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8.犯罪者、二人

 霧羽と別れたあと、早速二人は犯罪者たちの捜索を再開していた。

 今は大通りを外れ、住宅街へと続く道を歩いている。車線のない道。点在する街灯の下には、小さな虫が群れていた。


「霧羽ちゃんのことも気になるけど……。あたしさ、こっちに来てからずっと不思議に思っていたことがあるんだけど」

「何だ?」

「街に溢れている字とかさ、読めちゃうよね。さっきのレストランでも、メニューに何が書いてあるのかわかった。ここは獣人界とは違う世界のはずなのに。これ、どうしてかなって」

「――――!」


 血液の替わりに、氷水を身体に注ぎ込まれたような感覚がフェリクスを襲った。

 確かに、そうだった。

 フェリクスはメニュー表は見ていないが、店先のウィンドウの食品サンプルに添えられた文字を、すんなりと読むことができていた。

 いや、よく考えたらそれだけではない。

 コンビニに並ぶ商品の文字も、街に溢れている看板の文字も理解できているのだ。あまりにも違和感がなさすぎて、頭の中にスッと入ってきて、こちらの世界に来てからそのことにまったく疑問を抱かなかった。今思えば、そこは真っ先に疑問に思うべき要素だったであろうに。


「ライツが、私らにそういう術でも施してくれたのかな? あの子、かなり細かい部分までフォローしてくれているし」


 イルメラの考えに、フェリクスは思わず頷きかけた。

 確かに昨日、彼女はごく自然に料理本を手に入れ、メニューを再現していた。あの鼠の獣人なら、イルメラが言ったくらいのことはやってのけそうだ。

 戦闘には向いていないと彼女は言っていたが、それでも獣人王直々の遣いだ。そういう『能力』があっても、何ら不思議ではない。

 ちなみに獣人王の城には、かなり多くの獣人が仕えている。フェリクスもイルメラも、城にいる全ての獣人を把握できてはいない。ライツと初対面だったのもそのような事情からだった。


「まぁ、考えてもわからん。今は犯罪者たちを見つけることに全力を注ごう」

「そりゃそうだね……。帰ってからライツに訊いてみればいいんだし。わかったよ」


 どうせ任務が終われば、速やかにこの地を去るのだ。犯罪者たちを見つけるという目的がある以上、そんなことは些事(さじ)にすぎない。

 二人はそう結論づけた。






 角を曲がると、完全に人の姿はなくなった。駅前の喧騒もここまでは届いてこない。静かな路地を、二人は気配を圧して歩き続ける。


「もしかしたら犯罪者たち、既に遠くの方に逃げてんじゃないの」


 極限まで声を小さくし、イルメラがポツリと洩らした。


「それはないだろう」

「どうしてそう言いきれるんだ」

「奴らは俺たちと違って、事前にこの世界の情報を得ていないはずだ。ここでは獣人の姿が異形だと知ったのは、こちらの世界に来てからだろう。お前も感じていると思うが、この人間形態はかなり力を消耗する」


 拠点のマンションの中では彼らは獣人形態に戻り、力を温存していた。本来の姿と違った形態で過ごし続けるのは、精神的にも体力的にもつらいのだ。


「昨日の(わに)の獣人を思い出せ。姿は人間に近付けてはいたが、鱗を隠しきれていなかった」

「確かに」

「かと言って完全獣化した姿も、この辺りでは珍しいモノとして認識されてしまう。野性の大型動物がいないことは、周りを見ただけでもわかるだろう」


 イルメラの赤の頭が縦に揺れる。


「それなのに、この近辺に大型の動物が出たとの騒ぎにはなっていない。となると、奴らは姿を人間に変えるか、人目の付かない所に潜伏していることとなる。どうやって飢えを凌いでいるのかは知らんがな」


 フェリクスらは、ライツからこの世界の金を貰って生活できている。金の出所は気になるところではあるが、おそらく獣人王が何かしら手を回したのだろう。獣人界にも金はあるが、当然通貨は違う。犯罪者として服役していた彼らに手持ちがないことは明らかだ。


