまとった見知らぬ男が立っていた。しかし、祐輔以上にリリアが戦慄した表情で振り返る。
「……誰ッ!? アナタ、今“預言書”と言ったわね。どういうこと?」
「あらあらあら、流石に末端の貴女にはこの意味がわかりかねますカ……。」
「やっぱり……。その言葉の持つ意味を知ってるのは皇帝を含め各国の最高位の人間だけよ!!」
「まぁまぁまぁ、落ち着いて下さいナ。ここで立ち話もなんですから、移動しませんカ?」
「馬鹿にしないで。“預言書”の存在は絶対に外部に漏らしてはならない国家機密。場合によっては天聖である我が“ローズヴァルト”家が、今ここで合法的にアナタを殺すことだってできるのよ。」
リリアは男に容赦なく鋭い眼光を向ける。しかし、男は全く顔色を変えることなく淡々と口を開いた。
「あらあらあら、それは恐ろしイ。しかししかししかし、私はある意味では皇帝よりも上の位に居る者ですけどネ。」
「この世界において皇帝より高い位など存在しないはず。……アナタ、一体何者なの?」
「だからだからだから、それを今からお話するのでとりあえず移動しましょうヨ。……そこのそこのそこの、貴方もそう思いますよネ?」
「えっ、俺?」
突然話を振られて困惑する祐輔。しかし、男のふざけた態度に業を煮やしたリリアが、ついに鞘から剣を抜く。そして殺気に満ちた紅眼で男を睨みつける。
「……ここで名乗るつもりがないなら、大人しく私に着いてきなさい。詳しい話は、本家でも名高い尋問の専門家がゆっくり聞いてくれるはずよ。」
「おやおやおや、貴女も中々にせっかちな方ですネ。“預言書”にはもっと御淑やかな人だと書いてあったのですガ……。」
「どうやら話が通じない相手みたいね。いいわ。火竜に無理やり縛り付けて、アナタを帝都へ連行します。」
剣を構えたリリアが、冷めた目で男を睨む。男は変わらずふざけた態度のまま、気にすることなくリリアに話しかける。
「……あらあらあラ。貴女、もしかして――気づいていないのですカ?」
「……どういうこと?」
男は首を傾げる。そのあまりにも無機質な動きに、祐輔は自然と嫌悪感を抱く。
「貴女が貴女が貴女が、火竜を指笛で呼んでも貴女の火竜は来なかったのでハ?」
「……」
リリアは男の問いに一切答えようとしないので、祐輔が何気なくその問いに答えた。
「……火竜がまだ近くに来てないだけじゃねーの?」
しかし、すぐにリリアは何かに気づいた。
「…………まさかッ!!」
リリアの顔が一気に青ざめる。それと同時に男の顔が不気味な笑みを浮かべた。
「そう、貴女の火竜は……」
男が片手を軽く上げる。リリアは祐輔に向かって叫んだ
「今すぐ逃げなさい!! ユースケ!!」
――――その時、高く伸びる木々よりもさらに高い、上空から大きな塊が降ってきた。
ぐしゃっ、と鈍い音を立てて祐輔らと男の間に落ちてきたそれは…………切り落とされた、竜の頭だった。
着地の衝撃で返り血を浴びた祐輔は、思わずその場に座り込んでしまう。
「な、な、なっ!?」
呆然とする祐輔。しかし、リリアはそんな祐輔を無理やり立ち上がらせ、絶叫するように言葉を放った。
「何してるの!? 急いでこの場から逃げてッ!! 早くッ!!」
予想外の急展開に混乱している祐輔をよそに、男は再び片手をあげる。そして……
「――――眠レ。」
次の瞬間、祐輔とリリアはその場で意識を失った。
なかなか話が進まない……。
一応、今後はバンバン『入れ替わり』の展開が来る予定ですので、もうしばらくお待ちください。
誤字脱字、感想等お待ちしております。