第二話 「出会いと別れ」
「アナタ、見た感じこの国の人間じゃないわね。どこの国からやってきたの?」
淡い赤色の髪を風に靡かせながら、凛と佇む少女。ファンタジーに出てくる女剣士のような姿をしているところを見るに、おそらくこの異世界の住人なのだろう。戦いと無縁の生活を送ってきた祐輔とは違い、少女の佇まいはまさに剣士のそれだった。キッと睨む紅眼が祐輔を真っ直ぐ射抜く。
祐輔は、その視線と先程少女の発した問いに困惑する。
――どこから、か。多分通じないよな“日本”って。まぁ、試しに言ってみる……か?
ダメもとで祐輔は問いの答えを口にする。
「えと……に、日本」
「ニホン? ……聞いたことない。確かに私は地理の専門的な知識があるわけじゃないけど、少なくとも“ニホン”という国がないことくらいはわかるわ。――もしかして、私のこと馬鹿にしてる?」
「いえ、別に」
そんな気は毛頭ない、といわんばかりに頭と手を左右に振って否定する。
日本がこの世界に存在しないことに祐輔は落胆しつつも、いくつかの情報を得られたことを喜んだ。
一つ、ここは確実に異世界。二つ、幸いにもこの世界の住民は俺と同じ言語を話す。三つ、美少女もちゃんといる。
そこで祐輔は気づいた。ここは向こうの世界よりも最高なのではいなか、と。
「……何ニヤニヤしてるの?」
「いや、何でもない」
「それより、見た感じ武器を持っていないみたいだけど……。アナタ、ここがどこかわかってる?」
「あー、なんとか巨大森林? だっけ?」
「ディアラの巨大森林ね。ここは、魔獣が出るから武器を携帯してないと入れない場所なんだけど」
「え、そうなの?」
「アナタ、武器は?」
祐輔は考える。自分には人並み以上の筋力もなければ学力もない。
強いて言うなら、と祐輔は絞り出すように答えた。
「……は、鋼のメンタル?」
「どうやってここまで来たの」
――俺の発言はスルーですか、そうですか。
「どうやっても何も、気づいたらここに居たんだよ」
「……そう。見た感じ奴隷って感じでもなさそうね。」
「ど、奴隷って……」
今時奴隷なんて……と祐輔は苦笑いをする。しかし、すぐ自分の認識が間違っていることに気づいた。
――そうか。異世界だから奴隷制度が残っていてもおかしくはないのか。というか、今は地球で言ういつぐらいの時代なんだ?現代?中世?古代?……この女の服を見た感じだと、やっぱり妥当に中世ヨーロッパあたり?
祐輔が色々と思考を巡らせていると少女が木々でほとんど見えない空を見ながら、口を開いた。
「とにかく、もうすぐ日が沈むわ。その前にこの森を出ないといけないから、私と一緒に来て」
「え、いいの?」
「……言っておくけど、アナタは今“不法入国”もしくは“不法侵入者”ってことになってるんだからね?」
「そ、そうか」
流石に、ネット小説のようにいきなり好感度マックス、っということにはならないらしい。
「詳しい話は私の屋敷で聞くわ。これ以上ここに居たら、私たちが魔獣の餌になるだけだし。……まぁ屋敷での話次第では、アナタは餌になるかもだけど?」
「えらく物騒だな!?!?」
「冗談よ。さ、行きましょ」
「行きましょ、って言うけどよ。この森って出口まで歩くと一日かかるんだろ?」
「そうね、ここは森林の丁度ど真ん中だし」
「どうやって日が沈む前に森をでるんだ?」
「それは…… ――――――危ないッ!!」
突然、少女は祐輔の胸ぐらをつかみ、自身の後方へと投げ飛ばす。
そして、つい先刻まで祐輔が立っていた場所に大きな岩が落ちる。……その岩というのは、何を隠そう彼がこの世界で最初に会話した爺さん岩だった。
「っ痛てぇな!? 急に何だよ!!」
「……少しゆっくりし過ぎたみたい。――魔獣が出たわ」
「……え? 魔獣?」
「下がってて。アイツを倒したらすぐ撤退するから」
「た、倒すって……」
――ってか、あの爺さん魔獣だったのかよ!?しかも殺されそうになってるし!!
祐輔は考える。流石に第一異世界住岩が目の前で殺されるのは目覚めが悪すぎる、と。
「ま、待て!! 魔獣なんか構ってないで、今すぐ撤退しよう!! な!!」
「え、えぇ!? 何言ってるのよ!! あの魔獣は『魔岩カタヴィオクシ』って言って、一度目標にした相手はすり潰すまで追いかけてくるのよ!!」
「まじかよ!?」
「だから……ってきゃぁっ!!」
少女が祐輔に気を取られ目を離した隙に、爺さん岩が彼女に強烈な突進を繰り出す。その勢いのままに、少女が祐輔の方へと吹っ飛んできた。
「だ、大丈夫か!?」
「もう!! とにかく、早くアイツを倒して撤退!! いい!?」
「あ、はい」
大きな紅眼でキッと睨む彼女の顔に、祐輔は何も言えなかった。少女は着地時に擦りむいたのか、頬から僅かに血を流している。しかし、当の本人は日常茶飯事といわんばかりに平然と立ち上がり、腰に差していた剣を抜く。
そしてぐぐぐっと腰を低め、勢いよく岩の方へ飛び出し剣を斜めに振り下ろす。
「せいやぁッ!!」
すると、岩はまるで紙切れのように剣の軌道通りの形に真っ二つになった。
「……す、すげぇ」
少女は頬の血を手の甲で拭いながら、無駄のない慣れた手つきで剣を鞘に戻す。
「……当たり前でしょ。こうみえても私、」
そして、祐輔の前で再び仁王立ちすると、少女は誇りと威厳のある顔をしながら言った。
「世界最強の聖騎士、“天聖”の称号を持つ一族の末裔なんだから」
最初は、爺さん岩を後半にまた出そうと思っていたのですが
勢いで執筆した結果、気づいたらこの話の中で倒されてました。残念。
誤字脱字、感想等お待ちしております。