第一話 「ここから始まり」
ここから本編です。
少年、橘祐輔は困惑していた。自分は今、どこに居るのだろうと。
「……ここは、森?」
見渡す限り、木、木、木のオンパレード。しかもこの木々たち、日本の森林の五倍ほど高く伸びている。巨大森林のせいで、森には殆ど日の光が入らずとても暗い。
「……俺、家に帰りたいんですが」
人の気配が全くしない森のど真ん中で、試しに声を出してみる。当然ながら返事は、
「――――どうした、小僧よ」
「うおぉ!?」
……あった。目の前の木の根元に佇む岩から。
「……岩が、喋った……!?」
「失礼な。そりゃ、ワシだって言葉くらい喋るわい」
「に、日本語をしゃべってる!! ……ということは、ここは日本か!?」
祐輔は安堵した。言葉が通じなかったら、完全に詰んでいただろう。
「こんな大木は地元じゃ見なかったから、てっきり外国に来てしまったと思っていたが……。日本なら安心だな、うん」
祐輔は再び、目の前に佇む岩へと意識を向ける。
「で、岩の爺さん。ここは何県のどこだ?」
「ナニケン? ……ナニケンがどういう意味か分からんが、ここはエルダート七王国の一つ、イースアグリア王国じゃよ」
安堵したのもつかの間、聞いたことのない国名を出された祐輔は戦慄する。
祐輔は心の中で悪態をついた――他県どころか聞いたことのない国は来ているではないか、と。
「……じ、爺さん、それはどこに位置する? アジアか? ヨーロッパか? オセアニアか?」
「ふむ、さっきからわけのわからん地名ばかり言っとるようじゃが、ここは地理的に言えばルドラ帝国の東部じゃぞ。そんなことも知らんとは、最近の若者の教養も高が知れておるの」
「……おーけー。わかった。今やっと自分が直面している状況を理解したよ」
祐輔は自分の認識が甘かったことに気がつく。喋る岩が居る時点で、ここが彼の居た地球かどうかすら怪しかったのだ。つまり、彼の身に起こっていることはただ一つ。
「異世界転移してる!?!?」
確かに最近、ネット小説で異世界転生・異世界転移系俺TUEEEモノをよく見かけていた。色んなニートやら引きこもりやらが異世界に送り込まれていたのも祐輔は良く知っている。
しかし、祐輔は特に異世界に飛ばされるようなことはしてない。ここへ来る前は語るに足らない普通の高校生活を送っていた。
あの日も、下校ついでにコンビニへ寄った帰り道だったはずなのだ。普段と違う点と言えば、ふと普段は気にならなかった街中に悠然と存在する鳥居に何か惹かれるものを感じ、立ち寄ったことくらいである。しかし、わりといつもフラフラと寄り道しながら帰る祐輔にとって、その鳥居へ沸いた興味もそこまで不思議なことではなかった。
祐輔は惹かれるままに、鳥居の麓まで向かった。そこまでの記憶は確かにある。しかし、問題の鳥居にも変わった点は何もなく、そしてあれほどまでに惹かれた想いも、気づけばどこかへ消えていた。
祐輔はさらに転移直前の記憶を漁る。
「えーっと、あの時は確か帰ろうとして鳥居に背を向けて…………」
―――――そうだ。急に、目から涙が零れたんだ。
祐輔は別に悲しかったわけでも、ましてや鳥居に感動したわけでもない。しかし、彼の身体の異常は止まらなかった。今度は鼓動がどんどん速く、そして強く波打っていく。涙が次々と零れて止まらない。視界が揺れる。平衡感覚を失い、思わずその場に膝をついてしまう。
すると、追い打ちをかけるように頭の中にで誰かの絶叫が響き渡った。――――――『殺してやる』と。
その絶叫から逃れようと固く目を閉じた瞬間……祐輔はこの森の中に立っていた。
服装は制服のまま。しかし、手荷物は一切ない。携帯も鞄に入れていたので、完全な一文無しだ。唯一の装備と言えば、左手につけている黒色の日付表示&月の満ち欠け表示機能付き腕時計だけである。髪や爪が転移前とさほど変わらないところを見るに、転移時に過度な時間経過はしていないようだった。程よく伸びた黒髪、やる気のない目。相変わらずのパッとしない容姿である。
「…………あれは、一体誰だったんだ」
思い出すだけで、思わず身体が震える。それほどまでに、憎悪が詰まった叫びだった。
叫びを思い出すと、心なしかこの森も不気味に見えてくる。さっさとこの薄暗い森を出よう、と祐輔は早口で目の前の岩に話しかけた。
「……なぁ、爺さん。この森の出口はどっちだ?」
「ん? 出口なら、このままお前さんの向いている方向に歩いていけば一日ほどで出られるじゃろう」
「この森そんなでけぇの!?」
「そりゃ、ここは世界遺産にも登録されている『ディアラの巨大森林』じゃからな」
「……世界遺産はあるんだな」
地球との共通点を見つけて、少しだけ嬉しくなる様子の祐輔。しかし、この森は高さだけでなく広さまでも日本を超越している事実に驚きを隠せない。
「ありがとよ、爺さん。第一村人……じゃなくて、第一異世界住岩がアンタで良かったよ」
「ふむ、最後までよくわからんことを言っとるみたいじゃが……達者でな」
別れの挨拶を済ませ、祐輔は言われた通りに向いている方角へと歩みを……
「――待ちなさい。アナタ、今誰と喋っていたの?」
……進めようとしたら、後ろから声をかけられた。
仕方なく足を止め、ここへ来て二回目となる日本語がする後方へと顔を向ける。
「アナタ、見た感じこの国の人間じゃないわね。どこの国からやってきたの?」
思わず目を見開いてしまった。心臓がドクンッ、と強く波打つ。顔が熱を帯びるのがわかった。
なぜなら、そこに居たのは
まるでファンタジーに出てくるような、とても可愛らしい女の子だったのだから。
第一話です。ここから二人の物語は始まります。
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