第零話 「プロローグⅢ ~狂気と凶器~」
「……おやおやおや、気が付いたのですカ?」
ローブを着た男がなにかを喋っていたが、彼の発した言葉は俺には理解できない言語だった。発音からすると、ロシアあたりの言語を彷彿とさせるものの、痛みが、熱が、正常な思考をどこか遠くへと追いやってしまう。なんとか言葉を発しようとするが、大量の吐血によって遮られる。
「ゴホッ、グハッ!! ……ハァ、ハァッ!!」
「ほうほうほう、あれだけの傷を受けながらまだ死なないとハ……。――まさに、予言通りですネ。」
そして、まるで上から見ている誰かに話しかけるように笑いだす。
「……ヌフフフフフフ。これは面白い面白い面白イィッ!!」
男は、両手で大切に抱え込む辞書サイズの書物を天に掲げ、嘗め回すように見たまま言葉を発した。
「ついについについに!! 預言書が最後の一ページを紡ぐ決意をしタ!! 世界は世界は世界は、ようやく終焉を迎えるのでありまスッ!!」
そして、男は俺を見る。暗闇で良く見えないが、うっすら見える輪郭からやはり日本人とは違う人種だと確信する。
「……しかししかししかし、貴女も災難ダ。聖騎士の頂点、“天聖”の家系でありながら、才能に恵まれず、挙句の果てに神にさえ見捨てられてしまうとハ……。」
男は俺の目の前まで近づくと、懐から装飾の一切ないナイフを取り出す。
「……さァ、紡ぎなさイ。この世の終焉ヲ。」
そして、ナイフを逆手に持ち替え大きく振りかぶる。
「や、やめ……!!」
暗闇で不気味に光るソレは、空気を切り裂くながら一直線にこの身体の心臓へと振り下ろされる。
「やめろぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
鋭利な先端が、この身体の心臓を……
―――――貫くことは、なかった。
確実に訪れるであろう死を覚悟した刹那、この身体を中心に地面から紅く光る魔法陣が現れた。同時に、全身が紅蓮の炎で包まれる。しかし、決して熱くはない。むしろ、優しい暖かさがある。
「なぜなぜなぜ!? 貴女が!! 魔法陣ヲ!!」
慌てて後ろに飛び退く男。その顔には、かなりの焦りと、そしてなぜか恍惚とした表情が浮かんでいた。
「……これ、は……?」
炎が周囲を明るく照らす。そこでようやく、この女の出で立ちがわかった。
淡い赤色の髪。血に染まってはいるが、まるでファンタジーの世界に出てくる女剣士のような服。
そして俺は、この女を知っている。
そうだ、思い出した。俺は……
――――故郷から遠く離れたこの異世界で、彼女に出会ったんだ
これでプロローグは終わりです
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