「以上のことから、遠くまで行く余力はないと推測できる」

「ほえー」


 間の抜けた声を上げるイルメラを、フェリクスは目を細めて見やる。


「ちょっとはお前も考えろ鶏頭」

「仕方がないだろ。あたしは考えるのは苦手なんだ」


 そういうのはあんたに任せる、とスッパリと言い切ったイルメラに、フェリクスはわざとらしく嘆息してみせた。

 直後、フェリクスの(まと)う空気が鋭いものに変わった。それを敏感に読み取ったイルメラも、緋色の目を鷹のそれに変える。

 彼らが夜に出歩くのには理由があった。人目に付かない闇の中では、犯罪者たちは人間形態をある程度解除すると踏んでいたからだ。その読みが的中した。


「いた。二人だな」


 彼らの目は、およそ五十メートル先の男女二人組を捉えていた。

 一人は琥珀色の髪を持つ、体格の良い若い男。

 もう一人は腰付近まである茶色の髪を二つに縛った、細身の女だ。

 男の方は耳の形が丸みを帯びており、人間のそれと若干違う。

 女の方はアクセサリーのように、背から小さな羽が生えている。二人は付かず離れずといった距離で、並んで歩いていた。


「女の方、鷹だ」


 二人はライツから渡された資料で、事前に情報は知っている。とはいえ、やはり同族が犯罪者というのは気持ちの良いものではない。イルメラは忌々しげに舌打ちをする。


「男の方は豹か虎っぽいな」


 抑えているのだろうが、それでも風に乗ってフェリクスの鼻にわずかに届くのは、肉食獣の匂いだ。


「二人一緒となると厄介だねー。このパターンはちょっと想定してなかったよ」

「だが、やるしかない」


 どちらか一方でも逃がしてはならない。相手は犯罪者だ。こちらの予想を上回る行動に出るかもしれない。

 例えば、人間を盾にするような――。

 既に犠牲者は一人出てしまっている。これ以上の数字は絶対に増やしてはならない。


「でも、どうするんだい? さすがにあたしも二人を同時にあそこ(・・・)まで運ぶことはできないよ」

「そうだな……」


 犯罪者たちを注視したまま悩むフェリクス。

 彼らを捕まえるには、人間の目の届かない場所に移動する必要がある。無関係な人間に危害が及ばないことを考えると同時に、自分たちの身も護らなければならない。獣人形態に戻らないと、返り討ちに遭ってしまうだろう。相手は普通の獣人ではなく、犯罪者だ。


「……ここは接触して、俺たちが獣人だということをあいつらに伝えよう」

「な、何言ってんだ!? そんなことしたら――」

「大きな声を出すな」


 狼狽するイルメラの口を、フェリクスは慌てて塞ぐ。二人と距離は離れているが、獣人の聴覚は人間のそれとは違うからだ。

 フェリクスの危惧した通り、女の方が振り返る。

 勘付かれてしまったか――。

 民家の塀と電柱の陰に身を潜め、息と気配を極限まで殺す二人。冷や汗が背筋をなぞる。


(いや、この距離なら大丈夫なはずだ――)


 それは祈りか願望か。静寂が彼らの耳を痛いほど打ちつける。

 怪訝な顔でしばらく止まっていた女だったが、数秒経ったのち、また前を向き歩き出した。二人は同時に肩の力を抜き、再び小さな声でやり取りを始める。


「よく聞け。俺たちも犯罪者の振りをするんだ」

「振り?」

「そう。俺たちは、お前たちの後にこちらの世界にやって来た仲間だと言うんだ」

「それであいつらを騙して、人目の付かないあそこ(・・・)に誘導するってことかい?」

「お前にしては珍しく勘が良いな。その通りだ。鰐の言っていたことを思い出せ。犯罪者たちは人間を食べる機会を狙っている。それを利用するんだ」

「なるほど。あとは誘導した場所で、捕縛するなり仕留めるなりすればいいってわけだね。了解」

「そういうことだ。というわけでイルメラ。お前は喋るなよ」

「…………」


 フェリクスの言わんとすることを理解したイルメラは、口を尖らせ渋々と了承するのだった。

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